百七十話 最凶と最強
《金剛剣》のシュバルト兄弟とアレス、セクメトの戦いはそれほど時間をかけずに決着した。
「「ぐ、ぐぅ」」
「悪いな、俺とセクメトだけで戦ってるわけじゃないからな」
アレスの言葉に地面に倒れ伏すシュバルト兄弟はアレスを睨みつけた。
さすがにアレスとセクメトが強くても無傷という条件付きでは歴戦の幻鋼級の冒険者は倒せない。
しかしここにいるのはアレスとセクメトだけでない、ルーヴォルの結界、スカハの氷魔法、アナスタシアの虚無魔法の援護により、シュバルト兄弟は為す術なく倒れた。
「機会があったら今度は正々堂々と戦おう」
アレスはそれだけ言い残して、スカハの氷が二人を拘束した。
「これでほとんど冒険者を倒したようじゃのう」
「そのようだね、残った冒険者も撤退したみたいだ」
ルーヴォルとアナスタシアの言葉に頷いたアレスは龍星と龍焔を鞘に納めた。
「リアたちを待たないといけないしゆっくり行こう」
『それは不可能だよ、お前らはここで死ぬから』
「「「!?」」」
突然降ってきた声に上を見ると骨組みの怪鳥が現れ、誰かが降りてきた。
「お前はあの時の魔術師クフォン!」
『シンを返してもらうぞ!、クソ共が!』
現れた黒金の魔術師クフォンは全身から絶大な魔力を放ち、死霊を召喚した。
昨日見た魔鎌を持つ幽霊と首無し騎士、そして骨組みの怪鳥だ。
「スカハ、骨鳥を落とせ。セクメトは首無し騎士を頼む。アナは俺と幽霊、ルーはクフォンだ」
アレスの指示に少女たちは頷きを返し、それぞれの目標に走った。
「ギェーーー!!!」
「今度は倒す」
翼を広げ飛び上がったスカハが飛翔する骨鳥と真正面から激突すると、激烈な音が周囲に響き渡った。
「やっぱり硬い、ただの死霊じゃない」
槍から伝わる手応えに唸りつつ旋回する骨組みの怪鳥を視界に捉えた。
「ん、ど突合いが望み」
相手の戦法を理解したスカハはあえてその戦法に乗ることにして、速度を上げる。
「真正面から貫く」
空で熾烈な衝突戦が行われている中、アレスとアナスタシアは魔鎌を持つ幽霊と戦っていた。
「"魔刀技 嵐閃"」
『ーーー』
アレスが放った剣閃は幽霊の巧みに振るわれた魔鎌に全て切り裂かれて、一本も届かなかった。
「"虚矢"!」
アナスタシアが放った魔法も幽霊の魔鎌に全て切り裂かれ、届かなかった。
「魔力を切る鎌のようだね、それならアレスが接近戦を仕掛ければ…」
「ダメだ、あの幽霊の鎌の刃はこっちの剣をすり抜けるんだ。あれでシンは不意を突かれてやられた」
「それって死の神霊の特徴だよ」
震えながら告げるアナスタシアの言葉に反応する間もなく、幽霊が魔鎌を振りかぶって一気に接近してきた。
「っ!、"火閃"!」
アレスはあくまで冷静に蒼雷と火の剣閃という属性の違う攻撃を放つが、幽霊は魔鎌を一瞬で振るうだけで全て切り裂いた。
しかし攻撃が切られることは承知の上で、アレスは魔鎌を振り抜いた姿勢の幽霊に斬りかかった。
「アレス!」
「っ!?」
振り抜かれた筈の魔鎌の刃がこちらを向いて、アレスの顔面を狙って迫ってきた。
アレスは前進にブレーキをかけて、二刀を交差しながら後ろに飛んだが二刀を魔鎌の刃はすり抜けた。
「"虚穴"!」
魔鎌の刃がアレスを貫く寸前、アレスの体を強烈な引力が後ろへ引っ張った。
幽霊の魔鎌が空を切り、辛くも窮地を乗り越えたアレスは体勢を立て直した。
「ありがとう、アナ」
「死の神霊に人の常識は通用しないよ、仮にも神の眷属だ」
「神!?、創成神が幽霊の眷属を持ってるのか!?」
「キリア様じゃないよ、旧神と呼ばれる古代の神々なんだけどその話はまた後でね!」
アナスタシアが言尻を上げると、再び幽霊が一気に接近し魔鎌を振るってきた。
迎え撃つように前に出たアレスは身を低くする前傾姿勢で突撃、魔鎌がアレスの脳天目掛けて振るわれるが、残していた全力を解放しさらに速度を上げ、懐に飛び込み突きを放つ。
『ーー!!?』
「"魔刀技 風突"」
綺麗に一刀の突きが幽霊の心臓ともいえる魔核を貫いていた。
「いくら常識外れの動きが出来てもこちらを見て攻撃するという原理が変わらない以上、その目は騙せる」
魔鎌は柄を弾かれて、アレスの左脇の地面に突き刺さっていた。
「魔鎌もそうだ、すり抜けるのは刃だけだ。そうじゃなければお前が握れる筈がない」
『ーー!!!』
突き刺さった龍焔を引き抜かれた幽霊は声なき悲鳴を上げて、燃えるように消え去った。
「アナ、無事か?」
「う、うん」
アレスはアナスタシアを気遣いながら他の戦いに目を向けた。
セクメトは首無し騎士と激しい剣戟戦を繰り広げ、スカハは上空で骨組みの怪鳥と衝突戦を続けている。
そしてクフォンを相手にしている筈のルーヴォルに目を向けようとした時、何かが通りに舞い降りた。
ドンッという腹に響くような音が伝わり、次いで圧倒的な強者の気配が満ちた。
「この気配は…!」
突然現れた全身が震えるほどの気配を放つ存在をアレスは看破した。
「なんでここに!?、クリシュナさんが!」
アナスタシアが叫んだのも無理もなかった、突然現れたのはグリード大陸最強の冒険者《拳仙》クリシュナ・ヴェルグリンドだった。
「お前がクフォン」
『お前は…』
クフォンが言い終わるよりも速くクリシュナの姿が掻き消え、同時に反応できたのはクリシュナの奇妙な気配に警戒していたアレス、アナスタシア、ルーヴォルの三人だった。
「"天正拳"」
空気が爆発したような音が響き、凄まじい衝撃波が通りの石畳を破壊するがその衝撃波の大部分が空へと登っていく。
「っ!、やばい」
骨組みの怪鳥と戦っていたスカハは登ってくる衝撃波に無表情を崩して、鬼気迫る表情で急制動を掛けて後ろに飛んだ。
「ギェー!?」
避けられなかった骨組みの怪鳥は衝撃波に呑み込まれた。
スカハは衝撃波が登ってきた地上へと目を向けた。
「どう、いうつもりだ!!、クリシュナ!」
吹き飛ばされた三人の中で真っ先に立ち上がったアレスは今の一撃を放った当人であるクリシュナを敬語も忘れて睨みつけた。
「どういうつもりも何も私はそこの女を討伐しようとしただけだよ」
『うぐっ』
クリシュナが指した先には余波で吹き飛ばされたクフォンの姿があった。
「そうだとしても!、今の一撃は僕たちが止めなかったらフラガラッハを破壊していましたよ!」
「お主、今自分が数百人もの民を殺そうとしたことを自覚しておるのか」
フラフラとした様子で立ち上がったアナスタシアとルーヴォルの言葉にクリシュナは鼻を鳴らした。
「ふん、シンを殺した魔物に手加減はしない。私がシンの仇をとる」
クリシュナはクフォンを殺すこと以外眼中に無い様子でクフォンを睨みつけた。
「頭に血が上ってるな、クリシュナを止めないとクフォンが死ぬだけじゃなくてフラガラッハも滅ぶぞ!」
アレスは内心クリシュナを暴走させた犯人であろう黒幕に余計なことしやがってと毒づきたかったがそうした思いを封じ込めて前を向いた。
「クフォン、殺す!」
再びクリシュナの姿が掻き消えた、それと同時に龍闘気を発動したアレスが迎え撃とうとクリシュナの拳の前に出る。
(まずい!?、さっきより数段威力が上…)
アレスは焦ったが覚悟を決め、二刀を交差に構えた。
「"無縫拳"!」
「うおおおおぉ!!」
空間を砕くような衝撃波が放たれ、アレスは死を覚悟したがその死は決して訪れなかった。
「「「はあああぁぁ!!」」」
アレスの刀と共に拳を受け止めたのは銀色の剣、純白の刀、青紫と蒼銀の槍、真紅の細剣、花柄の結界、漆黒の穴だった。
「ぬっ!?」
アレスたちに拳を防がれたクリシュナはそのまま弾かれて、ピンボールのように吹き飛んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、皆のこと大好きだ」
「私もアレスのことが大好きだけど状況が全く読めないわ、どうしてクリシュナさんが街を破壊する攻撃をしているのかしら?」
戻ってきた面々の中でメリアが代表でこの混迷した状況の説明を求めてきた。
「誰かがクリシュナにシンの死を伝えやがったんだ。そのせいで多分頭に血が上ったんだ」
「クリシュナ殿…」
クリシュナのシンへ対する想いを悟る輝夜は悲しげに目を伏せた。
『誰も彼も私の邪魔をして!!、許さない!、全員殺してやる!!』
背後ではフードが取れ、金色の双眸が光る骸骨の魔術師クフォンが殺意と魔力を猛らせていた。
正面には最強の冒険者、背後の最凶の魔術師に囲まれているという状況にアレスは自分の悪運を恨みたくなった。
「アレスの悪運、ここに極まれりって感じね」
「悪運!、極まれり!」
「アリス、ノーラに変な言葉を教えるなよ」
アレスはアリスの気の抜けた言葉に思わずツッコみ、途中で微笑みを浮かべるアリスが気遣ってくれたのだと気付いた。
「よし!、俺とリア、輝夜、セクメト、スカハはクリシュナの相手。アリス、ルー、アナ、ノーラはクフォンの相手だ」
「待って、アレスはギルド本部へ行って。シンが言ってたことが正しいなら黒幕を倒せばクフォンは止まるかもしれないわ」
「!!、黒幕が分かったのか!?」
メリアの発言に輝夜とアリスは頷き、メリアはアレスに静かに耳打ちした。
「っ、分かった。黒幕を倒してくる!、皆を信じてる!、何があっても驚くなよ!」
「「「??」」」
アレスの最後の捨て台詞にメリア以外の少女たちは首を傾げたが、周囲を包み上昇する殺意に気付き、思考を切り替えた。
「勝負よ!、大陸最強の冒険者!」
「ご自慢の死霊、完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ!」
メリアとアリスの宣言を皮切りに《雷光》の乙女とアナスタシアはフラガラッハ史上最大の冒険者同士の私闘に突入するのだった。
星風の誓いという作品を連載しております、お暇があれば是非読んで欲しいです。
仲間たちと共に夢を叶える為に奮闘する冒険譚です。
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