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33話 暴露はあっさりと

「おぉい、お主! 入学試験の時に見せた氷の龍の術、あれは天放属性で相違ないか!? であれば、今ここで使ってくれ!!」


 その人物とは、同じ学年、同じ天戦科でありながらトップクラス(E組)の女学生、星像院麗火。

 彼女が入学試験で使った、氷の龍を出した術。播凰の番は終わっていたために離れて見ていたが、その光景は未だに播凰の脳裏に焼き付いている。


 彼女の名を呼んだわけではない。だが、入学試験、そして氷の龍の術というところに思い当たりがあったからか。播凰の視線の先で、呼びかけの声に麗火がピクリと身を震わせた。


「……すみません、先ほどから話が見えていないのですが」


 惚けているわけではないだろう。

 なにせ、如何に矢坂が播凰の性質、そして術のことを知っており会話が成り立っていたとしても、それはこの場の共通認識ではない。

 ただでさえ、播凰の情報を見たまま以上に持っていない麗火からすれば、今の時点ですら驚きの連続。状況を正確に把握できていない。


 あくまで、それまでは見ているだけの傍観者の立場であったから、それで済んでいた。が、振られて巻き込まれたことにより、麗火は当事者の一人となった。

 つまり彼女からすれば、訳も分からずいきなり術を打てと言われている形なのである。

 当然ながら、はい分かりましたとなるわけもなく、待ったをかけたくなるのは自明の理。


 ――ただし。それだけが理由とは思えないほど、麗火のその声色は固く。そして冷たく。


「ほーん、お前ならてっきり雲生塚に行くと思ったんだけどな。ほれ見ろ、いつものあの胡散臭え笑い。どうにも何か知ってそうな節がありそうなアイツなら、話が早かったんだろうが」


 ありありと疑問――猜疑が浮かんでいる麗火に対し。

 しかしその横の雲生塚は、播凰が初めて会った時から変わらぬ笑顔。

 距離が離れているとはいえ、隣り合う両者の表情には差があり。だからこそか、雲生塚の自然さは逆に不自然となって映るともいえる。


「胡散臭いとは酷い言い草ですね、矢坂先生。それに、もうちょっと説明がないと麗火君も困ってしまうと思いますが」

「ケッ、そう言われたくなきゃ、子供らしく素直に感情を出してみろってんだ。……まぁ確かに、さっきの上での反応的に星像院は知らなそうだってのは分かってっけどよ。こういう時、アタシんとこ(武戦科)の連中なら、詳しい説明なんかしねーでもむしろ嬉々として来るのが殆どなんだがねぇ」


 そこまでの大声ではなかっただろうに、けれどしっかり聞こえていたようで。

 言われたついでか、はたまたその逆か。どちらにせよ、柔らかな苦言と共に麗火への助け船を出した雲生塚の言葉に、矢坂は顰め面となりガシガシと頭を掻きながら。


「しっかし、氷の龍の術――龍、ねぇ。つーことは……ってか、アタシは確かに選べとは言ったが、別に術まで指定しろとまでは……」


 ぶつぶつと、数秒。

 雲生塚、麗火、そして播凰と。矢坂の顔が順々に、それぞれ三人の顔を見ていく。

 それが何巡したであろうか。ややあってそれは最終的に播凰に固定され。


「んじゃまあ、あれだ。……他の普通の術(・・・・・・)じゃなくてどうしてもそれがいいってんなら、頑張って星像院様に頼んでみな、三狭間」

「む、頼むか。任せよ!」


 投げやり、とはまた違うのだろうが。矢坂がまるっと播凰にぶん投げる。

 それを受けた播凰は大きく頷くと、一歩、麗火達の方へ踏み出し。すぅっと大きく息を吸い込んだ。


「そういうわけだっ! お主が入学試験の時に見せた氷の龍の術! あれを私に向けて打ってくれまいか!?」


 近くにいた矢坂が、思わず顔を歪めるほどの声量。それはただでさえ音の少ない空間によく響いた。

 そもそもからして、そこまで声を張り上げずとも、播凰の声は普段から元々大きい方な訳で。

 頑張ってってのはそういう意味じゃねえ、とあまりの五月蠅さに矢坂が播凰をジロリと睨む中。


「……貴方の声は十分に聞こえています。大体、どういうわけなのですか」


 再びの麗火の固い声。そこに僅かばかりの苛立ちが混じり出したのは、果たして大声だけが理由なのか。

 とはいえ、彼女の真意はどうあれ致し方ないことではある。

 強いて言えば、言葉通りお願いの形には変わったといえば変わったが。麗火からすれば全くと言っていい程、何も話が進展していないのだから。


「うむ、私の術を使うには、他の者の――つまり、お主の術が必要でな! まあ条件としては天放属性であれば何でもよいといえばよいのだが……前にも言ったように、あの氷の龍の術は実に見事! あの場では色々な者の術を見れて感心していたのだが、お主の術は一際、よく見たいと思ったというのもある!」

「……感心に、見たい、ですか。そういえばあの時、貴方は……」


 何でもよかった、という言葉のチョイスは例え事実にしても率直に言って最悪の部類だっただろう。

 だが、だからこそ。含むところのない播凰の賛辞には、その素直さが純粋に表れているとも言える。少なくとも、茶化したり、面白半分での言葉ではないということが。


 それが伝わったのどうか。遠くからじっと播凰の顔を見ていた麗火は、はぁ、と軽く息を吐きだした。

 険のあったその眦は微かに、ほんの微かに緩んだように見える。心なしか、その口調までも。

 ただし、拒絶するような――それこそ氷のような麗火の冷たい雰囲気は、未だ健在。


「貴方と矢坂先生との会話は、聞かせてもらっていました。正直、いまいち不明な部分もありましたが――使える術は一つとのこと。……であるならば、先ほど貴方が術を使ったところを、私は見ています」


 そう言って麗火が両の瞼を閉じる。

 確かに彼女の言う通り、播凰は叶との戦いで一度だけ術を発動させていた。その時は直前に叶の術、岩放・大崩落を受けていたため、現れたのは落下する複数の巨岩である。

 となれば彼女は今、その場面を思い起こしているのか。併せて考えでも纏めているのか。

 ややあって、麗火がその目を開き。


「貴方の術は見た限りでは、岩。しかしそれでは性質を伏せる理由にはなり得ません。そして私の聞き間違いでなければ、詠唱もまた岩ではなく、別のもの。また、他者の天放属性の術――攻撃の術が必要という意味合いでは、例えば強度を計る指針として明瞭となる防御、或いは攻撃に対して作用するカウンターや迎撃といった系統の術等が考えられます。しかし貴方の術はそれらとは違ったように見える。加え、そこらの素人や生徒ならばまだしも、教師である矢坂先生をして変わったと言われたのも……ええ、貴方が言ってくださったように、私も貴方の術をもう一度見てみたいという思いはあります。ですが――」

「うむ、そうあれこれ難しく考える必要などない! 最初の方に性質がどうのと言っていたが、つまり私の性質を知っておきたいということでよいか!? 然らば伝えよう、我が性質は、覇である!!」

「…………」


 質問されていたわけでもない。突き付けられていたわけでもない。

 雑談――単なる会話の延長で。隠すことなく、勿体ぶることなく、至極あっさりと。

 つらつらと、これまでの情報から整理するように話していた麗火の話を長いとでもぶった切るような、播凰の暴露。

 これには、遮られる形となった麗火も、思わず口を開いたまま言葉を止めざるを得ず。


()の性質? そんな性質聞き憶えがないぞ、またふざけているんじゃないだろうな?」

「……あら、ご存じないのね、叶徹。耳慣れないのは事実ですが――いくつかの記録にてその存在を示唆されている性質の一つ。旧き時代から現代に伝わるほどに頭角を現した英傑が持っていたとされる、覇者の証ですわよ」

「ふん、貴様も悪ふざけに乗っているんじゃないだろうな荒流。覇者の証などとよく分からないことを……待て、旧い記録だと? 覇者……覇……覇? っ、まさか、あの覇の性質か!?」

「ちゃんと知ってはいましたのね。その、覇、で間違いありませんわ」

「ああ、思い出した。確かにそのような性質について、前に何かで見たような記憶があるのは認める。が、あれは伝承や歴史の中だけで語られる、本当にあったかも分からない性質のはずだ。矢張りふざけているとしか――」

「この期に及んで、性懲りもなく三狭間さんを疑うのですか。散々疑った挙句に術を破られ、すっかり大人しくなってのこのこと戻って来たと思っていましたが。……驚きまででしたら、まだわたくしと同じですみましたのに」

「っ……」


 まず、播凰の宣言に反応して声を上げたのは、叶と荒流の二年生ペア。

 疑いの眼差しを向ける叶であったが、しかし荒流の直球の一言に痛いところを突かれたように沈み。


「うぅん、アタシは知らないなぁ」

「まあ知らなくても無理はないね。満美君の言った通り、一応は過去の記録としては存在していたとされているけれど……最低でも数百年以上遡ることでようやく、そうだったかもしれない(・・・・・・)という人物が数えられる程度にしか出てこないぐらいだ」

「ほえー、数百年……」

「もっとも、それすらもあくまで仮説の一つに過ぎないし、だからこそ授業とかでも出てこなかったと思うよ。言うなれば、未知である伝説の性質って感じじゃないかな、うん」

「おおー、伝説! 播凰にい、凄ぉいっ!」

「ふふふ、そうだね。彼には驚かされることばかりだ」


 次いで、疑いではないものの、単純に知らないと辺莉が声を上げれば。

 口では驚いたと言いつつも、平然とした様子を崩さない雲生塚が優しく教える。

 各々が三者三様の反応を見せる中。


「そうですか、やはり聞き間違いではなかったのですね……」


 一度術を見て、そして詠唱を聞いているからか。或いは、播凰の放つ雰囲気がそうさせるのか。

 不思議と、ストンと落ちるように。反発することなく、麗火は受け入れた。嘘ではないのかという主張は、麗火の口からどころか表情にもその片鱗が出ていない。


 覇という性質の存在自体が真偽不明な上、それが己の性質だと主張する。


 疑り深い人というのは、どうしても一定数いるものだ。空想の産物だとばっさり切り捨てる者、存在には肯定的でも法螺吹きだと弾劾する者。そんな主張が出てくることは想像に難くない。

 故にもしもこの場にもっと人がいたとしたら、大衆の意見としては否定的に流れてもおかしくはなかっただろう。むしろ叶の以外の反応こそ異常と言えなくもなく。

 秘密とするよう指示されていたらしいのも、納得できるもの。


「……教えていただいたことは、感謝いたします。そしてそのお礼、と言うわけでもありませんが、協力したい――貴方の術をもう一度見たいという思いも本心です」


 打算の無い――いや、播凰が麗火に頼み事をしている以上、そうとも言い切れないのかもしれないが。少なくとも播凰は誠実に麗火に向き合い、頼みとした。

 ならばとそれに応じるように、麗火も真っすぐに播凰に視線を合わせ。


「ですが、申し訳ありません……私は――」


 けれど、紡がれたのは謝罪。

 麗火は一度言葉を切ると、きっぱりと言い放った。


「――私は、あの術を人に向けることはいたしません」

播凰の性質を全体的にバラす時はもうちょっとしっかりした雰囲気と描写を入れようとは思っています。その話は結構先になるとは思いますが。

今回は人も少ないかつ流れも流れなのであっさりめの表現で。

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