百四十二話 神鉄級冒険者
前回
グリード大陸最初の街が魔物に襲われていた。
街に入っている魔物から住民を守りながら、移動しとうとう目的地である要塞にたどり着いたアリスは予想外の光景を目にした。
(えぇ!?、何あの魔物、首無し騎士とか初めて見たわ、戦ってるのはアレスとスカハね)
アリスは咄嗟に自分の役目を思考した。
すなわちアレスたちを援護するか、住民を戦闘の余波から守るか。
(どの道この要塞以外に避難する場所はないし、アレスたちにさっさと倒してもらうのが先決ね)
「無粋な真似はしないで欲しいな」
アレスを援護する為、一歩前に出たアリスの耳に獰猛な気配に満ちた美声が聞こえた。
「っ!」
反射的に振り向いたアリスは弓に番えた矢の先を向けた。
「おっとごめんよ、ビックリさせるつもりはなかったんだ」
(こいつ!?、私の弓を矢ごと掴んで…!?、しかも微塵も気配を感じなかった)
黄色と黒の縞模様の髪と三角の耳は虎人族の特徴だったがアリスは目の前の女の異質さに戦慄した。
「私の勘が正しいならあの双刀の剣士が勝つから、観戦の邪魔はしないで欲しいだけなんだ」
「援護しないと約束しますから、弓から手を離してくれませんか?」
「素直な娘は嫌いじゃないよ、あれ?、君、ハーフエルフ?、半血の弓使いなんていたっけ?」
「私は今目の前で戦ってる剣士の仲間です、この街が魔物に襲われてたから船から飛んできたんです」
「なるほど、言われてみれば彼も見たことないし、街に侵入しようとしてた魔物を蹴散らしたのも君の仲間かな?」
なんでそんなことまで分かるかとツッコミたくなったがアリスはその思いを封じて、頷いた。
「へぇー、久しぶりに面白い冒険者が現れたね」
獰猛な笑みを深めた虎女にアリスが警戒を強めると、アレスと首無し騎士の戦いは佳境に突入した。
アレスと首無し騎士の戦いは手数が多いアレスが優勢に進めていたが、首無し騎士は鈍重で取り回しが悪いはずの馬上槍を巧みに操り、致命傷だけは防いでいた。
「魔物のくせに人間みたいな戦い方をするな!」
『ーーーー』
アレスの言葉に首無し騎士は一瞬反応したが、虚実を交えたアレスの斬撃を的確に防いだ。
魔物の正体が気になったアレスだったが考えるのは後まわしにし、スタミナに限りある人間と無尽蔵の魔物ではこのまま戦うのはジリ貧だと判断し攻め方を切り替えた。
「フゥ」
連撃の合間のほんの一呼吸の隙を首無し騎士は見逃さず、得物ではなく空いた左手の拳をアレスの鳩尾目掛けて放った。
首無し騎士はそれがアレスの罠だと悟った瞬間、大きく後ろに飛んだ。
石同士が削れるような擦過音と共に首無し騎士の胸鎧が大きく斬られた。
「魔物が俺の攻撃を読んだ…?」
アレスは驚きから惚けた呟きが漏れ、その隙に首無し騎士から再び魂の抜けるような声が響いた。
『ホーーーー』
スカハから生き延びていた骨騎馬に飛び乗ると、壁穴から逃亡した。
「逃がすか!」
「アレス!」
龍闘気を解放しようとしたアレスの耳にスカハの声が届き、壁穴から何かが現れた。
それが魔物だと気付いた瞬間には壁の近くにいた住民に襲いかかっていた。
しかし現実は悲劇を決して起こさせはしなかった。
先程までアリスの傍に立っていた虎人族の女が消えており、次の瞬間には十メートルは優に離れた場所にいた魔物に拳を打ち込んでいた。
「無粋な真似は誰であろうと許さないよ、せっかく人が余韻に浸っているところを邪魔するな」
虎人族の女の名は"クリシュナ・ヴェルグリンド”、神鉄級冒険者にして《拳仙》、グリード大陸最強の冒険者だった。
◆◆◆◆
同じ頃、圧倒的な数でエクラーに押し寄せてきていた魔物の勢いが止まった。
地上で多くの魔物を斬り捨てた輝夜とセクメトは返り血まみれになっていたこともおり、気づかなかったが宙に浮かぶメリアはその原因が目に入った。
それは巨大なゴーレムだった、しかしそれはメリアが知っているゴーレムとは大きくかけ離れていた。
ゴーレムにも関わらず八つの車輪が駆動し、車輪が支える車台の上には巨大な砲塔が付いていた。
巨大な砲塔が右に旋回し、魔物の集団に狙いを付けると砲口から魔力砲弾が放たれ、轟音と共に広がった爆発が魔物たちを呑み込んだ。
メリアの知識には存在しないゴーレムの上には人が立っていた。
「クリシュナの奴、まさかエクラーに居ないよな?、居たらとっちめるか」
平然と恐ろしいことを呟いた男の名は"シン”、神鉄級冒険者にして《拳仙》の仲間であった。
シンは魔力探知で空に浮かぶメリアに気付いた。
「光魔法か、珍しい魔法を使う魔法師だな。それに下にも剣士が二人」
メリアは目の前の魔法師の魔力探知能力に僅かながら驚いた。
「貴方は冒険者なの?」
「あ?、ああ、神鉄級冒険者のシンだ。お前は?」
「私はメリア、銀鉄級冒険者よ」
「あの規模の魔法で銀鉄か。まぁ、いい、グリードの魔物は狡猾だ、ラースと同じだと思ってると痛い目を見るぞ」
忠告を残してシンはゴーレムから降りて、街に入っていった。
さすがにこの大きさのゴーレムは街に入らないからなのだろうが、簡単に放置していいものなのかとメリアは疑問に思った。
「何やら堅物そうな御仁でござるな」
「神鉄級冒険者のシン~、工房から出てくるなんて珍しい~」
「セクメトはあの魔法師のこと知ってるの?」
「まぁねぇ~、というかグリードでは有名人だよ~、グリード大陸最強の神鉄級パーティー《天拳》のメンバーだし~」
セクメトの解説にどこか納得したメリアは、アレスたちと合流する為に街に入るのだった。
◆◆◆◆
《拳仙》クリシュナ・ヴェルグリンド、彼女が名乗った訳ではなかったが、周囲の住民からは尊敬と信頼の眼差しと共に自然と聞こえてきた。
「《拳仙》、まさか神鉄級冒険者に会えるとはな」
アレスは全身に走る震えと共に呟いた。
先程の動きはアレスとスカハでさえ、目で追うのがやっとの動きで魔物には反応すら出来なかっただろう。
「皆!、魔物は退いたから一先ず安心して」
満面の笑顔で告げると住民たちはすぐに和らいだ表情に変わった。
「あの冒険者は本物、気配がまるで掴めないし足音もしなかった」
スカハの言葉でアレスはさっきほどまでの戦いでの違和感に気付いた。
(そうだ、あの首無し騎士からは何の音も聞こえなかった。魔物とはいえ生き物であることには変わりないはずなのに首無し騎士からは鼓動の一つも聞こえなかった)
あの首無し騎士は一体何だったのか、そんな疑問が胸中に満ちたアレスの前にアリスが現れた。
「アレス、どこか怪我をしたの?、顔色が悪いわよ」
「いや、負傷はしてない、ちょっと疲れただけだ」
アレスは胸中の疑問を後まわしにして笑顔でアリスに応えた。
「へぇー、ハーフエルフには驚いたけど君は面白いね。魔族なんて久しぶりに見たよ」
「ん、それよりさっきの動き凄かった、どうやってあれだけの速度を出した?」
「瞬動のことかい?、知りたいならフラガラッハにはある私の道場に来るんだね」
「絶対行く」
「うんうん、向上心がある娘は好きだよ。それにしても君はもっと面白いね」
グイッと顔を近づけてきたクリシュナにアレスは咄嗟に腰に差した龍焔の柄に手を置きそうになったが、寸前で自重した。
「色んな匂いが混ざってる。混沌の運命に愛された子、ここに来るまで結構苦労したでしょ?」
アレスはクリシュナの言葉で色んな出来事が浮かんできたが、曖昧に微笑むにとどめた。
ちょうど負傷した冒険者たちが帰還し、要塞にいたギルド職員たちがポーションをかき集め、治療を始めた。
「それじゃあ、私はここで…」
「クリシュナァ!!」
クリシュナがそそくさとその場を後にしようとすると、よく通る男の怒声が響いた。
アレスたちが何事かと怒声の方を見ると負傷した冒険者に回復薬を配っていた灰色の髪の青年だった。
アレスたちは知らなかったが彼は先程メリアと会っていた魔法師シンだった。
「シン!?、なんでエクラーに?、うぎゃあ!?」
「お前を探してたんだよ、自由人の脳筋女が、お前のせいで俺の大切な時間が一週間も失われたんだぞ、こら」
シンは後衛職の魔法師には似合わない速度でクリシュナに駆け寄ると、頭部にアイアンクローを決めた。
「クリシュナ、マジで一回死ね。そうすれば多少は足りない頭も改善されるだろ!」
「待って待って、私にも事情が…」
「問答無用だ、大人しく首を差し出せ!」
「魔法師の言うことじゃない!?、あ、これ、本気のやつだ、仲間に対して慈悲はないの!?」
浅ましくもすがってくるクリシュナをゴミを見るような目で見たシンはすぐに笑みを浮かべた。
「安心しろ、遺言は聞いてやる」
地面から鎖が生えてクリシュナを雁字搦めにすると紫電が迸り、クリシュナの悲鳴が響いた。
アレスたちは常識離れした神鉄級冒険者の姿に唖然として、何も言えないのだった。




