11:そして、二日目が終わる
僕たちは村長宅に入ると、お茶をすすっている村長に魔導書を返した。
「いかがでしたかな?」
魔法訓練の成果について尋ねているのだろう。
「ああ、全部覚えたぞ」
カエデさんがさらりと答えた。
「全部?」
「四つともだ」
「えっ……」村長は絶句した。「たったの一日で魔法を四種も習得したのですか?」
「ああ」
「それはそれは……」
村長は感嘆しているようだった。
つまり、僕たち四人の魔法習得速度は、普通より遥かに上なのだろう。一般人よりどれくらい上なのか、正確なところはわからないけれど、自分たちが優れているとわかると、ちょっと嬉しくなってしまう。
特別感というか、優越感というか、ね……。
ミオはテーブルの上に積んだ魔導書をぽんぽんと叩きながら(ちょっと埃が舞っている)、
「これら四つを一日で習得したって、そんなにすごいことなの?」
「ええ。通常、魔法というのは一日二日で習得できるようなものではないのです」
「一週間二週間とか?」
「そうですね、魔法の才能がある者ならば」村長は言った。「あまり才能がなければ、数か月から数年かかったりもします」
「ふうん」
ミオはあまり興味なさそうに言った。
僕たちが覚えたのはD級魔法。
高位の魔法ほど習得難易度が高く、低位の魔法は習得難易度が低い。
僕たち四人が魔法の才能があることはわかったが、はたしてA級やS級といった高位の魔法を習得することはできるのだろうか? もし、できたとしても、今日覚えたD級魔法のように一日で習得するのは不可能だろう。
このテジル村には、高位の魔法を覚えるための魔導書はないのだから、僕のささやかな疑問が回答を得るのは、ずっと先のことだろう。
「皆さん、お腹が空いたでしょう」村長は言った。「夕食にいたしませんか?」
「ああ、そうだな」
カエデさんが頷くのを横目に、僕はあれを思い出す。
あれとは、村長お手製の料理である『ゴブリンのカルパッチョ~色とりどりのスライムソースを添えて~』のことだ。
昨日はベルヲさんとナクアさんが作ったおいしい料理を味わった。だけど、今日は違うかもしれない。村長のゲテモノ料理を、今日こそ味わう羽目になるのかもしれない。
そう考えただけで、嫌な汗が顔を流れ出す。
「アキトさん、どうかしました?」
イツキくんが心配そうに小声で尋ねてくる。
「うん……夕食って村長が作るのかな?」
僕が何を言いたいのか察したようで、イツキくんは微笑みながら、
「昨日と同じくベルヲさんとナクアさんでしょう、多分」
「そうでなかったら――」
僕たちの会話に、カエデさんが参加してきた。
「――私は食べないぞ」
僕も村長の作ったゲテモノ料理を食べる気なんてさらさらない。一食くらい抜いたところで、死にはしない。もっとも、夜中に耐えがたい空腹が襲い掛かってくるかもしれないけれど。
「あたしも嫌よ」
ミオが顔をしかめて囁いた。
「皆さま、どうかされましたかな?」
「いえいえ……」
代表して僕が答える。
「いやあ、それにしてもお腹が空いたなー」
僕はわざとらしくはっきりとした声で言った後、村長さんに向かって、
「夕食のメニューはなんですか?」
「さあ。作るのは私ではありませんので……」
「ベルヲさんとナクアさん?」
「ええ、そうです」
僕たちは顔を見合わせて、ほっと胸を撫で下ろした。
◇
ベルヲさんとナクアさんの作ったおいしい料理を食べ、満腹になった僕たちは、昨夜と同じく村長宅の隣の納屋へと向かった。
納屋で寝ることなんて、マギスフィアに来るまで経験したことがなかったけれど、二回目にして早くも慣れた。僕以外の三人も同様だと思う。
僕たちは適応力が高いのかもしれない。適応力が高くなければ、この世界を生き抜いていくことは難しい。
納屋にはパーティションなんてないので、プライベートな空間を得ることはできない。その気になれば、三人の寝顔を見ることやボディータッチをすることも――そして、寝込みを襲うことだってできる。
もちろん、僕はそんなことしないし、他の三人もしないけれど、強固な信頼関係がなければ、緊張したり、ストレスが溜まったりする。
僕とイツキくんの男性陣はともかくとして、カエデさんとミオの女性陣は、同じくらいの年頃の男たちと同じ空間で寝ることに抵抗があってもおかしくはない。
しかし、二人ともこれっぽっちも気にしている様子がない。
今朝の着替えのときもそうだったけれど、やはり僕とイツキくんのことを信頼しているのだろうか? それとも、僕たちに変なことをする度胸なんてない、となめられているのだろうか?
「何ぼけーっとしてんのよ」
ぼけーっとしている僕に、ミオが鋭い声で言った。
「ちょっと考えごとをね」
「明日のことか?」
カエデさんが尋ねてくる。彼女は明日ことを考えていたのだろう。
「いや、そうじゃなくて……」
「では、もっと視野を広げて、これからのことですか?」
今度はイツキくんだった。
「いや、そうでもなくて……」
「じゃあ何よ? エロいことでも考えてたの?」
ミオはにやにやしながら、同時に軽蔑が少し混じった視線を寄こした。
「違うよ」
僕は苦笑しつつ、首を振った。
「ミオとカエデさんはさ、僕とイツキくん――つまり、男二人と同じ空間で寝ることに対して、何も思わないのかなって」
「別になんも思わないわよ」ミオは答えた。「だって、アキトとイツキだし」
「他の男なら話は別だが、アキとイツキだからな」
カエデさんも同じようなことを言った。
「僕たちのことを信頼してくれている、と思っていいのかな?」
「ああ、もちろん」
カエデさんは大きく頷いた。
一方、ミオはこんなことを言う。
「信頼してる、というか――もしも、あんたたちがよからぬことを考えて実行しようものなら、あたしとカエデでボコボコにするだけだしね。あ、そういう意味じゃなくて、『僕たちと一緒に寝て、ドキドキ緊張しないの?』ってことなら、やっぱりなんも思わないわよ。あたし別に、あんたたちのこと好きじゃないし」
「その好きじゃないというのは、『ライク』ではなく、『ラブ』のことですか?」
イツキくんは尋ねた。
「そ。そういうこと」
ミオは頷いた。それから、少し照れくさそうに、
「……一応、あんたたちのことは友達だって思ってるから」
「一応って……」
苦笑するイツキくんに、ミオも笑いかける。
「さて、そろそろ寝るか」
カエデさんのその一言で、話は打ち切られた。
明かりを消すと、僕たちはそれぞれ毛布にくるまった。三人が寝てしまう前に、僕は「おやすみ」と言ってみた。
「おやすみ」「おやすみ」「おやすみ」
返事が返ってきた。
僕は暗闇の中で微笑んでから、眠りに落ちた。