13話 入学式、南方よりの総代
『東方天能第一学園 高等部 入学式』
白塗りの看板に達筆な文字で、堂々と。
すぐ傍らにて荘厳と佇む校門には流石に霞むものの、それでも陽の光を受け輝くそれは。しっかりとした存在感を放って、そこに立っていた。
学園の敷地に入るために門を通ろうとする者は、立ち止まって繁々と眺めたり、歩みを止めることはせずとも一瞥したり。
真新しい青緑色の制服を着る新入生やそれに付き添う父兄、或いは式に携わる在校生、関係者問わず。
恐らくほとんど全員が、大小の差はあれど確かにそれを意識し、この場を後にしている。
「やっと……やっと、この日が来たなっ! 待ち侘びたぞ、色々な意味でっ!!」
「くぅぅっ! お、俺が、本当に、あの東方第一に……っ」
そんな、入学の時を告げるともいうべき、衆目を集める看板を前に。
拳を握って仰ぎ見る播凰と、にじんだ涙を制服の裾で拭う毅は、いた。
とはいえ、そのような姿の両名であるが、実のところさほど浮いた光景でも場違いというわけでもない。
若干大袈裟感が否めないのはないこともないが。事実、眩しそうに、または誇らしげに看板を見る者もいれば。父兄や新入生同士で笑顔を交わして喜びの声を上げる者もいる。場の雰囲気は、今日という日を祝う空気であることは間違いない。
もっとも、全部が全部そうということもなく。中には至極当然といったように高揚も無しに門を通過する姿もあれば、むしろ大きく反応をする者達を小馬鹿にしたように見やる姿もあったのだが。
さて、それでは二人が誰の気にも留められなかったのかといえば、そんなこともない。
何より播凰の声が大きい。加えて、只でさえ注目を集める看板の近くというのもある。
その場にいた全員が全員というわけでもないが、看板ついでに目が止まったり、声につられて顔を向けるような人間が間違いなくある程度はいた。
「は、播凰さん、行きましょう……」
遅ればせながらそれに気づいた毅が、慌てて播凰に小声で呼びかける。
こうしている間にも続々と人の波は門に吸い込まれていく。つまり、留まっているとそれだけ見られる数が増えるわけで。
「うむ、では参ろうか」
毅としては恥ずかしさ故の行動であったが、播凰は全く気にした様子もない。かといって、別段見られたい思いが播凰の中にあるというわけでもなく。
鷹揚に頷き、人の流れの合間を見て、横合いからするりと門の中へ。
向かう先は入学式の会場。
道標は当然あるが、そもそも今日ここにいるのはほぼ全員がそれを目的としているといっても過言ではない。
そのため、広大でまだ全貌の知らぬ構内であれど、迷うこともなく二人はすんなりと会場たる講堂へと辿り着くことができた。
壁に掛けられた時計を見れば、式の開始とされる時刻まで後十五分といったところ。
新入生用に並べられた椅子は、その半分ほどは既に埋まっているようだった。
事前に送られた案内によれば、好き勝手座ってよいわけではなく、自身が振り分けられたクラス毎に着席しなければならないとのこと。
播凰のクラスは、H組。ちなみに毅も同じH組だ。
この学校は一年に十のクラスが存在しているため、それだけを見れば同じクラスになる確率というものはそう高くはない。だが、その内情は正確には違う。
確かにこの場に集うのは新入生であり同学年ともいえるのだが。ではその全てが競争相手であり切磋琢磨する間柄であるかとなれば、そうとも言えない。
なぜなら、学科が分かれているからである。
武術や武器を用いての接近戦を主とする、武戦科。
天能術を用いての中・遠距離戦を主とする、天戦科。
武器や装備といったものの作成を主とする、造戦科。
当然方針が異なればカリキュラムも異なるわけだから、学科毎にクラスが定められているのだ。
その内訳としては、武戦科がAからDの四クラスで、天戦科はEからHの四クラス。そして造戦科が、IとJの二クラス、といった具合である。
H組の案内を持った係のいるブロックまで歩けば、前から順番というわけでもないらしく、ポツポツと席が空いていた。
二人分の空席がちょうど列の中頃にあったので、播凰と毅はそこに並んで座る。
途端、ふぅと息を吐きだす毅。それを横目に、播凰もまた肩の力を抜いた。
周囲の生徒達は静かにしているか、隣或いは前後で喋っていたりしている。
内部進学同士の知己か、もしくは外部でありながらも積極性があるのか。
そんな彼らの声にわざわざ聞き耳をたてることもなく、播凰はなんとなしに正面にある舞台に目を向ける。
――ようやっと、管理人殿から解放されるか。
入学を待ち望んでいたのは確かである。確かだが、待っていた理由はもう一つ。
合格を知らされた――正式に合格の通達が届いたのはもっと後日であるが――あの日。
実技試験は仕方ないにしても筆記試験も最下位ということで、以降入学式となる今日まで、勉強の面を播凰は管理人にみっちり鍛えられたのである。
とはいえ、別世界の住人であった播凰からすれば、特に社会や歴史の問題をいきなり問われて答えられるわけもない。もしそんな人物がいたとすれば、間違いなくそれは変態である。
それは正論で管理人も当然理解を示したわけだが、播凰の場合他の教科も不味かった。もっとも、これも同様の理由が通らなくもないのだが。
取り敢えず勉強、というのが管理人の言。勉強はどちらかといえば苦手な播凰であったが、この先必要とのことで、納得せざるをえず。参考書を読み、問題集を解く毎日。毅もまた、成績もそこまで良い部類ではないためにサポーターも兼ねて巻き込まれたのは余談である。
とまあおかげで、ジュクーシャに天能を学ぶのは入学するまで禁止。結局、天能以外については学んだものの、肝心の天能についてほとんど身に着けることなく本日を迎えたというわけであった。
式に関しては滞りなく、まあ有り体に言えば面白いことがあるはずもなく淡々と進んでいった。
周囲の何人かは背筋を張りながら真剣な面持ちでそれを見守っているが。当たり前ではあるが、全部が全部そんな真面目な人間ばかりではないというもので。
正面を向いてこそいるものの、指先を弄ったり首を動かしたりと。流石に騒ぐ人間などはいないが、ちゃんと聞いているか定かではない緩い雰囲気も広がっている。
「――新1年生総代。天戦科、星像院麗火」
そんな空気が一変したのは、新入生総代の挨拶へと進んだ時であった。
その名が呼ばれ、そしてその人物が壇上に進み出た時。確かに、会場内がざわついた。
といっても、誰も彼もがそんな反応を見せたわけではなく。むしろ異様な雰囲気に首を傾げている生徒もちらほらと何人か。
そして当然その一人に入っている播凰もまた視線を巡らせては不思議な面持ちをしていたが。
……あれはもしや、実技試験の際の。
壇上の人物、即ち総代である女生徒を見て。しばらくして、その容姿に見覚えがあることに気付く。
そう、それは実技試験の折。試験者に対して播凰が拍手を送った際に彼のその行動を咎めた女生徒であった。そして同時に、氷の龍という、あの試験の中で播凰が最も感嘆した天能の使い手でもある。
あの時とは服装こそこの学園の制服という違いはあれど、美しい緋の長髪と水色のヘアバンドは変わらない。
「星像院だって? なんで南方第三の人間がこっちに?」
「総代ってことは、中等部主席が……あの方が、負けたのか?」
「馬鹿、お前そんな滅多なこと言うなっ! 大体、学科が違うだろ」
ざわめきに耳を傾ければ、同じ列、隣の席の男子生徒達からそんなヒソヒソとした会話が聞こえてきた。
――南方第三。
正式には、南方天能第三学園。
名前から察することもできる通り、ここ東方天能第一学園と同じく天能術を教える学び舎の一つだ。
ちなみに、北と西にも第二、第四と一校ずつ存在し、名に含まれている方角にそれぞれ位置しており。
その数字が優劣を表しているわけでもないようで、四つの何れもが名門と謳われているらしい。
さて、それ以外にも気になる情報はあったのだが。管理人指導の猛勉強の中で得た知識の中に辛うじて学園に関するものが引っかかっただけで、相変わらずざわめきが起きた意味は不明のまま。
……星像院という苗字が関係あるのか?
隣の毅を見てみれば、彼も困惑したように目線を彷徨わせていたので、知っているようでもない。
結局、腑に落ちぬものはあったものの、かといって是が非でも知りたいわけでもなく。やがてざわめきも止んで講堂は静まり返り。
朗々とした彼女の――星像院麗火の挨拶の声が響くのであった。
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