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17話 お昼休み

 一縷の望みをかけてであったが、結局、万音との会話で状況が好転することはなかった。

 己の性質は、言葉通り不明のまま。解明の糸口すら掴めていない。

 だが、何も収穫がなかったかというと、そうでもなかった。


 ……言われてみれば、その通りかもしれぬ。


 天能に執着している。成る程、的外れな指摘ではない。

 学園までの道のり、播凰は万音に言われたことを頭の中で反芻していた。


 待たされた分、落胆が大きいのは事実。そもそもが、この世界には天能目的で来たわけで。そのため、完全に吹っ切るというのは難しいだろう。

 しかし可能性の芽が潰えたわけではないのだ。時間をかければジュクーシャも可能とは言っていたし、教師である紫藤も想定外ではあったのだろうが対策がないと断言はしていない。

 望みが絶たれたわけではなく、お預けになったと思えば、まあ。


 そう考えれば、気分は軽くなった。

 それに、こうして学び舎に通うのも、また新鮮な体験だ。


「――さん? 播凰さん?」


 播凰が思考から意識を浮上させれば、隣を歩く毅から名を呼ばれているのに気付く。


「ああ、すまんな。どうした、毅?」

「今日のお昼、よければ学食に行ってみないっすか? 東方第一の学食、高いのもあるみたいなんですが、安くて美味しいメニューも結構あるらしいんすよ!」


 本当に入学できたのが夢みたいっす、と一人で盛り上がっていく毅。まあ、金欠の彼にとって安いというのは重要なのだろうが、学食に喜んでいるのか、それともその選択ができることに喜んでいるのか。

 対して、播凰はその盛り上がりに同調することはなく、単純に疑問符を浮かべる。


「学食? お店か何かか?」

「学園にある食堂っすよ!」

「ほう、学び舎の中にそのようなものもあるのだな」


 驚き半分、感嘆が半分。広大な敷地とは思っていたが、そのような施設もあることに、播凰はしみじみと呟く。

 と、そこでふと思い出した。


「……そういえば、今日から昼食の用意が必要だったな。うっかりしておった! よいぞ、楽しみだな!」

「楽しみっすね!」


 入学式の翌日ではあるが、本日から早速授業は開始。

 そのため、昼食が必要だったのだが、昨日は衝撃が大きすぎて普通に忘れていた播凰なのであった。




「お、終わったか……」


 午前最後の授業終了を知らせるチャイムが鳴る。

 教師が教室から出ていく中、播凰は机に突っ伏して呟いた。


 とはいえ、播凰からすれば、まだ耐えた方である。

 勉強に関しては得意ではなく、むしろ苦手。加えて、端末を用いての授業であるが、そちらも完全に慣れたとは言い難い。

 管理人との勉強会がなければ、恐らく即死であった。


「播凰さん、学食行きましょう、学食っ!」

「……うむ」


 何もなければ、そのままあと数分はぐでーっとしていただろうが。

 毅の溌剌とした声に促され、播凰はのそりと上体を机から起こそうとして。


「……少し待ってくれ」


 起き上がれず、結局もう少し突っ伏し。

 勉強会を共にし、播凰が勉強を苦手としていることを知っている毅は、苦笑してそれを待った。


 播凰が顔を上げた頃には、教室内は何人かで固まってお弁当の包みやパンの袋を開けているグループに、一人で食べている者がいるくらいで、およそ半数は席を外していた。


「待たせたな、では参ろうか」


 播凰はぐぐっと伸びをすると、立ち上がり、毅を伴って教室を出る。

 学食は教室のある棟とは別らしく、一旦建物の外へ。

 昼休みは全生徒共通の時間であるため、そこそこの人通り。

 よく晴れて心地よい気候であるからか、外で食べようとベンチや段差に腰を下ろして昼食を広げている生徒もいる。


 殺伐とした雰囲気はもちろんなく、和気藹々とした平和な空気だ。


「あ、そうっす、播凰さん。ここは学食が二つあるみたいなんすけど、今日は中央食堂って方に行こうと思うっす。そっちで大丈夫っすか?」

「うむ、毅に任せるぞ」


 二つあること自体初耳であるし、その二つがどう違うのかも分からない。

 そもそも毅に着いてっている以上、特に意見があるわけでなく。故に、迷いなく快諾する。

 だが、せめて場所だけは見ておこうと、端末から学園のマップにアクセス。

 中央食堂の文字を探せば、なるほど。確かに文字通り、学園の敷地の中心部に近く、中央食堂の記載がある。どうやら、別の棟と繋がってはおらず、独立した一つの建物のようだ。


「……ふむ、毅よ。この隣にあるラウンジというのは、また別なのか?」


 と、マップを眺めていた播凰は、中央食堂の横にラウンジなる文字を見つけ、毅に問う。


「ラウンジっすか……うぅん、飲食を提供するって意味だと、食堂と似たような施設だと思うんすが――」


 返答は、どこか歯切れの悪いものだった。

 言い難い、というよりは毅もよく分かっていないような、そんな表情。


「そのっすね。昨日色々見てて、それこそ学園の構内マップとかも見たりして色々調べてたんすよ。そしたら、ラウンジはなんでも、生徒の中でも選ばれた人しか利用できないとかなんとかって……」

「ふむぅ、選ばれた人とな?」

「そうっす、なんかそれが暗黙のルールらしいっす」


 選ばれた人、という特殊な形容に、聊か播凰の興味が湧いた。


「なるほど、行く前に少し覗いてみようではないか」

「うーん……まぁ、いいっすけど」


 若干気後れのある毅を引き連れ、中央食堂側の入り口から入るのではなく、その横のラウンジの前を通過するようなルートで歩く。

 マップによれば、二つは同じ建物なので、ラウンジを見てから食堂に行くのも可能だろう。

 そう思い、二人が建物に入ってみれば。


 不思議、といえば不思議な光景ではあった。

 がらんとしているわけではない。

 真っすぐ伸びる道、その突き当りには恐らく食堂へと繋がる扉があり。二人と同じようなルートで食堂へ向かおうとする人影も、そう多くはないがいくつかはあるようだった。


 が、その挙動、というか様子がおかしい。

 直進の道を、早足で駆けるような集団、もしくは個もあれば。その逆にゆっくりと、それこそ牛の歩むように、非常にのろのろと歩く背中もある。

 しかし、双方に共通しているのが。その両極端な速度となるのが特定の場所で、かつその時に通路の右にちらちらと顔を向け、明らかに気にしているということ。

 それだけでなく時には、何を見たのか男女問わず興奮したように小さく声を上げたり、反応している者もいる。


 しばしの間、入り口付近で立っていた二人であったが、建物に足を踏み入れて中程まで歩いた時に、彼らが何を見ているのかを理解した。


 天井から吊り下がる、大きなシャンデリア。ゆったりとした広い空間には、瀟洒な白いテーブルが余裕を持って配置され。座り心地のよさと同時に高級感も与えさせるソファーが並ぶそこには、制服を纏った男女が腰掛けて各々自由に過ごしている。


 その場所から見えるのは部屋の一部であったが、そんな光景がガラスの扉越しに広がっていた。


 ……なるほど、選ばれた人、か。


 視界に入った、数人。確かに漂う雰囲気は、そこらの生徒とは一線を画している。

 特に、奥の方に座っている真っ白な髪をした細目の男子生徒。対面の女子生徒と話しつつカップを傾ける彼は、そこそこに骨がありそうだ。

 そんな風に、選定基準は別として播凰が納得するように内心頷いていると。


 その細目の彼が、己をじっと見る視線に気付いたのか。カップを置くと明らかに顔を動かし、ラウンジの入り口へと――即ち、そこにいる播凰へと目を向けた。

 ガラスの扉越しに、その視線を受け止める。

 すると、相手は何を思ったのか。にこりと柔らかな笑みを湛えた彼はすっと手を挙げると、ヒラヒラと。こちらに向かってゆっくりと手を振ってきたではないか。


 リアクションがあったことに気をよくした播凰は満面の笑顔を浮かべ、ブンブンと。応えるように、大きく右の手を振る。


「は、播凰さん、行きましょう……」


 その播凰の制服の裾を、グイグイと引っ張る者がいた。

 豪華な内装にへっぴり腰となっていた、毅である。人通りがそう多くないとはいえ、まあ目立つ。

 渋々とではあったが、播凰は腕を下げると、最後にその男をチラリと見る。


 細目の男の対面に座っていた女生徒が、いきなり手を振り出した彼の、その向き先を見ようとラウンジ入り口を振り返った時には。

 そこにはもう、誰の姿もなかった。



「……び、びっくりしたっす。凄いとこでしたね」

「うむ、つまらなくはなさそうであったな」


 毅が胸を押さえて息を乱せば、播凰が平然としつつ同意する。

 そんなこんなで、ラウンジの廊下を抜けて、突き当りまでやってきた二人。


 扉を開ければ、がやがやとした喧噪が耳を通り抜けていく。

 高い天井に、数人が並んで座れる細長のテーブルがいくつも並び。生徒達は思い思いの食事を前に、その味を楽しんだり談笑したりしている。


 おぉー、と二人して感嘆の声を上げた。

 白を基調とした内装は、華やかさという意味では先程のラウンジと比べれば数段は見劣りするものの、清潔感のある開放的な造りとなっている。


 食事のメニューは中々豊富なようで、色々なジャンルの料理の食品サンプルや写真が掲示されていた。


「播凰さん、何にするか決めました? 決めたら、食券機に並ぶっす」

「……うむ、私はあんかけ焼きそばにするぞ!」


 数ある中から吟味すること数秒。注文を決め、毅に促されるまま一つの列に並ぶ。

 やはりお昼時であるからか、そこそこの混雑。とはいえ、列は一つだけでないため、生徒が一か所に集中することはなく。

 そうして、播凰の順番となったのだが――実は食券システムのお店、初めてである。


「――で、何をすればよいのだ?」


 見慣れぬ機械を前に、播凰は後ろにいる毅を振り返った。

 えっ、と一瞬硬直した毅は、ややあって理解したのか。


「……えっと、まずは液晶画面の下にある場所にお金を入れてくださいっす」


 うむ、と播凰が千円札を取り出し、機械を見回す。

 そして毅の言う通り、下部の方に投入部分を見つけると、おぼつかない手つきで機械に投入する。


「それで?」

「液晶画面を操作して、頼みたい料理……ええと、あんかけ焼きそばでしたっけ? それを探してくださいっす。多分、麺類のとこっすね」


 うむ、と播凰が液晶画面を見る。

 そして毅の言う通り、麺類の項目を見つけると、タッチしてあんかけ焼きそばを探し、画面に表示する。


「それで?」

「注文のボタンがあるので、押してくださいっす。そうしたら、下に食券が出るので、それを取ってください。あっ、おつりのボタンも忘れずにっ!」


 うむ、と播凰が液晶画面の注文を押せば、発券完了と表示される。

 そして毅の言う通り、食券を取り、おつりも忘れずに回収。


「ふむ、それで?」


 食券を片手に播凰が振り返れば。


「――おいおい、さっきから何をちんたらやってんだよ?」


 毅が口を開く前に、その一つ後ろから、咎めるような乱暴な声。

 二人の後ろには、長くはないが列ができていた。


「す、すいませんっ! 播凰さん、もう終わったんで、列の外で待っててくださいっす!」

「うむ。すまぬな、初めてだった故、手間取った」


 悲鳴のような声で毅が謝り、小声で播凰に伝える。

 播凰も播凰で、謝罪の言葉をかけ、声の主を見た。


「ん? お前、どこかで……まぁ、いいか。終わったんならさっさとどけよ」


 茶髪の男子生徒であった。彼は、播凰を見て一瞬訝しな表情を浮かべたが。

 すぐに興味をなくしたように、吐き捨てるのだった。

次回トラブル、その次でようやくバトルに入る予定です。

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