005-村人への挨拶と夜の心配事
川で水浴びした後、まっすぐ家に帰った。地下空洞の様子もいろいろ観察したかったんだけど。サラちゃんは歩くのが速い。必死に彼女の歩みについて行った。
家に戻ったら再び新たな服に着替えさせられた。前の服よりも少し見栄えの良い者だ。そして、半袖ジャケットを羽織らされた。その半袖ジャケットは、フサフサの毛皮が付いていた。
僕に服を着せた後、サラちゃんは満足げな表情を見せた。僕を着せ替え人形のように扱っているのだろうか。
しかし、その後、すぐに服を着せられた意味が明らかになった。サラちゃんは僕を引き連れ村中を巡り、僕は村人たちと挨拶することになった。
「ヤッホー、キスイダ!」
これが、この村の挨拶だ。
「ヤッホー、キスイダ!」
僕は挨拶を覚えた後、自分からこの挨拶を連呼して回った。こちらが村の言葉を使うと、みんな非常に親切に僕を迎えてくれた。
ちっちゃな子、若い人、おじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃん、いろいろな人と挨拶をした。
それで気づいたのだがこの村の人口比率は圧倒的に若い人が多い。日本ではどこに行ってもお年寄りの姿を見かけたものだったが、この村にはあまりお年寄りがいない。
医療が発展してなくてあまり長生きできないんだろうな。笑顔で挨拶しながらそんなことを考えた。
言葉は分からないから予想なんだけど、サラちゃんは僕が挨拶した後で村人たちに僕についての説明をしていた。身振りから想像すると、出会った時の状況やご飯を元気に食べることなどを話しているようだった。
僕は一週間バナナ生活の後だったから結構ガツガツ食べたんだけど、「大食らい」などとあだ名がつけられないといいなぁ。もう数日したら、食も細くなる予定だよ。
一通り村を回ったのだが、みんな善良だ。みんなお裾分けとして果物や野菜などを次々とくれた。おかげで、サラも僕も両手いっぱいになっていた。
そのため、果物と野菜のサラダを中心とした彩り豊かな夕ご飯を食べることができた。
・・・
夜になった。
改めて言うが、ここは地下空洞の中だ。本来、昼も夜も一緒のはずだが、太陽光が地下空洞全体に伝わる特別な天井があるため、昼は明るく夜は暗くなる。
ただし夜になっても、真っ暗というわけではない。
地面のあちらこちらに淡い光を放つ不思議な草が植わっているようだ。人影が見える程度だが、小さな光が地面を光らせていた。また、蛍のような小さな虫も飛んでおり、目の前には幻想的な景色が広がっている。
ここはなんて不思議な空間なんだろうか。
この村には電気がない。また、村人はロウソクを使うこともないようだ。
僕はずっと外を眺めていた。
しかし、いい加減「寝よう」ということになったようだ。サラちゃんとお母さんは、
「ミヤミヤスーイ!」
と僕に言って、それぞれの部屋に入っていった。
間違いない。これは「おやすみ」を意味する言葉だろう。しっかり、覚えておかなければ。
・・・
僕も与えられた自分の部屋に入って横になった。
今日は大勢の村人たちに挨拶して回ったせいでクタクタだった。しかし、水浴びをしている時、余計なことを考えてしまったせいで、僕はドキドキが止まらなかった。
「もし、彼女が布団に入ってきたら、どうやって事情を説明しようか。」
見ず知らずの他人の僕を客人としてもてなしてくれて、快く衣食住を提供してくれているのだ。もし、相手が怒ったりしたら、もう村にはいられない可能性が高い。その場合は、村から逃げる必要があるだろう。
それを避けるために、身振り手振りでうまく伝えなくては。もっと、時間が必要だと。
うーん、そうなったら面倒だなぁ。どうしよう。
そんなことを考えているうちに眠りについた。
・・・
朝になった。
すべては僕の杞憂だった。何もなかったのだった。良かった、良かった。と言うか、普通、何もないよね。
この日、サラちゃんは僕を村の奥にある大きな家に連れて行った。
その家には、じゃらじゃらといろいろなアクセサリーをつけた年配の男性がいた。
威厳があり、その豊富な経験が顔の皺に刻まれていた。
明らかに、この村の村長という感じがした。
村長はじっと僕を眺めていた。そして、僕の周りを何度か回ったのち、何かしら話しかけてきた。
しかし僕には言葉が通じない。
その語り口調は、優しく愛情があり、僕を気にかけてくれているようだった。勝手な予想だが、「この島に流れ着いたのだな。気苦労もあることだろう。言葉も通じなくて困っていることだろう。なんとか、頑張っておくれ。」と言っている感じがした。
最後に、村長は僕の肩をポンポンと二回たたいた。
・・・
その日の午後、サラちゃんは僕を連れて、洞窟の中を案内してくれた。
山あり谷あり小川あり。洞窟の中はかなり広いようだ。
また、洞窟の外にも連れて行ってくれた。しかし、洞窟の外に出るとき、サラちゃんは草むらの中をこっそり歩くだけだった。何かから隠れているというような雰囲気だった。ただし、僕に草むらの中を歩くことを強制することはなかった。
サラちゃんの様子から「洞窟の外は自分たちの世界ではないから外の世界の人に見つからないようにしている」という、そんな雰囲気だった。
そんな具合だったから洞窟の外に出たのは、ほんの数分だけだった。そして、すぐに洞窟の中に戻ってしまった。
それでも、その後も洞窟のいろいろなところへ連れて行ってくれた。どうやら、この日は、村の外をいろいろ観光案内してくれた日のようだ。
・・・
その翌日から、僕の行動は自由行動となった。
サラちゃんは、自分の仕事があるのか、朝ご飯を一緒に食べた後、家から出て行って姿が見えなくなってしまった。
村に来て数日、ずっと一緒にいてくれたので、急に居なくなってしまうと、非常に寂しく心細いものがある。
とは言え、僕はお母さんと一緒にずっと家にいるのも気まずい感じがした。お母さんに挨拶をして、僕も家を出ることにした。
昨日の記憶を頼りにして、洞窟の外に出た。
もしかすると救助隊が来てくれているかもしれないという期待もまだある。洞窟の入り口に近いところで、改めて見晴らしの良い場所を探して、ずっと空と海を見張っていた。
とは言え、残念ながら何の成果もなかった。
・・・
日が傾いた頃、僕は村に戻った。
家に戻ると、サラちゃんとお母さんが、夕ご飯を用意してくれていた。
今日の夕食は、巨大な野菜をいろいろ串に刺して焼いたものだ。キノコや瓜、バナナなんかを太い串に刺して塩を振りかけ火で焼いたものだった。素材が新鮮で十分美味しい。大満足だ。
ちなみに、この村の食事は、基本的に朝と夕方の二回だけだ。
個人的にはお昼になるとお腹が空いてくるのだが村の習慣だから仕方がない。
とは言え、どうしてもお腹が空いた時はその辺に生えている適当にバナナなどの果物を軽く食べることもできる。ここには果物が豊富にあるので助かる。南国万歳だ。
・・・
そんな感じで数日が過ぎた。
僕はいつも通り海を眺めていたのだが、何の変化もないのでつまらなくなり、自分が流れ着いた砂浜の辺りを行ったり来たりしてみた。
すると、岩場に無くしてしまったと思っていたモバイルバッテリーを見つけた。横についているボタンを押すとLEDが光った。まだ使えるようだ。
そして、特筆すべきことに、この優れもののモバイルバッテリーは、太陽光で発電する機能がついているのだ。
そう、つまり、太陽光で充電すれば、何度でもスマートフォンを充電することが可能なのだ。
これまで、電池切れを恐れて、ほとんど電源を入れてなかったスマートフォンを普通に使うことが可能になったのだ!
あの文明も何もない村で生活してながら、スマートフォンのゲームを遊ぶことができるのだ!
もちろん、インターネットも通話もできないので、ネット大戦のゲームは遊べないんだけど。
ちょっと、部族村での生活が楽しくなりそうな気がした。
電池切れの心配から解放された僕は、スマートフォンの電源を入れ、さっそくお気に入りの将棋ゲームを立ち上げ、将棋の世界を堪能したのだった。
一応、村のみんなに、スマートフォンのことは内緒にしておこう。
家への帰り道、ニコニコで歩いていくのだった。