百七十六話 休息と処遇
新章開幕です。
柔らかい人肌の感触と誰かが身動ぎしたような気配で目が覚めた。
「リアとスカハか」
両側に交互に目を向けると一糸まとわぬ姿のメリアとスカハが腕に抱きついていた。
頬が緩んでいるのを自覚しながらも理性を総動員して、腕を引き抜いて起き上がった。
「ふわぁ…」
アレスが寝ているのはフラガラッハで最も高級な宿の一室で備えてあるベッドも値段に見合うほど大きく、六人の恋人たち皆と寝れるのだ。
そして欠伸が出てしまったアレスの目に広がるのはやはりすやすやと眠る一糸まとわぬ姿の輝夜とセクメトだ。
「あっ、おはよう、アレス」
「おはよう、アリス。ルーも」
「おはようなのじゃ」
既に起きていたアリスに朝の挨拶で答えると、気配で起きていることが分かっていたルーヴォルに声を掛けるとルーヴォルは気怠そうに寝転がったまま返事を返した。
「ふふ、さすがのルーヴォルもお疲れのようね」
「アレスが悪いのじゃ、この絶倫めがぁ」
「ごめんごめん、でもルーも気持ち良かっただろ?」
アレスの言葉に頬を赤く染めたルーヴォルは扇子を取り出して顔を隠してしまった。
「ルーヴォルを擁護するわけじゃないけど六人も受け止められるなんてアレスは純粋に凄いわよね」
「しかも連日じゃぞ、埒外の絶倫めが!」
「なぁ、俺は褒められるんだよな?」
聞き返してもルーヴォルは扇子で顔を隠して、アリスは微笑むだけなのでなんだが釈然としない気分になりながらもベッドから降りて着替えた。
「別に疲れないわけじゃないぞ?、でもリアの回復魔法があるからな」
「そうじゃ全ての原因はメリアじゃ!、愛されたいのは分かるが妾を巻き込むのは止めて欲しいのじゃ。アリスもそう思うじゃろう?」
「否定はしないけど結局は得にしかならないし、メリアは誰も止めらないわよ」
アリスの言葉にルーヴォルはガックリと項垂れてしまった。
実際恋人たちの中で最も行為の回数が多いのはメリアだ、そして次いでスカハと輝夜も多い。
セクメトは恋人になったのが最近なので現時点での回数こそ少ないが、頻度はスカハと輝夜に匹敵する。
アリスとルーヴォルは行為の回数では四人にやや離されているのだ。
「ルー、俺は普通にイチャイチャするのも好きだぞ」
「うぐっ、優しく撫でるのじゃぞ?」
「任せてくれ」
大きなソファーに座ったアレスの膝の上に頭を乗せたルーヴォルは至福の表情で撫でられた。
「アリスも」
「うん」
アレスは反対側の膝に頭を乗せたアリスのとんがった耳を撫でた。
「あぅ、あっ、くすぐったい」
「相変わらず綺麗な耳だ、ずっと撫で続けられるよ」
「アレス、妾の耳はどうなのじゃ?」
少量の嫉妬が込められたルーヴォルの言葉に困ったような顔をしながらも、アレスは一対の獣耳を擦り合わせるように撫でた。
「あっ!?、獣人の耳は敏感なのじゃぞ」
「欲しがってたくせに」
ニヤリと口角を上げたアレスにルーヴォルが敗北感を味わっていると、輝夜とセクメト、そしてスカハが起きた気配がした。
じきにメリアも起きてくるだろう。
「リアが起きてくるまでだな」
「「あぅ!」」
耳が性感帯に近い二人はアレスの巧みさに脱帽しながら、全身を震わせるのだった。
◆◆◆◆
殺人の冤罪を掛けられてからの一連の騒動が終結してから、数ヶ月の時が流れた。
冒険者ギルドで最も偉い人物がいなくなった影響は少なくなかったが、そこは元凶の一人であるシンが事後処理に奔走している。
しばらくシンの顔を見ていないので、余程忙しいのだろう。
そして俺たち《雷光》は当初の目的通り幻鋼級昇格依頼を達成したので、その受理と昇格待ちである。
魔物の数がシンの言う通り減ったので最近は昼間は皆と模擬戦で体を動かして、夜は恋人たちとイチャイチャする生活が続いている。
お金に関しても元々の貯金に加え正式に依頼を受けたわけではないが、ウロボロス討伐に協力したということで莫大な金額をギルドから受け取っているので心配はない。
しかし俺たち《雷光》にも問題がないわけではない。
それがエレオノーラだ。
彼女は竜でありながら、人の言葉を話し人の姿になれる特殊な存在で《雷光》は彼女を擁護している。
フラガラッハの住人からはいまだに少なくない敵意を感じるし、何より自由に動く為に冒険者ギルドからのお墨付きが必要なのだ。
「一応シンには頼んだけどあいつはあいつで忙しそうだしなぁ」
「呼んだか?」
「…いきなり出てくるなよ」
色々考えている最中に呟いた一言に反応して現れたのはシンだった。
「二人の時間、邪魔しないで」
「悪いな、槍使い。アレスに伝えることがあるもんでな」
アレスの膝を借りて寝転んでいたスカハに睨まれたシンはそう言って、アレスの隣に座った。
「冒険者、辞めるんだってな」
「ああ、老害とはいえ総長を排除したからな。責任は取らなければな」
「責任ねぇ、シンが総長とか信じられねえよ」
スカハの角を撫でながら言うとシンは自嘲気味に笑った。
「それは当事者の俺が一番感じている。しかし実績は腐るほどあるし各地の冒険者ギルドの長の了承は得た、山のような書類を捌くのもクフォンを守る為と思えば苦しくはない」
アレスも深くは知らないがクフォンを守る為に選んだ道だというのは薄々勘づいていた。
「苦しくても恋人に癒して貰えばいいしな」
しかしそのことには触れずにニヤケながら言うとシンは嘆息した。
「お前ほど説得力ある奴はいないな、そろそろ本題に入るか」
スカハがこちらを見る視線に殺気が篭もり始めたのでシンは本題に入ることにした。
「アレスのとこの黒竜、エレオノーラだったか、あいつの処遇が決まった」
「ーー」
アレスは真剣な表情になると無言で続きを促した。
「銀光級のランクを与え、《雷光》のパーティーメンバーとしてのみ冒険者として活動することを許す。これが冒険者カードだ」
「そこら辺が落とし所か、色々動いてくれてありがとう」
「冒険者ギルドの総長としては《雷光》に恩が売れるなら安いものだ」
《雷光》は三体の超級危険種を倒した冒険者パーティーだ、いくら頭が悪くても敵に回そうという奴はいないだろう。
「エレオノーラの力は幻鋼級に匹敵するとは思うが、あれになるにはギルドに昇格依頼を発行してもらう必要があるからしばらくは無理だ」
「輝夜やルー、セクメトは大丈夫なのか?」
「その三人のことなら大丈夫だ、既に実力は証明済みだし功績も十分にあるからな」
王都で昇格依頼を受けた時にいなかった三人の名前を出したが、シンから昇格できるという言質を貰った。
「俺はお前の恋人に殺される前に退散するが、色々伝えたいことがあるから一度《雷光》の全員でギルド本部に来い」
「それは強制か?」
「強制ではないが来た方がお前らの為になるぞ?」
それだけ言い残してシンは手を振って去っていった。
「…ギルド本部に行くの?」
「ああ、今からじゃないけど時間を作って行くつもりだ。おそらく幻鋼級昇格の話だろうけどシンの言い方から察するに他にも何かありそうだ」
シンの様子から今後の予定を考えていると膝枕していたスカハが起き上がって、正面から抱きついてきた。
「スカハ?」
「今は私のことだけ考える時間」
「…ごめん」
スカハの抗議の視線に短く謝ったアレスはキスを交わした。
何度か舌を絡めながら濃厚なキスをして、さらに迫ってきたスカハをアレスは押しとどめた。
「ちゅ、そこまで。やることが出来たから続きは夜だ」
「むぅ、メリアより先にするならいい」
「分かったよ、約束だ」
シンから貰ったエレオノーラの冒険者カードを渡すべく、スカハと恋人繋ぎをしてエレオノーラを探した。
俺たちがいるのはクリシュナが師範を務める《拳仙の館》であり、門下生を筆頭に実戦形式の模擬戦が行われている。
エレオノーラもどこかにいるはずだ。
「ヒヒ!、余力を残してる暇があるの~!?」
「其方こそ!、会話する暇があるのでござるか!」
声がした方に目を向けるとセクメトと輝夜が激しく剣戟を打ち合っていた。
興味を惹かれたアレスは少し立ち止まって二人の戦いを観察した。
「二人が息を切らすなんて珍しいな、どれだけやり合ってたのか」
「少なくとも一時間前からやってた」
スカハの報告におそらくセクメトの誘いに輝夜が乗った形だろうと推察したアレスは笑みを浮かべた。
「なんで笑った?」
「ん?、いや、セクメトに対等な友人が出来たようで嬉しいのさ。スカハともそれなりに仲が良いだろ?」
「…ん」
やはりアレスは人をよく見ている、そう思いながら頷いた。
そして心底嬉しそうなアレスの笑顔を見るとセクメトに対する嫉妬の心すら湧いてこない。
(やっぱりアレスは良い男)
改めてその事実を実感したスカハは無表情を崩して、僅かに口角を上げた。
「アレス、ノーラを探すはず」
「…そうだった。ありがとう、スカハ」
「礼は後でたっぷり受け取る」
無表情を崩して笑ってくれたスカハを見て、とても嬉しくなったが相変わらずの返しに思わず苦笑してしまうのだった。
しばらく戦い漬けのお話だったのでアレスと恋人たちのイチャイチャが続きます(^^)




