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プロローグ上 最強荘への誘い

読んでいただきありがとうございます。

タグにて配信者、Vtuberとありますが、そちらはサブキャラの要素となりメインではありません。そのため、もしそちらを期待して拙作を開いていただいた方は、申し訳ありませんがご留意いただけると幸いです。詳しくはあらすじ最後に記載しています。

よろしくお願いします。

 ――もう、全て我が弟妹(ていまい)達に任せてもよいのではなかろうか。


 そんな、身も蓋もない考えに、いやいやと苦笑と共に首を振ったのはいつのことだっただろう。

 そして、本当にそれでいいのではないか、という思いが強くなってきたのはいつからだったか。


 ……嗚呼、退屈だ。


 その少年は重く、そして深い溜息を一つ、吐いた。

 停滞し、澱んだ空気。そんな中に、思いの外それは長く大きく響き。

 がしかし、それを聞いた者は当の少年以外になく。ただ虚しく、豪華絢爛な玉座の間(・・・・)に消えていく。


 ――果たして、私が王である意味はあるのだろうか。


 ふとした疑問が、少年の脳裏に浮かぶ。

 考えたところで答えが出る問いではない。

 だが、それでも。少年は目を瞑り、思考に耽った。


 三海を制し。四海を、つまりは世界を制すのも間近、と目された若き王。


 即ち――三海(さんかい)覇王(はおう)


 彼の国の民のみならず、多くの人間が。この世界に住まう、あまねく存在が。

 少年を指し、そう呼んでいた。

 畏怖を込め、憂虞(ゆうりょ)を込め、呼んでいた。


 ……嗚呼、つまらない。


 だが、その実態を知れば。果たして彼らはどう思うことだろう。


 以前は。少年自ら戦場に立ち、力を振るってきた。

 若すぎる王だと見くびられたこともあれば、立場を抜きにしても成人まですら後数年かかる身を侮られたことも数知れず。

 とはいえ、前者は別として、後者はそこまで特段珍しいというわけでもなかったが。


 そんな輩には己が武を、力を身をもって味合わせ、時には競い。

 若くとも数多の場数を踏み、拳を振るった。

 拍子抜けな戦いが紛れていたのは否定しないが、それでも血湧き肉躍る戦場は確かにあった。

 退屈だの、つまらないなど、考えることはなかったしそんな余裕もなかった。


 ――だが、いつしかその力は。敵に怖れられ、味方に畏れられ。


 少年がちらと目線を下げれば、そこには自らが腰掛ける玉座。

 余人にとっては憧憬の象徴でもあり、決して手の届かぬほどの価値があるはずの玉座(それ)

 しかし少年の瞳に熱は無く。どこまでも、無感動でしかない。


 ――けれども、ここ最近は。


 久しく、戦場に出ていない。戦いの中に身を置いていない。

 この身を動かすほ(・・・・・・・・)どの強敵がいない(・・・・・・・・)

 だというのに、世間では。少年が――覇王が、直に世界を手中に収めると、そう噂されているらしい。

 ただただ、玉座に座しているだけだというのに。表立って動いているのは彼ではなく、彼の弟妹達だけだというのに。


「……いや、確かにそれも王としての一つの在り方ではあるのだろうが」


 戦場に出るだけが、王の役目ではない。

 配下――ここでいえば弟妹達にあたるが――に委細を任せ、自身は玉座に構えている。

 間違ってはいない。むしろ正しくすらある。

 力を持たぬ小国であるならば、時に王自ら戦場に立ったり、時に防衛の指揮をとったりはあるのだろうが。

 殊、世界に手をかけつつある強国の王であるならば、ある意味当然の帰結。王が動かずとも、それこそ何もせずとも、ただ有能な配下が戦果をもたらしてくれる。

 まったくもって、正しい。


 ――正しい、の、だが。


 瞳に映るは威光を示すかの如き、華々しき玉座。

 だがそれが、なんだというのか。


 ……うむ、やはり後を全て任せてもよい気がしてきた。


 頭の中で、繰り返す。

 そう、我が弟妹達だ。弟妹達なのだ。

 一人の弟に、二人の妹。なにせ彼等ときたら。


 兄上様(・・・)が出るまでもないだの、

 お兄様(・・・)が動く価値もないだの。

 兄貴(・・)は玉座にぼうっと馬鹿みたいに座ってるだけでいいだの。

 自分達(・・・)が前線に出ていれば充分なのだと。


 何かと理由をつけては、この国に――この玉座の間に少年を留まらせ。

 挙句の果てには、少年の世話は全て私達がすると宣い。玉座の間に、少年の生活空間に誰一人として近づけず。


 そして実際、食事を運んだり、掃除をしたり。彼等が代わる代わる行っている。

 驚くべきは、それで本当に事が――国が回っているらしいという事実。

 少年が玉座の間にいるだけで、時は流れ。真実、弟妹達以外に誰も、玉座の間に踏み入ることはない。


 他国の兵が雪崩れ込むのは勿論のこと、自国の民が武器を手に反乱に押し寄せることもなければ。

 先代、あるいは更にその前よりこの国に仕える者達すら、何一つ言ってこないし顔すら見せない。


 宣言通り、玉座の間に――王たる少年の前に顔を現すのは、彼の弟妹達のみ。

 齢が十を少し過ぎたところだというのに、全く末恐ろしいものである。

 ちと有能すぎではと思いつつも、自身という例もある――頭は別として少なくとも力に関しては――ため、納得せざるをえない。


 ……この世界に、自身がいる意味とは。


 外に出ようとすれば、まるでそれを見ていたかのようにたちどころに妹、或いは弟が現れて。

 何を言おうと、言い包められる。口喧嘩――という程激しいものではないが、彼等を前に返す言葉がなくなるのは、いつも兄たる少年の方だった。


 兄弟仲が悪いというわけではない。

 話相手にはなってくれるし、時折体を動かすことにも付き合ってくれる。

 いや、あちらの心の奥底まで見通せるというわけでもないが――なんだかんだ少年にとって弟妹達は可愛い存在ではあって。

 こんな、半ば閉じ込められているような生活ではあるものの、弟妹達は甲斐甲斐しく世話をしてくる。

 一人、末の妹は若干口が悪いが、まあそれも可愛いものだ。


「全く、数年前までは面倒を見ていたのはこちらだったというのに」


 なぜ逆転しているのやら、と独り言ちる。

 無理矢理制止を振り切って外に出ようと考えなかったこともないが、少年にとって弟妹達と争うのは本意ではなく。

 一応、時期が来れば何処へでも行っていい――ただし弟妹達も着いてくるらしい――とは言われはしたが。

 それを聞いて納得、というより引き下がりはしたものの。

 問題は、その時期というのが、四海――つまり世界を制した後だということ。

 そんな状況で、仮に何処へ行ったとして。果たしてこの世界に、楽しみなどあるのだろうか。


「もし、もしも」


 故に、夢想する。

 叶いもしない、夢を、妄想を。


 無意識に口を吐いて出た思いは、真実、少年の――覇王と呼ばれた存在の本音。

 真情の、願いの発露。


「誰もが、私を知らない世界で生きることができたなら」


 つまるところ、飽いていたのだ。

 この現状に、この世界に。


 世界を制することにそれほど興味なんてなかった。地位など、人の上に立つことなど関心なんてなかった。

 あるのは、戦いへの欲求。退屈を満たす何か。そして堅苦しい立場のない自由。

 それが自分でも分からぬ内に、どうしてかこんな状況になっていて。


「なにかに、熱意を抱くことができたなら」


 ――だから。

 王という立場などなく、王であることなど誰も知らず。

 ただ、時に戦い、時に退屈を満たし、時にのんびりと。

 何を気にすることなく、気ままに過ごすことができたなら。


「そんな世界で、何を強制されることなく生きることができたなら」


 ――それは、なんと素晴らしいことだろう。


 突拍子のない考えだった。ある意味天啓といってもよい。

 だが、口にした後で、少年は自嘲するように鼻で笑う。


 所詮それは気休めになるかすら怪しい、ただの想像、馬鹿な妄想。

 ゆえに先刻からの呟き同様。誰に聞かれるでもなく、誰に拾われるでもなく。

 響き消えゆくだけの虚しい言葉。


 その、はずだった。


 刹那、それは現れた。

 音もなく、予兆もなく、眼前を青白い光が動いた。


 目を焼くような激しく明滅するそれではない。

 ぼうっと滲むような、薄い揺らぎだ。

 微かな、しかし確かな眩きに少年の目は瞬き、思考が止まる。

 だが身体は無意識に四肢に力が籠もり。


「……攻撃では、ない、か?」


 事態から、遅れる事数秒。ようやっと、状況を理解する。

 少なくとも、痛みはない。体調にも変化は見られない。

 思考は己に割きつつも、しかしその視線は、今尚動き続ける光を睨むように固定されていた。


 少年の長らく無気力であった瞳に、一瞬にして熱が宿る。

 光は絶えず動き続けているものの、それがなぞった跡は消えずに宙に留まっており。時間が経つ毎に一つ、二つとどんどん増えていく。

 観察すること、数秒。


「もしや……文字か?」


 瞬きをニ、三度。そして僅かに目を細め、口にする。

 宙に浮くそれは、意味の無い線の羅列ではなかった。

 よくよく見ればそれは、光によって紡がれた文字であったのだ。


「おおっ……おおっ!!」


 少年は久方ぶりの興奮と共に、勢いよく玉座から立ち上がった。

 そして一切躊躇することなく、前に進んでいく。


 空中に刻まれる文字など、少年は今まで見たことも聞いたこともない。そも、輝く光が文字を紡ぐなどとも。

 つまりは、己の知識外の現象、全くの未知。

 しかし恐れなど微塵もなく、むしろ待ち焦がれていたかのように、少年は大股でそれに近づく。


 いつの間にか、光は動きを止めていた。

 もうこれ以上記すことはない、とでもいうかのようにただただ宙に留まり少年を待ち受けるのみ。


 それに警戒することなく。

 むしろ驚きから興味津々といったように、少年はその文字を――光を辿った。


『世界に疲れたアナタ。世界に熱のないアナタ。世界に苦しむアナタ。

己の名を捨て、技を捨て、そして過去を捨て。

アナタ()知らず、アナタ()知らぬ、新たな世界にて、

無一文、裸一貫から残りの生を謳歌しませんか?


アナタに、癒しを約束しましょう。

アナタに、熱を約束しましょう。

アナタに、楽しみを約束しましょう。


対価は、たった一つ。

その名を名乗らず、その技を振るわず、その過去を語らず、こちらの世界で生きてゆくこと。


これに否とするのであれば。何もする必要はありません。間もなく、これは消えるでしょう。


しかしもし、これに是とするのであれば。全てが消える前にこれに触れ、その先で待つ者に、()の数字を告げなさい。

心より、アナタの来訪を歓迎します。


――我は、最強荘の大家なり』

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