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16話 計測の結果

「性質が不明? まさか、そんなことが……」


 声に動揺の色を隠さず、紫藤が口元に手をあてた。


「……故障? いや、だとしたら正常に終了はしないはず。となると、結果が正しいとした場合――見つけられなかった? 一致する性質を?」


 話す、というよりは考えをまとめるように。その目はパネルに映し出される情報に固定されたまま、小声で呟いている。

 そんな、彼女の横で。


「嫌な予感しかしないぞ……っ!」


 勘、というべきなのかそうではないのか。紫藤の反応もそうだが、正常な結果とも思えないその二字を前に、播凰はぶるりと体を震わせる。

 不明、という性質があるならそれでよい。いや、全くイメージがつかないのでよくはないのだが、そういうものであるならまだマシだ。

 問題は、不明という単語が天能の性質を指しているのか、否か。もし言葉通りの意味を孕んでいるのだとしたら、それはつまり――。


「――今日はもう帰宅して構いません。明日、また連絡します」


 しばし考え込むようにパネルを睨みつけていた紫藤だったが、視線を切ると早口で播凰に告げる。平静さを装っているものの、いつもより僅かに上擦った声色。

 振り向いた表情はいつものように厳しくはあれど、少なくとも怒っている風ではない。


「ま、待ってくれ! 不明とは、一体――」

「君の性質については正直、現時点で判断ができないと言わざるを得ません」


 慌てて声を上げる播凰をよそに、彼女は食い気味に返答をしつつ足早に部屋を出て行こうとしたが。

 その寸前、足を止めて播凰を振り返り。


「このことについて、誰かに話すことを止めはしませんが、みだりに口外しないことをおすすめします」


 それだけ言うと、今度こそ足音を響かせて去っていった。


「…………」


 バタン、と無情にもドアが閉じ、ただ一人残される。

 パネルの表示は、何やら送信完了の文字が出た後、真っ暗となっていた。


 そこからの記憶というのは、あまりない。

 気付けば、ある意味奇跡的にも最強荘に帰り着いていた。

 いや、少しばかり構内を彷徨ったような気がするが。学園を出るだけであれば外を目指せばよいので、行ったことのない場所を探すよりは大分簡単だろう。


 先に帰っているであろう毅の住む小屋を訪ねようかとも思ったが、そんな気にもならない。

 誰にも、それこそ管理人とも鉢合わせすることなく、三階に上がると。

 播凰は一目散にベッドに倒れこんで横になり。そのまま、ふて寝するのであった。




「……性質が不明、ですか」


 その夜である。

 結局、夕方近くまでふて寝と称して寝た播凰は、四階のジュクーシャを訪ね、彼女と対面していた。


 とはいえ、起きて直行したわけではない。外出してご飯を調達して済ませ、日が完全に落ちて少ししてからだ。

 かといって、約束をしていたわけではない。しかしジュクーシャは帰ってきていて、突然の播凰の訪問に少し驚いた様子を見せたものの、少しばかりの逡巡の後に部屋に招き入れてくれたのである。


「うむ、不明だ。不明という性質ならともかく、そういうわけでもなさそうでな……」


 話題は当然、播凰の性質の結果に関して。

 初めこそ、学園で計測したという話を聞いて、よかったですねと笑みを浮かべていたジュクーシャであったが。顛末まで聞き終わった頃には、すっかりとその柳眉は下がっていた。


「そうですね……不明という性質は、私も聞いたことがありません。その教師の方の反応の限りでは、こちら(・・・)でも同様の認識なのでしょう。ですからおっしゃる通り、不明というのは性質そのものを指しているのではなく、分からないという意味で捉えるべきでしょうね」

「……やはり、そうか」


 ジュクーシャが腕を組んで考えた末に言葉を返せば、播凰がガックリと肩を落として項垂れる。

 管理人との勉強タイムから解放され、ようやく先に進めると思った矢先にこれである。調べたのに状況は変わらず、自身の性質は依然不明。覇気がなく、気分がダダ下がりになるのも仕方ない。


「そうなれば、考えられる方法は。より精度のよい道具で計測するか、或いは自力で判明させるか」

「……自力でなんとかなるのか?」


 だが、それもジュクーシャが方法を提示したことで、僅かに上を向いた。

 播凰が顔を上げて彼女を見れば。


「それは、もちろん。ただ、道具が近道であることは確かなので、それを使える状況下で敢えて自力で探すのは非常に非効率という話なだけですね」


 当たり前のようにジュクーシャがそう告げたので、ほう、と播凰は膝を打つ。


「なんだ、そうなのか! てっきり、自力ではどうにもならないと思っていたぞ! 流石はジュクーシャ殿だ!!」


 みるみる元気を取り戻した播凰であったが、しかし。

 ジュクーシャは照れたような、同時に気まずそうに曖昧な笑みを浮かべ。


「ただし、その……この方法は非効率と話したように、時間は相応にかかるものです。播凰くんはすぐにでも天能を使いたいのでしょうが、一朝一夕には終わらず、数日、数か月。一般的でない性質という点を考慮すると、下手をすれば何年とかかる可能性も……」

「むう。それは、困るな」


 追加の情報に、播凰が顔を顰める。

 意図的ではないにせよ、喜びに冷や水を浴びせてしまった形となったジュクーシャは、必死に考えを巡らせる。


「後は、存在するかは分かりませんが。他人のステータスを調べたり見ることができるような能力を持った人物がいれば――」

「ステータス?」

「あ、いえっ、気にしないでくださいっ! すみません、私にはできないのですが、もしかするとそのような能力を持った人物がいる可能性があります。ですが、いたと仮定して、近くにいるかどうか……」


 聞きなれない単語を播凰が聞き返せば、一瞬慌てふためいたが、すぐさまジュクーシャは難しい顔をして。

 佇まいを直すと、播凰に向けて小さく頭を下げ。


「申し訳ありません、私が思いつく方法ではそれしか浮かびません。いずれにせよ、今すぐには――」


 そこまで言いかけて、あっ、と声を上げた。


「――いや、一階のあの者であれば、或いは。だが、あの者の助力を受けるなど……」


 そして、正面の播凰にすら断片的にしか聞き取れない程の声量で、呟く。

 彼女の顔に浮かぶのは、どういうわけか苦悶のような、悩みに悩むような表情。


 豹変という程ではないが、一変した彼女の様子に播凰がパチパチと目を瞬かせていると。

 なにやら決心したように、ジュクーシャは頷き。

 真剣な面持ちで、それこそこれからまるで戦にでも行くかのような空気を放ち、播凰に問いかけた。


「……業腹ですが、私情を優先している状況でもありません。播凰くん、一階に住む男のことを覚えていますか?」


 無論覚えていた。早々に忘れるような影の薄さどころか、まるで逆。

 というか、時々普通に敷地内で会う。頻繁ではないが、例えば朝のゴミ出しの時などで、会うことがある。

 何日分かと目を疑うような量のゴミ袋を携えるその姿を最初に見た時は、ゴミが歩いているのかと思ったほどだ。


 それを口に出していれば恐らくジュクーシャは喜んだろうが。

 しかしそんな両者の因縁を知らない播凰は特に口に出すことなく、頷くに留まった。


「もしあの男に会ったら、それとなく聞いてみてください。ひょっとすると、分かるかもしれません。……ただし、期待はしないでください」


 播凰がジュクーシャの部屋を辞する間際。

 いないこともあるからと、ジュクーシャと連絡先を交換した。

 ちなみに播凰が携帯電話を持っている理由は、学園から支給される端末の操作に慣れておくため管理人から渡されているためである。

 そして今まで連絡先を知らなかった理由は――入学までの間に播凰がジュクーシャから教わることを管理人が阻止していたためであった。




 さて、まさにその翌朝のことであった。

 天が播凰に味方したのか、偶然か。

 最強荘のゴミ出し場にて、一階の住人――ジュクーシャとの話に出た男、一裏万音と遭遇したのである。


 一緒に学園に行く毅は、未だ万音に苦手意識があるのか。いや、単純にヤバい奴という印象を払拭しきれていないのか。離れた場所で、播凰を待っている。


「播凰よ、聞いたぞ。貴様、管理人たんとの勉強会とやらが終わったそうだな」

「……うむ、ようやく解放されたぞ」

「くぅぅ、まっこと羨ましき奴よ! どうして、どうして余は参加できなかったのかっ!?」


 苦笑をする播凰に、悔しさの叫びを上げる万音。

 親しいと言うほどでもないが、会った時に軽く言葉を交わす程度の仲には二人はなっていたのだ。

 そして万音から振られた話題は管理人との猛勉強の件。

 入学前に何の気なしに播凰が出した話題だが、その時はそれはもう万音は食いついた。参加したいと駄々をこねた。だが、結局は実現しなかった。

 なぜか。理由は他でもない、管理人が拒否しただけの話である。


「……少し聞きたいことがあるのだが、よいか?」

「なんだ、珍しい」


 取り敢えずその話題は今はいいと、本題を切り出そうとすれば。

 未だ不服げでありながらも、万音は播凰の顔を見た。


「天能の性質が不明と計測されたのだが、何か知っているだろうか?」


 それとなく、と確かにジュクーシャは言ったが。そんなの欠片もないほどの直球である。

 さもありなん、播凰にそんなことをできる話術はない。聞くのであれば、聞く。播凰の中にあるのはそれだけだ。


「それを余に聞いてどうする?」

「分かることがあれば、教えてほしい」


 視線が、交差する。静寂は僅か、朝風が二人の間を吹き抜けた。


「知らんな」


 素っ気無い返答だった。

 だが、期待はしないよう忠告されていたため、大きなダメージはなかった。

 そうか、と播凰は短く礼を述べて、歩き出そうとするも。


「まあ、待て」


 待ったをかけたのは、万音。

 彼は、両腕を広げると、大仰にポーズをとった。


「貴様は天能に執着しているようだが。余から言わせれば、この世界にはそれよりも面白いものが他にもある。例えば、そう――配信者たる余の、大大大魔王動画がな!!」

「そうさな……確かに天能だけでなく、この世界には私の世界になかったものがたくさんある。うむ、感謝するぞ」


 播凰は、確かにといったように笑うと。

 待っていた毅と合流し、学園へ足を向けるのだった。




「――無知とはいえ、大魔王ともあろう余が、侮られたものだな」


 その、小さくなっていく背中を。暫くポーズをとったまま見ていた万音。

 しかしその胸中は何の感慨も抱いておらず、フンと鼻を鳴らす。


「そして、甘い。嘗て何度も余の前に立ったあ奴(・・)のように、皆が皆、誰かの力となるために動くとは思わぬことだ」


 次いで、ようやく馬鹿みたいなポーズを止めると。

 まるでここにいない誰かを懐かしむように。空を見上げ、その誰かに思いを馳せて。


「……しかし、成る程成る程。計測不明とあれば、凡庸なものではないと思ったが、これは」


 独り言ち、まるで納得するように頷くその姿は、何を見たのか。

 それを答える者は、ここには――。


「――視ましたね、一裏さんー?」


 いつの間にか、彼女が。管理人がそこに、立っていた。

 竹箒を手に、笑顔で。いつからか、立っている。


厳密には(・・・・)ルール違反とならぬはずだぞ、管理人たん」

「はいー。それはおっしゃる通りですー。しかし、あまり褒められた行為ではありませんねー?」

「不明と聞いたので、つい気になってしまった。後は、余がその程度(・・・・)をどうにもできぬと本当に思われたゆえか。……だが、余が本気となれば住人全員を視ることも不可能ではないだろう。それをしていないだけ、許していただきたい」

「仕方ありませんねー」


 突如割り込んだ声を、しかし万音は驚き一つなく受け入れていた。

 むしろ平然と声をかけ、言葉を交わしている。


「器を計りかねていたが、まあ凡俗の類ではないようだな。となれば、さて。余の、大大大魔王軍の配下に相応しいか、見定めるのみか」

「……その配下っていうのは、あれのことですよねー?」

「流石は管理人たんっ! そう、余の動画のリスナーよっ!!」

読んでいただきありがとうございます。

本話最後を読んでいただくと予想できると思いますが。予め言っておきますと、拙作は動画配信の要素が出てきます。主人公が出ることもあります。


メインではありませんが、1章のラストのバトルではそういった要素が出る(予定)なので、ご了承ください。…そういう描写が苦手って方はいるんでしょうか??

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