004-「君の名は?」そして村の位置
「無人島生活」改め「部族村での生活」が始まった。
しかし、足を石で打たれ、木に括り付けられた時はどうなるかと思った。でも、僕は生きている。少女とその母親の家に連れてこられ客人扱いとなった。食事も着替えももらった。
食事は野菜が多く健康的で、もらった服はどこかの「部族」という感じのワイルドな服だ。もうちょっと補足するなら、麻袋に頭を通す穴を開けただけという感じの簡単なものだ。ゴワゴワしているので着心地は悪い。それでも、汚れた服を着続けるよりは良い。
今は、朝食を食べ終わり、ゆったりしているところだ。少女とその母親は食事の片付けをしている。
僕はようやく一人になったので、部屋の中をじっくりと見回す。
質素な木の家だ。昨日閉じ込められていた小屋は、囚人が脱走できないように、それなりにしっかりした造りだった。あれは太い柱を使った建物だった。それと比べて彼女たちの家は非常に質素だ。柱が折れそうに細い。パソコンはおろかTVも冷蔵庫など、電化製品が全くない。そして何の調度品もない。
さて、まだまだ分からない部分も多いけど、ここで改めて現状を確認しておこう。頭がよく働くこの時間に必要なことを考えておくのが良いだろう。
一般的に問題に直面した時に最初に行うべきは「状況分析」だ。状況分析を的確に行うには、箇条書きで事象を列挙すると良い。心を落ち着けてやってみよう。
・1. 飛行機事故の後、僕だけがこの島に流されたようだ。
・2. 一週間経っても助けは来なかった。
・3. この島は果物が豊富で魚介資源も豊富★
・4. この島には村があり人が住んでいる★
・5. 村人と言葉は通じない。
・6. 客人として村に迎えられたようだ★
・7. 少女と母親の家に連れて来られている。
これまで、仕事で問題に直面したときは、社内ブログに問題を箇条書きにして、みんなから意見を求めたものだけど。ここに心強い仕事仲間はいない。しかも、片腕となるパソコンもない。
仕方ないから木の棒で土間の土の上に文字を書いた。このように文字に書き出すことで、考えがぐっとまとまる。念のため親子が戻ってくる前に消すつもりだけど。
こうして書き出してみると、一人で無人島生活を送っていくよりも、ずっと状況が好転したことが分かる。情けない限りだが生でカニを食べることすらできず、バナナだけで食いつないでいたのだから。
そう思うと、命の危険は去ったと考えて良いだろう。箇条書きを見直すと、マイナス要素が多いが、プラス要素(★印をつけた項目)も三つある。
また、7番目の点「少女の家に連れて来られた」が、良いことなのかどうかは分からない。女性の家に男性が一人というのは、ちょっとおかしい。
ここでふと思い出したのが『貧しい田舎の村では、家主が娘さんを夜の相手に差し出すという風習』だ。まさかと思うが、今夜、あの少女が寝床に忍び込んできたりするのだろうか・・・。うーん、それはちょっと嫌だなぁ。もちろん少女は素朴で可愛らしく、お相手として不満と言うわけではないのだけど。
懸念事項は次の三つ。
一、やはり夜を共にするのは結婚してから。知り合って一日で結婚・初夜とかあり得ない。
二、僕は『彼女いない歴、イコール、年齢』だから女性の扱いは苦手。考えただけで鼻血が出て倒れそう。
三、娘と結婚したら救助隊が来ても島を離れることができなくなる。
いやいや、そんな変なあり得ない妄想をするだけ時間の無駄か。しかも断りの理由を挙げるとか・・・心配性だな。
おっと、思考が脇道に逸れてしまったようだ。もっと、現実的に考えよう。
今は21世紀だ。いくらなんでも、この村の人が外部の人と全く接触がないということはあり得ないだろう。島の外部の人と会う機会をあるだろう。電話や船のあるところまで連れて行ってもらうこともできるだろう。そうすれば、日本に帰ることができる可能性がある。
よしよし、だいぶ希望が持てる状況だ。今、僕がやるべきことは何だろう。TODO(今やるべきこと)も書き出してみよう。
・島の外に出る方法を調べる
・この村の言葉を覚える
・島での生活を楽しむ
都合が良いことに、これらのは密接に結びついている。島での生活を楽しみつつ、村の言葉を覚え、島の外に出る方法を考えれば良いのだ。
島になじむことができるだろうか。村の言葉を覚えることができるだろうか。悩みは尽きないが、こういうときこそ、ポジティブに楽しめばなんとかなるんじゃないかと思った。
・・・
さて、朝ご飯の片付けから少女が戻ってきた。夜の心配とかした後だから妙にドキドキするのだが顔に出ないように笑顔で出迎えた。
そのとき、少女が何かを僕に尋ねて来た。僕のことを指さして、こう聞いてきた。
「ヤヤアヤ、パヤヤナマ?」
うーん。アパート?住んでいたアパートの部屋番号聞いているのかな?そんなはずないな・・・。たぶんだけど、名前を聞いてくれてるのかな?適当に答えるか。
「タダシ。僕はタダシと言います。」
自分を指さして答える。そして、少女を指さして「あなたは?」と尋ねる。すると、通じたようだ。少女は、笑顔になって、
「サラ。」
と答えた。なるほど、サラって言うんだな。サラちゃんか。可愛い名前だな。
その後で何度もサラちゃんが僕を指さして「タダシ」、自分を指さして「サラ」と言っていた。これはもう間違いようがない。心が通じた気がした。
「サラちゃん、どうぞ、よろしくお願いします。」
僕はそうと言って頭を下げた。サラちゃんはそれを見て再び微笑む。うん、うん、良かった。
実際、言葉は通じなくても心を込めたり礼儀正しくしたりしていれば必要なことは通じるんだ。それはこれまでの海外経験で学んだことだった。
海外でのカンファレンスなど多少英語が下手でもなんとかなるものだ。大きな声で繰り返し説明した時は、だいたい相手に納得してもらうことができたのだ。
しかも、技術の高みを志しているもの同士、飲んで、笑って、プログラムやブログを見せ合えば、それだけで旧友のように仲良くなれる。言葉は通じなくても、友達を作ることができるのだ。
・・・
お昼ご飯を食べたところで、サラちゃんがタオルを持ってきた。もしかすると、お風呂に入れということか。お風呂を沸かしてくれたのかな?
期待して、彼女の後についていった。
サラが連れて行ってくれたのはある程度深さのある川だった。川に手を入れてみると・・・
「ひゃっ、冷たい。」
熱々のお風呂か温泉を期待していたけど、そんなのあるはずないか。ガッカリ。
一方、サラちゃんは僕に何かしら言ってから背を向けて遠くへ行ってしまった。入浴を見られるわけではないらしい。良かった。
冷たくて入りたくない気持ちはあるが、昨日から汗まみれ、ホコリまみれなので、我慢して川の中に入った。
最初は冷たく感じたが、この島の気温は日本の夏に似た温度なので、すぐに水の温度に慣れた。体の汚れを落とし、その後で川の中をしばらく泳いだ。水は清く澄んでおり快適だった。
「あー、気持ちが良かった。」
もらったタオルで体を拭いて服を着ると、ちょうど良いタイミングでサラちゃんが戻ってきた。遠くから様子を見ていたんだろうか。妙にタイミング良いな。。。
言葉が通じるなら、ここで問い詰めて笑いをとるんだけど、言葉が通じないと不便だな。うーん、早く仲良くなるためにも言葉を覚えたいな。
でも、ここでサラちゃんと仲良くなりすぎると、島を離れるときが悲しいからな。距離感を間違わないようにしないとなと、ここでも、必要のない妄想を繰り広げてしまった。
・・・
ところで、お風呂(ただの川だけど)に行って驚いたことがある。昨日は、縄につながれていたし、足が痛かったし、混乱状態で村人に連れられてきたから、分からなかったんだけど・・・。
この村がある場所が「地上」ではないことが分かった。どういう事かと言うと、ここは地下空洞の中なのだ。
地下空洞の中に村全体がすっぽり入っている。実に面白くて不思議な空間だ。
上を見上げるとそこに太陽はない。しかし、ここには十分な光がある。地下空洞の天井は高く、天井自体が光っている。よくよく見ると、天井が金属質で覆われている。そして、天井の金属はしっかり太陽の光を地下空洞の中全体に伝えているのだ。地下とは思えないくらいに明るい。
昨日、小屋の中で日没を感じることができたのも、この太陽光をしっかり伝える金属質の天井のおかげのようだ。
光が十分にあるせいか地上でよく見かける植物も生えている。天井が非常に高いので、地下空洞であることを忘れそうだ。見上げなければ地上と変わりない。さっきの川辺には果物も生えていた。
まずは、言葉ができるようになれば、いろいろなことが分かってくるに違いない。頑張ろう。
先日、初めての感想もらいました。嬉しいですね。マイペースに書いていけるよう頑張ります。