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20話 異端の者

「んなっ……テ、テメエ、仮にも天戦科だろうが!? 武戦科みてえな動きをしやがって!」


 抗議とも難癖ともとれる矢尾の動揺した声が、第三グラウンドに反響する。

 眼前の光景は完全に予想外だったのだろう。戦いが始まる前の余裕はどこへやら、その顔に浮かんでいるのは焦燥。


 ……全くもってその通りです。


 声にこそ出さなかったものの。二階部分から観戦していた紫藤は、心の中でそれに同意した。

 とはいえ、天戦科同士での戦いとて、その身一つで相手の攻撃を回避するということがないわけでもないが……仮に武戦科の生徒であったとしても、全員が全員、ああも鮮やかに躱すことはできないだろう。

 所謂、避けやすい天能術を躱したのとは訳が違う。威力はそれほどでもないが、スピードは遅くなく、時間差かつ小回りが利く矢の連撃。

 それを、一度だけとはいえ。初見でありながら、恐らく完全に見切っていた。


 ただし、武戦科ならともかく、天戦科の新入生として見れば何とも評し難い。

 矢尾の指摘は正しく的を射ているため、学園の教師として、それも入学試験に関わった教師である紫藤にとっては耳が痛いものであった。


 そもそも、天能術が使えるという入試要項に(・・・・・)書くまでもない(・・・・・・・)大前提すら満たしていないというのはさておき。

 東方第一高等部の天戦科の入学試験で評価されるポイント、求められるものというのは。

 言うまでもなく、天能術。具体的には、発動速度に、術自体の速度に威力、そして精度。天能力も高ければプラスとはなるが、まずそこで線が引かれる。これは、基礎を高める中等部での学習内容の成果を披露すると言い換えてもよい。

 それすら満足にできないのであれば、次の段階、即ち戦闘に進むには難しい。対峙する相手は当然動けば、攻撃も仕掛けてくる。術の制御がままならない者がまともに戦えるわけもない。

 よって、戦闘技術に関しては二の次。中等部では全く戦わないというわけでもないが、年代的にそちらは高等部からメインで教えることとなる。


 故に天戦科の実技試験は、己が最も自信のある一発を披露すること。

 これには、試験という通常とは異なる状況下においても変わらず能力を発揮できるか、という点と、一発という限定された機会で何を選択するかを見る意味合いも含まれている。

 保険として、受験生が事前に提出する映像も採点対象とはなり得るが、篩にかけるのは披露した天能術。

 よって、三狭間播凰という生徒は。本来であれば間違いなく落第だ。それは疑いようもない。


 そもそも、戦いとして成立しないはずなのだ。

 例えるなら、それは歩兵が無策のまま弓兵の射線に出るように。または、銃撃戦の最中に丸腰で銃口の前に姿を晒すように。待ち受けるのは、一方的な蹂躙である。

 だからこそ、戦いの約束があると聞いた時は、一度は止めた。だが――。


 ……やはりあれは、まぐれではなかったということですか。


 眼下にて、再び苦もなく雷の矢を躱しながら前に進む播凰の姿を見て、紫藤は脳裏に思い浮かべる。

 入学試験、その実技を披露する場にて。教師である縣の、それも天能術を行使した状態での動きを播凰が止めた時のことを。あの奇妙な感覚は今でも覚えている。


 だが、天戦科は天戦科。天能術を主とした、中、遠距離での戦い。

 それに変わりはなく、いかに接近戦で才覚を示そうが天能術が優れていなければ意味がない。

 その、はずなのだが。


 状況は変わった。

 表向きには変わらず――というより現状ほとんどの生徒は天能術の使えぬ新入生(播凰)の存在を知らないだろうが――のままであるが、

 今はまだ公になっていない、性質が不明という点。性質の強弱は関係なしにそれは、希少であり貴重。それが全くの未知なのか、過去の書物等で存在自体は確認はされているものの現代では廃れたものなのか。そのどちらであっても、稀有な事例であることに変わりはない。

 よって、少なくともそれを理由とすれば名分は立つ。天能術のレベルが低い――無論使えないも含まれる――生徒の入学を許可したことへの異論が出たとしても、譲歩を引き出させる程度には意味を持つ。


「思えば、学園長の反応も妙なものでした」


 その事実が発覚してすぐ、辛うじて冷静さを保っていた彼女が足を運んだのは学園長のところ。

 なにせ、事が事だ。自身の判断でどうこうの問題ではなく、上位者に判断を求めるのは自然なこと。


 そして紫藤から、播凰の性質が不明であったことを聞いた学園長は。最初こそ黙り込んでいたが、どこか納得したようにあっさりと。それこそ、疑いの言葉一つなくすんなりと受け入れたのだ。

 もしも逆の立場で、紫藤が報告を受けた側だったとしたら少なくとも一度は耳を疑い、確認するであろう程に現実味のない事態にも関わらず。


 学園長がそれを知っていたのか、或いは見越していたのか。それは、はぐらかされたが。

 今は無闇矢鱈に喧伝すべきではない、と釘は刺された。結果、紫藤の個人的な伝手を使って調べてもらうという形に落ち着いたわけである。


「妙に戦い慣れしていそうなことは気になりますが……」


 無防備に受けたのは謎だが、攻撃に対する耐久力。相手を怖れず進み、冷静に対処する見切り。

 前者はまだしも、後者は土壇場でどうこうなるものでもない。とはいえ、あくまでそれは戦闘を有利に進める要素とは成り得ても、決定打とは成り得ないわけで。

 はてさて、と紫藤が見守る中、戦況が動こうとしていた。




「――くそっ、何で当たらねえっ!?」


 晴天に迫る、雷。

 人によっては顔を青ざめさせるであろう景色だが、しかし播凰は顔を綻ばせて一歩ずつ、さながら障害のない平野を進むように前へ歩く。


 ……やはり、天能術は面白いな!


 自然の雷でないとはいえ、雷は雷。避けるのも勿体なく試しに受けてみれば、今までに経験したことのないピリッとした感覚で、気分は高揚した。

 もはやご満悦、ルンルン気分である。加えて久しぶりの戦い、一騎討ちというのもそれに拍車をかけていた。


 次々と放たれる雷の矢を、躱して躱して、躱す。

 当たっても問題はないことは確認したが、それでは芸が無い。

 過去には、視界を埋め尽くさんばかりの矢の雨に降られたこともある。いかに変則的な動きをしようと、片手で数えられる程度を避けるのは容易く、それはそれで楽しかったのだ。


「ちょこまかとうざってえ! だったら、こいつだ!」


 そうして、半分ほど距離を詰めた頃だろうか。

 ヤケになったように矢を連発していた矢尾の攻撃が、突如止まった。

 む、とその言葉から別の何かが起こることを期待し、播凰の足も止まる。


「――雷介(らいかい)雷鎖ノ檻(らいさのおり)っ!」


 頭上から雷が降る、というところまでは、先程矢尾が見せた術である雷放(らいほう)降落響鳴(こうらくきょうめい)と同じであった。

 だが、そちらはそのまま雷撃が一直線に降り注いで敵を襲う、天放属性の術であったのに対して。

 今しがたの天介属性の術は、雷が宙で四つに分裂し播凰を囲うように地面に向けて迸ったかと思えば。次の瞬間には、雷を纏った――というよりも、雷そのもので形成された檻が姿を現したのである。


「ほう、こんなこともできるのか」


 檻に閉じ込められる形となった播凰だが、しかしその状況にもどこ吹く風。むしろ感心するように呟き、ぐるりと首を回して眺めた後。

 むしろ自分から雷の格子へと近づき、ペタペタと触りはじめる。


「……まさか、この術まで使う羽目になるとはな。ちっ、逃げ回る才能だけは認めてやるよ」


 それに播凰が夢中になっていると、近くから声。

 見れば、矢尾が檻の外、すぐ傍まで来ており。苛々と頭を搔いて、不快気に顔を歪ませていた。

 だが、自身の術である雷の檻に捕らわれている播凰の姿に、一応の溜飲は下がったのか。


「だが、どうだ? これなら多少すばしっこくとも、関係ねえ。降参するなら今のうちだぜ」


 ニヤニヤとして、そう持ち掛けてくる。

 確かに距離が近くともなれば、回避の難易度は跳ね上がる。相手の攻撃の発生から着弾までは数秒とかからなく、視界に入った時には既に目前に迫っていることだろう。


「ふふん、それは聞けぬ相談だな。だが、面白いものを見せてくれたことには感謝するぞ!」

「はっ、減らず口を。まあ、ここまで俺をこけにしたんだ。どの道降参なんてさせなかったけどな」


 その提案に当然のごとく播凰が却下すれば、つまらなさそうに矢尾は吐き捨てる。

 期待する反応が返ってこなかったことが余程気に入らないらしい。矢尾はそれだけ言うと、返答を待たずに天能武装たる杖を構え、天能術を行使しようとし。


「雷放――」

「であるならば、うむ。今度は、こちらから行かせてもらうとしよう」

「はあ?」


 播凰の言葉に、怪訝そうな顔をして呪文を止めた。

 檻の外と内。格子の合間から、両者の目が合う。

 だが、やがてそれは、じわじわと嘲笑に変化し。


「ハハッ、なあおい聞き間違いか? 天能術も使えないような奴が、逃げ回ることしかできない奴が、何をするって?」


 更には哄笑へとなり、グラウンドに響く。

 腹を抱えて笑うその様は、とても眼前に対戦相手がいる者の姿ではない。

 仮にそんな声が上がったとしたら、恐らく彼はこう答えたであろう。

 当然だと。これは戦いではなく、言うなれば狩りでしかないのだと。

 そして獲物は檻の中。既に勝敗は――否、戦う前から勝敗は決しているのだと。


 そう、声高に主張したであろう。自分は狩る側で、相手は狩られる側。

 追い詰めるのに手間こそかかりはしたが、それは逆転することはない、と。


 だが、そんな声は起こらなかった。

 そして当然、彼は認識していなかった。その檻にいるのは、牙無き禽獣(きんじゅう)ではなく――。


「よしんば天能術を使えたとしても、テメエ如きが俺の檻を破れるとは思え――」

「―ーフンッ!」


 パキィン、と。

 まるでガラスが散るような高音が鳴り、雷の檻が吹き飛んだ。それも、一か所だけというわけではない。まるで最初から存在していなかったかのように、跡形もなく全てが砕け散ったのである。


「……なっ、なな、な」


 あんぐりと大口を開け、愕然としてそれを見るだけの矢尾。

 言葉にならない声が、その口から漏れ出る。


「な、何が、起こった……?」


 茫然自失とした問いは、恐らく答えを求めてのものではなかっただろう。

 だが、それは返された。


「殴ったぞ」


 淡々としたものであった。余計な情報のない、単純にして純然たる事実を伝えるものであった。

 だが、こともなげに告げられたそれは、矢尾にとって受け入れ難いものであり。


「殴った、だと……?」

「うむ、殴った」


 同時に、播凰にとってはそれ以上でも以下でもなかった。

 正真正銘、ただただ殴りつけただけ。接触の際に、ピリッとした刺激は走ったが、痛みはない。

 その証拠に、播凰の右手には目立った外傷もなく。しかしまるで帯電しているかのように微かにバチバチとしており、雷の檻に触ったことを如実に示している。


「――ふ、ふざけるなぁっ!!」


 己の術が壊された。しかもそれを成したのは、同じ天能術ですらない一撃であった。

 一瞬にして頭に血が上った矢尾が、手にした杖を振り上げ、播凰に肉薄する。

 奇しくも彼が頼ったのは、自慢とする天能術ではなく、その一撃と同じ武力であった。

 だがそれはある意味人間らしいとも言える。


「向かってくるか! その心意気やよし!」


 無手の播凰は、それに歯を見せて笑った。

 風を切って振り下ろされる、杖。まずそれを受け止める。

 防がれたことに瞠目する矢尾であったが、そこで終わらない。


 勢いを殺さぬままに、播凰が掴んだ杖を手前かつ下にグン、と引く。

 それにつられて態勢を崩し、前傾姿勢となる矢尾。そこに足払いをかければ、抵抗らしい抵抗もできず、面白いほど容易く矢尾の体は地面に転がった。


 刹那の出来事である。

 矢尾自身、何が起こったかを即座に理解できず、目を白黒させていた。

 だが、己の天能武装である杖を手に、見下ろす視線に息を呑む。


「ふむ、杖術としては甘いな」


 返すぞ、と杖が放られる。だが矢尾は、それに手を伸ばすこともできず。彼の今の姿と同じように、その杖は地面に虚しく音を立てて転がった。


「……な、なんなんだ。テメエ一体、何者……?」


 掠れたようなその声に、今までの威勢はない。

 無様に地面にへたり込み、矢尾は播凰を見上げ息を乱している。


「ほう、名乗りを求めるか! (しか)らば、私に一騎討ちを挑んだ気概を称え、応えよう!!」


 対して、播凰は心底嬉しそうに破顔した。

 戦いの内容は別として、天能術を受けたことに満足していた。久方ぶりの戦いに戦意が高揚していたともいえる。

 名乗りといえば、一騎討ちの華。一騎討ち自体もさる事ながら、ともすれば名乗りも久々。

 だからこそ胸を張り、声高々と。


「――天地よ、刮目せよ! そして我が敵、我が同胞、我が先達よ、牢記するがよいっ! 故国にて冠を掲げし、我が名は――」


 淀みなく口を衝いて出たのは、かつての戦場にて述べていた口上であった。

 まだ、己の世界に夢を見ていた頃。境遇に退屈することなく、それこそ天能を知った今のように、世界が色づいていた頃。

 我が名よ響けと。自分はここにいると、世に知らしめんがため。


 息を大きく吸い込む。

 そうして、播凰の口からそれが紡がれようとした、瞬間。


 胸を張って目線が上がった、先。観客席にて、最強荘の管理人の姿が見えた気がした。


「…………」


 思わず口を噤む。戦いの熱に浮かされていた意識が、冷静さを取り戻す。

 危ないところであった。その先を口にしてしまえば、ルールに抵触していた。

 播凰が目をパチパチとさせれば、既に管理人の姿はない。いや、そもそもが見間違いで最初からいなかったのでは、という気さえしていた。


「……うむ、今のは無しだ! 私の名は、三狭間(みさくま)播凰(はお)。1年H組の三狭間播凰であるっ!!」


 強引に、締め括る。

 ここに、勝敗は決した。矢尾は依然座り込んだまま、立ち上がろうとしない。


 播凰は、観客席の方を――晩石(くれいし)(たけし)のいる方を振り返った。

 なぜなら、この戦いを一番に心配していたのは彼だからである。発端となった食堂でのいざこざの時もすぐ側にいたのもそうだが、播凰が天能術を使えないことを毅は知っている。

 だからか、騒ぎの直後や、播凰が紫藤に連れられて第三グラウンドに姿を現した時もずっとそわそわとしていた。


 そのため、大丈夫であったろう、と安心させるように顔を見せたわけであるが――。


 ――嗚呼、この世界でも私は異端か。


 播凰と視線が交わった毅は、踵を返してまるで逃げるように一目散に走り去っていった。

 その瞳に浮かんだ色を、播凰は知っていた。


 あれは、恐れの色。得体のしれない、理解できないものを見るような色。

 見覚えのあるそれは、元の世界でも散々播凰に向けられたものだったのだから。

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