10話 暗躍する影、悶える影
今回は完全な別視点です。
夕暮れの陽射しにより、茜色に染まる校舎。
普段であれば、この時間帯であってもそこに通う生徒達の声があり、それなりに賑やかであるのだが。
今日に関しては入学試験があることにより、原則として在校生の立ち入りは禁止。そのためいつもの様相とは異なり、また広大な敷地を有するがゆえに外の喧騒も届かず、珍しく静けさが漂っていた。
「――納得がいきません。何故あの二名を合格とするのですか」
ここは、東方天能第一学園。
そのとある一室にて向かい合っているのは、二つの人影。
「まあまあ、そう怒らずに。紫藤先生」
一つは、眼鏡をかけた知的な美女。ピシッと背筋を伸ばして立つ彼女は、この学園の教師である、紫藤。
そしてそれに相対するような形で、明らかに高価であろう木製の机を挟み。広々とした背もたれの椅子に腰かけるのは、豊かな口髭を蓄えた初老の男性であった。
「怒ってなどおりません。私はただ、理由が知りたいだけです」
宥めるようなゆったりとした初老の男の声を、しかし否定する彼女。
だが、男の指摘は完全な的外れとも言い難い。
口調は僅かに早く、冷たくも熱の籠った声。そしてその顔は、目は、少なくとも落ち着いた印象を与えるものではなかったのだから。
そんな紫藤を前にして、座ったままに困ったような、人の良さをうかがわせる笑みを浮かべる男性。
彼女は、その反応を見るのを待たずに自身の手に持っていた紙に目を落とした。
「一名、晩石毅に関しては、はっきり言って大部分が合格ラインにすら達していません。本日然り、別日の入学試験然り、彼以上の受験者など内部進学組含めて何十、何百といるでしょう。とてもではありませんが、即刻どころか全ての結果が揃ったとしても合格が決まる人物ではなく。本来であれば補欠合格の検討の候補にすら上がらないはずです」
つらつらと述べられるのは、お世辞にもいいとはいえない評価。
辛辣ともいえるそれは、彼女の手にした紙に基づいてであることを示しており。なにより、紫藤自身がその場にいて判断したことでもあった。
一気に読み上げた後、紫藤は目線を男に合わせ、一歩。それこそ両者の間にある机のギリギリまで、詰め寄ると。
「そしてもう一名の三狭間播凰。これはもう問題外です。反応しない程に低い天能力の上、あの態度。仮に本当に天能の使い方を知らなかったとしても、天戦科ではそんな者など話になりませんっ!」
語尾を荒げ、その手にあった紙の一枚を机の上に置いた。
男性は、チラッとそれを一瞥だけすると。
「紫藤先生の言うことはもっとも。……じゃが、時には成績だけでない部分も評価に値すると儂は思っていての」
一転、今まで浮かべていた笑みを消し、真剣な表情となる。
「確かに、我が学園は誰しもが入学できるわけではない。特に、才の乏しい者に関して門が開かれることは極々稀じゃ。しかしその本質は、学びを希望する者を受け入れることにある」
「……それは、おっしゃる通りですが。しかしそれを受け入れては――」
「勿論、分かっておるとも。じゃが、近年では学びよりも我が学園に在籍、及び卒業することで己の箔としようとすることを重視する者が多いのも事実。そんな中、あの彼の宣言はひどく気持ちよいものじゃった」
男性の言葉に、紫藤は僅かに目を見開く。
「あの場にいらっしゃったのですか?」
「こっそりと、客席の方からな。久方ぶりに、胸がすくような思いをしたよ」
紫藤の驚きの声に、男性は微笑と共に頷くと。椅子から少し身を乗り出すようにして、その両肘を机の上に置き、手を組んだ。
「――さて。ああいう者は、我が学園に相応しくないと、そう思いますかな?」
にこやかではあった。
されど、まるで審判の如く、内心を見透かされるような問いに。
紫藤の中に、即座に返せる答えはなく。
「縣先生は、納得してくれたよ。もっとも、多少悩んだようではあったが――最終的には、納得してくれた。光るものは、確かにあったと。また、見極めたいとも」
「…………」
「紫藤先生は、どうかね? 何の見所もない、愚鈍に映ったかね?」
「それは……いや、しかし……」
男性の質問に、言い淀む紫藤。
だが、それを待たずに畳みかけるように。
「兎も角、紫藤先生には悪いが、これは決定事項じゃ。三狭間播凰、ならびに晩石毅の両名は、入学を許可する」
ゆっくりと。それでいてはっきりと、男性が宣言する。
一秒、二秒。沈黙が、広がる。お互いに口は開かず、身じろぎ一つしない。
「……承知いたしました。そこまでおっしゃるのであれば」
ややあって動いたのは、紫藤の方であった。
不承不承といった様子でありながらも、確かに認める発言。
「おお、解ってくれましたか」
それを聞いた男性は顔を綻ばせる。
半ば強制に近いものであったというのに、どの口がと指摘する者はこの場にいない。
「……それでは、私はこれで――」
用件は終わったと、紫藤が踵を返して部屋を出ようとする。
しかしその背に、待ったの声がかかり、その足は止められた。
「ああ、待ってください、紫藤先生。先の生徒――三狭間播凰君の方じゃが。彼が入学した場合の補佐を、先生にお願いしたくての」
「補佐?」
振り返った顔は、僅かに険しい。
それはそうだ。理解したとはいえ、完全に納得をしていない事柄に対して、その力添えを頼まれたのだから。
「そうじゃ。先生も先程指摘した通り、彼は天能の使い方――ひいては色々と知識が不足しているやもしれぬ。そこで、特別に色々と面倒を見ていただきたい」
「……分かりました」
その提案を、しかし一蹴することはせず。少し考えた末に、紫藤は承諾した。
「しかし、もし三狭間播凰にその気が無かった場合。その時は、このお話は無かったことに」
だが、男性が感謝の言葉を述べる前に。彼女は間髪を入れずにそう牽制すると。
「では失礼致します、学園長」
今度こそ踵を返して、部屋を出て行った。
バタンッ、と扉が閉まり、沈黙が訪れる。
「……何とか、一件落着といったところかの。しかし――」
残された初老の男性――東方天能第一学園の学園長は、短く息を吐くと。
「――三狭間播凰。あの場所の住人か」
机の上に置かれた紙を――そこに貼られた播凰の顔写真を見下ろす。
「書類上だけを見れば、優等生と評される中等部の彼等とは似ても似つかぬ問題児だが、はてさて――」
その、同時刻。
周囲に人のいない、開けた場所。
時折強い風が吹く中、ただ一つ。何もせずに、それは一人そこに立っている。
「――住民の方々のご希望を叶えるのは、大家としての役目なれば」
夕闇の中にあって、その姿は朧気ながらも。
「もっとも、もうお一方は私の描いたチラシを褒めていただいたということで、ついでの特別ですが」
確かに、その口元に笑みを浮かばせ。
「それでは、三の数字を持つお方。この世界をお楽しみいただけますよう、願っております」
――――――――――――
外が完全に暗闇に包まれた、夜。
最強荘の四階の部屋、その寝室にて。
「あぁーっ!! 私は、なんと大胆なことをっ!!」
その頭に枕を被せ、ベッドの上でジタバタと身悶えする女の姿を、電灯の明かりが照らしていた。
女性の名は、四柳ジュクーシャ。この部屋の主である。
「年下とはいえ、出会って間もない男性を、部屋に招く約束をするなんて……っ!」
さて、一人暮らしであるために、その姿を見る存在がいないとはいえ。
そんな風に顔を真っ赤にした彼女が取り乱しているのは、事情がある。
どうしてそうなったのか。いや、十中八九、悪の権化とも根源ともいえる存在のせいなのだが。
話の流れで、売り言葉に買い言葉で、現時点でほとんど親交のない異性――つまり播凰に天能について教える約束をしてしまったのだ。ついでに、年下ではあるものの、一回りどころか言うほど離れてはいない。
とはいえ、それ自体はさして問題ではなかった。問題は――。
「うぅ……つい、以前のようにやってしまいました。……仕方ないじゃありませんか、パーティの仲間達は皆、女性だったんですから!」
――その相談を、彼女に与えられた部屋にて受ける。
すなわち、ジュクーシャの住まいに招いて話を聞くことになったことである。
これは別に、播凰がそうしたいと言ったわけではない。
つい、以前の癖で。嘗て旅を共にした仲間の、その相談や話を自室に招いて聞いていたという癖で。
自然とジュクーシャは、自分の部屋での会話を提案していたのだ。
気付いた時には、既に言葉として出してしまった後。
すぐであれば撤回できたものを、頭が真っ白になった彼女は。約束だけ取り付け、詳しい話は明日、とその場から逃走したわけである。
やがてジタバタはゴロゴロへと変わり。忙しなく、ベッドが浮かんでは沈みを繰り返す。
そんな彼女の姿は、普段の澄ました態度からは考えられない有様であった。
なお、そんな彼女の階のすぐ下は、三階。即ち、問題? の播凰の部屋であったりする。
ちなみに、大家なので管理人とは別です。




