百八話 天使と聖女
メリアは次期聖女のクレアに会う為にスカハたちと教会の廊下を歩いていた。
「ねぇアリス、クレア様ってどんな人なの?」
「えーと端的に言うなら信仰バカ?」
アリスの言葉にメリアが瞠目するとスカハが補足した。
「昨日話した時は私には半分何を言ってるのか分からなかった」
「それはそうよ、聖女様は婉曲にスカハに創世教への入信を勧めたもの」
「しかしそれがクレア殿という御方なのでござろう」
アリスたちの言葉にメリアは不安を覚えた。
「もし私が天使かもしれないと分かったらどうなると思う?」
「「「(スっー)」」」
メリアの視線から逃げるように三人は目を逸らした。
「答えてよ!?」
三人の反応に会うと決めたのは間違いだったかと思い始めたメリアだったが一度決めたことを覆すのは負けた気がするので不安に思いながらも歩みを進めた。
不安を抱いたメリアを含めた四人は昨日クレアと出会った礼拝堂までやって来た。
「あれ?、聖騎士が居る、昨日はいなかったのに…」
アリスが不思議そうな声を上げると同時に礼拝堂の入口前に立っていた二人の聖騎士がアリスたちに気付いた。
「止まれ!、ここは次期聖女様が使う専用の礼拝堂である!」
「知ってるわ、その聖女様に呼ばれてきたのよ」
アリスが毅然と言うと目配せしあった二人の聖騎士の一人が礼拝堂の中へと入っていった。
残ったもう一人の睨む視線が四人を貫くが歴戦の四人にとっては大した威圧ではない為、至って自然体で聖騎士が帰ってくるのを待った。
「クレア様が許可なされた、ついて来い」
戻って来た聖騎士の背を追うように礼拝堂に中に入ると昨日と同じ法衣を着たクレアが微笑みを浮かべて立っていた。
会釈して戻っていった聖騎士をメリアたちは見送りつつ、クレアに向き直った。
「昨日ぶりですわね、皆様、そして其方の方が?」
「そうよ、クレア様が会いたがってたメリア・ファフニールよ」
アリスの紹介と共にメリアが一歩前に出て、スカートの裾を摘み軽く頭を下げた。
「メリア・ファフニールと申します、お会いできて光栄ですクレア様」
貴族時代の礼儀作法が自然と出たメリアの所作は美しくアリスたちは思わず目を奪われた。
「ーーー」
「あのクレア様?」
何故か固まってしまったクレアにメリアが疑問の声を上げ、アリスたちと困惑の視線を交わした瞬間、クレアは地面に膝を付き頭を下げた。
「その身に纏う神聖な魔力、静謐な佇まい、神託の通りこの世に降臨していらっしゃたんですね、天使様、このクレア・セレティア、お会いできて恐悦至極です!」
感動の言葉と共にクレアは地に頭を付ける勢いでさらに頭を下げた。
「どうか私なぞには畏まらず、私に出来ることならなんでも致しましょう!、天使様のためなら!」
「えぇ!?」
本気で自分を身を全て捧げて奉仕してきそうな勢いのメリアは驚愕の声を漏らして首を横に振った。
「だ、大丈夫よ、私は今の生活で満足してるから」
「で、では!、天使様は何をお求めに?、私に出来ることなら何でも致します!」
まるでとても有名な人に会って興奮しているようなテンションのクレアにメリアは若干引いて、親友たちに助けを求めた。
「助けて、スカハ、輝夜、アリス、クレア様の勢いが怖いわ」
「何となく予想は出来てたけどね」
「昨日の信仰心の高さを見ればこうなるのは分かっていたでござるよ」
「感心してる場合じゃないわよ!?、このままだと本気で奉仕してくるわ」
メリアの涙目というレアな表情を見て、アリスと輝夜が真面目な表情になるとスカハが発言した。
「ちょうどいい、何でもしてくれるなら神器の間に連れて行ってもらえば?」
スカハの言葉にメリアたちはハッとした表情になり、クレアに向き直った。
「あのクレア様…」
「呼び捨てで結構です!、天使様!」
「…クレア、私を神器の間に連れて行ってはくれないかしら?」
メリアのお願いに喜んで頷くと思ったアリスたちは黙り込んでしまったクレアに怪訝な顔を浮かべた。
「誠に申し訳ありません!、それは今の私では許可することは出来ません」
深く頭を下げて謝るクレアにメリアはガッカリとした表情になったが輝夜が目敏く気付いた。
「今のと言うことは次期聖女ではなく聖女になったら出来るということでござるか?」
「素晴らしいご慧眼、その通りです」
素早く立ち上がったクレアが笑みを携えて言うとメリアは復活した。
「それはつまり聖女になったら私を神器の間に連れて行ってくれるってことね!」
「その通りです、天使様」
クレアの言葉にメリアは心底安心したような表情になった。
そんなメリアの様子に輝夜たちは顔を綻ばせた。
「聖女任命式はいつなの?」
「三日後でございます、それまではどうかご辛抱ください」
「三日くらい待つわよ、子供じゃないんだから」
メリアの拗ねるような言葉に皆が笑うと輝夜が声を上げた。
「根本的疑問で済まないのでござるがそもそも"聖女”とは何なのでござるか?」
「それ、私も気になってた」
輝夜とスカハの疑問に答えたのはクレアだった。
「本来の意味の聖女は千年前の大戦で創世教の先鋒として戦った"聖女アリア”のことを指します、そして今の聖女は教会での一つの役職に過ぎません」
「それにしてはかなり大きな権力を持っているように思えるでござるが…」
「それの理由は単純で私を含めた歴代聖女は神のお告げ"神託”を受ける力があるからでございます」
クレアの言葉に輝夜は大いに納得した。
創世教、すなわち聖王国の人達にとって何より大切なのは神、主神たる創世神キリアだ。
その声を聞こえるとなったら聖王国で強い力を持つのは必然と言える。
「大戦繋がりで一つ質問よ、あの入口にある巨大な礼拝堂の硝子細工は"神魔大戦”を描いているのよね?」
アリスの質問にクレアは首肯した。
「それじゃあ西側に描かれた黒い悪魔が二人の英雄に街に押し付けられているようなあの絵はどういう意味なのかしら?」
「"断魔聖都図”のことですか?、あれは大戦の後期、聖都を占領していた悪魔を初代聖皇ユスフと聖女アリアがこの街で倒した絵ですわ」
「なるほどね」
「何か気になったことでもあったの?」
「うん、神魔大戦のことについては人並み程度の知識しかないから、終結の英雄達が現れる前に倒した人たちが居たのね、ちょっと驚きだわ」
大戦時に暴れた悪魔たちは文字通りの怪物だったというそんな化け物を"終結の英雄”以外の人たちが倒したように見えたあの絵をアリスは不思議に思ったのだ。
「ん?、どういうこと?、神魔大戦って"終結の英雄”が活躍した英雄じゃないの?」
「いいスカハ、終結の英雄は大戦の末期に現れた英雄たちのことを指すのよ」
アリスが説明するもスカハは疑問顔のままだったのだ、メリアが横から解説した。
「スカハ、神魔大戦は百年間続いた大戦で悪魔に人類が蹂躙され大陸のほぼ全ての領土を奪われた時代を"大戦前期”、悪魔を倒し領地を取り戻す人間の反撃が始まった時代を"大戦後期”と言って、終結の英雄たちが現れて大戦が終結するまでを"大戦末期”と言うのよ、この時代が最も人間と悪魔の戦いが激しかったと言われているわ、初代聖皇ユスフや聖女アリアは大戦後期に活躍した英雄よ」
メリアの説明にスカハは納得顔になった。
「流石天使様です、歴史をよくお学びになっておりますね」
「そんなに褒められるほどのことでもないわ、貴族としては教養の一部だったし、私が個人的に好きだったもあるけど私はたまたま学べる機会に恵まれただけだから」
「流石天使様です!、自らの知識をひけらかそうとしない!、素晴らしい謙遜心ですわ!」
「あはは…」
相変わらずのクレアの態度にメリアは苦笑いを零すのだった。




