14話 呼び出し、邂逅
会場が異様な雰囲気に包まれる、という少なくとも新入生及びその父兄側にとっては想定の範囲外であろうできごとがあったものの。
それ以外に関しては、これといって騒がしくなるような事態は起こらず、入学式は終了した。
新入生は退場となり、現在は座っていたブロック――つまりはクラス毎に移動し、各々の教室へと向かっているところである。
その道中。新入生であり、これよりは播凰と同じH組のクラスメートでもある彼らの話題に上がっていたのは。やはりというべきか件の新入生総代――星像院麗火についてであった。
「ねぇねぇ、総代の星像院さんってさ、やっぱりあの星像院なのかな?」
「そうなんじゃない? その苗字の人なんて、そうそういないわよ」
「だよねー。南の名家の人が何で東方第一にいるんだろう?」
少し前の女生徒の塊がそんなことを言っていれば。
「そういや確かに、星像院の人間が試験会場にいた、って噂は聞いたような。完全にガセだと思ってたけど」
「マジで? そんな噂あったの?」
「後、めっちゃ美人だったって噂も」
「あ、分かるわ。遠目だったけど、可愛かったよなー」
後ろの男子達もまた似ているような似ていないような話で弾んでいる。
無論、播凰や毅のように会話に興じていない者も中にはいるが。男女問わず、ほとんど全員が彼女の話をしているようだった。
そして当然といえば当然だが、彼らが周囲にも聞こえるレベルで遠慮なく話していることから分かるように、渦中の人たる星像院麗火の姿は、クラスが異なるのかここにはない。
……まあ、深入りして聞くことでもあるまいて。
播凰は思考を打ち切ると、建物の内部を見ることに意識を戻す。
詳しいことを彼らの会話に割り込んで聞くという手もあったが、別段他人の詮索は趣味ではない。
あくまで播凰にとって大事なのは天能。そして今は、少しでもこの広大な構内を記憶することである。中等部の三年間をここに通ってきた内部進学組にとっては見飽きた景色なのかもしれないが、高等部からの入学者は試験の日を数えたとしても構内に足を踏み入れたのはたったの二度なのだ。
講堂から数十分とはいかずとも、それでも少なくない時間を歩いた頃。
H組の札を持って講堂から一行を先導していた、恐らく在校生と思しき係の人間が、とある一室の扉を開けて入っていく。
その入り口に提げられたプレートには、『1年H組』の文字。
室内には、一つ一つ机と椅子が並べられ、前方には教壇と教卓がある。
自身の名前の書かれた紙のある場所に着席するよう指示が出され、ぞろぞろと各自が動く中。
播凰も同じように自身の名を探してうろうろと、そして後方に席を見つけ、着席。
机の上にポツンと置かれているのは、持ち運びのできる端末が一台。
この学園の方針としては、授業を担当する教師は勿論いるものの、クラスを担当する意味での教師はいないらしい。その代わり――というわけでもないのだろうが、生徒達が活用するのがこの端末だ。
これには、学園生活を送る中で複数の役割があり。
例えば学園から、そして学年全体及び各クラスへの連絡事項に、個人的な呼び出しといった伝達手段として。
または、構内や敷地内設備のマップや、その利用方法だったり学園の規則といった案内として。
更には参考書なり書籍なりといった、授業に使用するツールとして。
その他にも色々機能があるらしいが、この一台で色々なことが完結する必須のアイテムとして、生徒一人一人に貸与されるものである。
ちなみに、こういった電子機器に関する扱いも播凰は管理人から叩き込まれたため、最初こそちんぷんかんぷんであったが今はなんとか一人で使えるレベルにはなっていた。
全員がそれぞれ着席した後、係の指示で端末を起動。
明日からの行動に関してや、各種マニュアル及び設定をした者から本日は帰宅する旨が伝えられ、各自が目を通していくのであった。
「……ふむ?」
それは、若干の苦戦をしつつもなんとか確認するべきものを一通り見て、連絡ツールの設定を終えた頃。
――『差出人:紫藤綾子(教員)』
学園からのお知らせに交じり、一件。そんな文字が目に入ったため、播凰は思わず疑問の声を上げる。
だが、他の皆にも同じようにあるのかもしれないと思いなおし、取り敢えず本文を見てみれば。
――本日、帰宅前に高等部の教員室に来てください。
短い一文だった。用件の内容はなく、呼び出しを告げるだけの簡素なもの。
明らかに、他の生徒達にも来ているとは思えない。かといって、自分一人が呼ばれることに心当たりがあるかと言われると、無い。
そう、播凰が端末と顔を突き合わせつつも内心首を捻っていると。
「播凰さん、終わりそうっすか?」
横から声が聞こえたので、顔を上げる。
見れば、毅が播凰の机のすぐ側に立っていた。
気付けば、播凰のようにまだ着席して端末を触っている生徒は片手で数えるほどしかおらず。
大半は既にやるべきことを終えて退室したようで、教室には数人の姿しかない。
「うむ、もう終わるのだが……何やら連絡が来ていてな」
「学園からの連絡っすか? それなら、自分にも来てたっすけど……」
「いや、これだ」
播凰は端末を手に取ると、問題の呼び出しの文の画面を毅に見えるように持ち上げる。
なになに、と端末を覗き込んだ毅は、目を丸くしてギョッとしたような声を上げた。
「初日から教員室への呼び出しっ!? 播凰さん、一体何したんすかっ!?」
声量の抑えられていないその声は、当然の如く教室中に響き。
残っていた数少ないクラスメートと、そして全員が終わるまでの確認も役目にあるのか前方で未だ立っている係の視線が、一気に毅とそのすぐ近くの播凰に集中する。
「あっ……い、いや、すみません」
毅はすぐさま顔を真っ赤にしてぺこぺこと頭を下げると。
顔を播凰の耳に寄せて、小声で話しかける。
「俺にはそんなの来てないっす」
「そうか。まあそういうわけだから、私は行かねばならん。毅は先に帰っても構わんぞ」
「はあ……じゃあ、そうしますけど。大丈夫っすか、播凰さん? 教員室の場所とか、あと学園からの帰り道とか分かります?」
「うむ、大丈夫だ。なんとかなるだろう!」
とまあ、そんな調子でH組の教室にて毅と別れたのが数十分前のこと。
教員室へと意味もなく自信満々に足を向けた播凰は、どうなっているかというと。
「むむむ……なんだここは? 今はどこだ?」
端末と睨めっこすること、数十回。正確に言うなら、その画面に表示される構内マップと、であるが。
困ったように周囲を見渡しても、教員室のきの字もない。端的にいえば、彼は迷っていた。
それでも仮に人に出会えたのなら、道も聞けるというものだが。本日は入学式のため、係の在校生以外は登校していない。加えて、新入生も各々の教室でやるべきことを終えたら、無意味に構内には残っていないだろう。とどのつまり、構内はがらんとしていて人の姿というのがなかった。
「……うーむ、困った」
そうして播凰が、端末に目をやりながら進んでいると。
「――きゃっ」
横合いから、軽い衝撃。
播凰からすればバランスを崩すどころか足一本すら動かないものであったが。
そちらに目を向ければ、一人の女子生徒が座り込んでいた。右側がちょうど角となっており、出会い頭にぶつかったようだ。
「うむ、すまぬな。大丈夫か?」
端末を片手に、もう一方の手を差し出す。
女子生徒は顔を上げて播凰の存在を視認すると、おずおずと手を伸ばしたが。
「ええ、ありが――」
ピタリ、とその手が播凰の手に届く前に、言葉と共に止められる。
「――貴方、まさか」
思わず、といったようにその口から零れた言葉。
んん? と播凰がその顔を見れば、それはつい先程見た顔で。
「おおっ、お主は! 新入生総代の!」
「…………」
もっとも、見たといっても播凰が一方的に、という言葉がつくが。
それは確かに式にて新入生総代として立った、星像院麗火であった。
彼女は、埃を払いながらすっと立ち上がると。
「ここにいてその制服を着ている、ということは……こちらに入学した、ということですよね?」
訝るように播凰を見つめるその瞳には、猜疑の光が宿っている。
「うむ! どういうわけか合格通知が届いてな。おかげで、勉強もみっちりすることになったが……おほん、ともかく私は三狭間播凰だ、よろしく頼む!」
カラカラと笑う播凰。
しかし、そんな彼に反応を示さず、じっと無言で見つめる麗火。
人によっては物怖じしそうな、とてもではないが友好的といえる雰囲気ではない。だが、播凰は気にすることなくこれ幸いにと口を開く。
「どういうわけかで思い出したが、高等部の教員室に呼ばれていてな。しかし如何せん、道が分からぬと困っておったのだ。其方は、ここで何をしているのだ?」
「……私は、構内を見回っていただけです。これからこちらに通うわけですから、少しは見ておこうかと」
「ほう! ならば、教員室への行き方は知っておるか?」
「え、ええ……それは知っていますが」
光明を見出し、ずいと距離を詰める播凰に、たじたじとしながらも麗火がそう返せば。
パシッ、と播凰がその手を取り。
「であれば、頼む! 私を教員室に連れて行ってくれないかっ!?」
播凰、渾身のお願いである。
この好機を、せっかくの現状を打破する機会を逃してはならない、という腹積もりであった。
「わ、分かりました! 分かりましたから、手を放してくださいっ!」
それに焦ったのは、麗火である。
その電撃的ともいえる行動に、呆気にとられたように表情を崩し。
そして何が起こっているのかを理解すると、今までのよそよそしさは風と消え、わたわたとして離れるように言葉を返す。
「おう、感謝するぞ! いやー、其方がここにいてくれて助かった」
「……咄嗟とはいえ、言ってしまったのなら違えるわけにもいきません。私に着いてきてください」
そして、仕方ないといったように歩み始める麗火に、機嫌よさげに播凰が続く。
「……貴方は、聞かないのですね」
二人が歩き始めて、少しして。
不意に、ポツリと麗火が口を開いた。
「む、何をだ?」
「……私のことを。星像院の人間が、なぜこちらに入学したのかを」
落ち着いたような、それでいて沈んでいるようにも聞こえる声で、麗火は言葉を紡ぐ。
対して、ああそのことか、と播凰は呑気に頷いた。
「そういえば、気にしている者はいたな。なんでだの、どうしてだの」
「……そうでしょうね」
「しかし私は、他人を詮索する趣味は無い。故に、何が問題なのかなど私の知ったことではないし、当人に聞こうとも思わん」
「…………」
「そもそも、私が今知りたいのはたった一つ。私は――」
先を行く麗火が、播凰を振り返る。
「――私は、早く天能の使い方を知りたいのだっ!!」
覚えていた理由は、後々麗火側の描写で明かしますが。
まあ主人公は特徴的な喋り方だよねという話で。(勿論それ以外にもあります)




