003-出会いはあったが言葉は通じない
「おーい、誰かいるの?」
僕は思いっきり叫んだ。反応はない。そこで、慌てて人影のあった場所へと駆けだした。
走りながら「もしかして、クマとかトラとか、大型動物だったらどうしよう?」とも考えた。
しかし、それよりも「救助隊であって欲しい」という期待の方が勝っていた。それで、大声で「おーい」と叫びながら降りていった。
・・・
下まで降りたのだが、誰も居なかった。
僕の声に警戒して隠れたのだろうか。そうだとすると、救助隊であるという僕の希望は消え失せた。
これは、もしかすると、大型動物の可能性がある。
僕はとっさに身構えた。
すると、木の陰から小石が飛んできた。
「なんだ、なんだ?!」
僕は慌てて石を避ける。
「誰なの?敵じゃないよ!」
僕は手を上げて攻撃の意思がないことを示し、念のため英語で叫ぶ。
ところが、その後もすごい勢いの小石が何発も僕を狙ってきた。
「イタ、イタタタ、痛いっ」
そのうちの一発が足に当たったようだ。僕はその場に情けなく崩れ倒れた。
すると、ガサガサと音を立てて人が出てきた。必死にその方向を凝視する。
倒れた僕をのぞき込んだのは・・・意外にも少女だった。ただし洋服ではなく布を体に巻いただけの姿だった。見るからに原住民という雰囲気を醸し出していた。
「ヤィヤイヤイ・・・」
何か僕を威嚇しながら話しかけてくるのだが、残念ながら僕には何を言っているのか分からない。
僕が首を傾けて困っていると、少女は僕をロープのようなものでグルグルに縛った。そして大きな木に括り付けた。おかげで僕はまったく動けなくなった。
すると少女はぷいっと僕に背を向けて走って行ってしまった。
「なんだ、なんだ、行かないでよ。なんとかしてよ。これでも、僕は大手IT企業のCTOなんだぞ!」
叫んでみたが、少女は振り向きもしないで、見えなくなってしまった。
救助隊かもという淡い期待から、縛り付けられ放置されるという意味不明の展開に失望する。
とはいえ、この島は無人島ではないことが分かった。無人島ではないということは、助けてもらえる可能性もあるということだ。もしも、このまま、放置され餓死することがなければだけど。
・・・
縛り付けられて、数時間が過ぎた。すると、少女と数人の大人がやってきた。少女が大人を呼びに行っていたようだ。僕は、改めて英語で話しかけてみる。
「助けてください。遭難したんです。お願いです。助けてください。」
「ヤィヤィヤヤヤ・・・」
うーん、どうやら、日本語は当然として、英語も通じないようだ。仕方がない、片言になってしまうが、シンガポールでのシンポジウムでの発表のために覚えたマレー語や中国語も試してみよう。
「(マレー語)トロン!」「(中国語)请帮助我!」
「ヤィヤィヤヤヤ・・・」
やはり、駄目みたいだ。困ったなぁ。とにかく怪しいものではないということを伝えたいのだが。。。
「私は日本から来ました。飛行機が落ちたんです。どうか、助けてください。」
こういう時は、大声で叫んだりしては駄目だろうな。僕は友好的な笑顔を作り、努めて優しい声にトーンを変えて、日本語で訴え続けた。
とは言え、僕の様子をしばらく見て、敵意がないことを見て取ったようだ。原住民たちは、ロープをほどいてくれた。そして、僕は彼らの村に連れて行かれた。
・・・
彼らの村に着くと、真っ暗な小屋に閉じ込められた。
鍵がかけられていて逃げ出すことはできそうにない。とは言え、小さな窓があり、そこから外を覗くことができた。僕は、痛む足をさすりながら、外の様子を覗いていた。
すると、一人の若者が大声で何かしらを触れ回っているのが見えた。その後、大人たちが、集会所らしき建物に入っていった。
どうやら、僕をどうするのか、話し合うようだ。
小さな窓から、村の様子を確認する。どうやら、この村には電気もガスも来てないようだ。電線らしきものが全くない。
僕はポケットからスマートフォンを取り出して、電波が通じるか確かめてみたが、残念ながら圏外だった。せめて電話くらいあると良いのだが、期待できないな。
太陽が傾いた頃、少女が食べ物を持ってやって来た。
お盆に、木製のコップと皿が載っている。木のコップには水が入っており、木皿の上にはパンと塩漬けの野菜が一口分あった。質素な食事だが、バナナ以外の食事は一週間ぶりだ。食べてみると、味はそれなりに美味しかった。
「本当にありがとう。」
僕は少女に感謝を伝えた。通じないとは思うが、日本語で気持ちを込めて伝える。言葉は通じなくても気持ちは通じるだろうと期待しながら。
少女は、最初、怪訝な顔をしていたが、軽く微笑んで小屋を出て行った。どうやら伝わったようだ。
村の暮らしぶりを見る感じ、みんな善良そうだ。ここで、僕が村人の食料にされることはなさそうだと思う。そこで、安心して、小屋の中でゴロゴロすることにした。
いくら心配したからと言って、状況が変わるわけないし。心配するより、明日に備えてしっかり寝て、体力を温存しよう。
粗末な小屋ではあったが、小屋の一角に藁が敷かれており、ふかふかしていた。藁の上に横たわり眠ろうと努めた。足がジンジンと痛み、なかなか寝付けなかったが、眠れば痛みを忘れるはずと、努めて体の力を抜いた。
そして、眠りにつくまで羊を数える。
羊が1匹、羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が5匹、羊が8匹、羊が13匹、羊が21匹・・・。
えっと、次の羊は34匹で、その次が55匹。
規則が分かるかな?・・・この羊の数え方は『フィボナッチ数列』なんだけど、前の二つの数を足したものが、次の数となるというもの。
僕は、19万6418くらいまでは数えたんだけど、その辺りで分からなくって、改めて3匹から数え直すということを、数回しているうちに、眠りについていた。
・・・
翌日、僕は少女に起こされた。僕の処遇が決まったのだろう。
「オイ、ヤィヤヤヤイクッブルヤヤヤ、サマヤヤヤサヤ。」
少女は僕に何かを言い放ったが、もちろんのこと意味は分からない。
とにかく、少女は僕を小屋から出して、自分の家に連れて行った。
彼女の家には、母親らしき人がいた。母親は、僕を丁寧に迎え入れた。どうやら、歓迎してくれているというのがよく分かる。
自分の家に連れてきた彼女と母親の態度からすると、村の客人として扱うと決まったらしいことが分かった。奴隷的な扱いではなさそうで良かった。
そして、二人は、僕のために、朝食を用意してくれた。何なのかよく分からないが、なかなかに美味しい。ジャガイモをすりつぶした感じのものに、コリコリとした食感の野菜が入っている。
そして、布きれであるものの、着替えを用意してくれた。しかも、彼女が放った小石で真っ赤に晴れた僕の足にも薬草を塗ってくれた。
「ヤィヤ、ヤヤラトウルッ、ヤィミン、ヤィヤタマァフ。」
昨日は怖いと思っていたが、意外にも、優しい少女のようだ。年齢は、17歳くらいだろうか。大人と言うには幼い感じがある。肌の色は濃い色をしている。よくよく見ると、可愛らしいお嬢さんだ。
こうして、僕の田舎生活が始まったのだ。