10:魔法訓練2
「じゃ、まずはあたしが撃ってみるっ!」
ミオは元気に手を挙げた。
魔装――つまり武器を使ってみるのは、心くすぐられるというかロマンを感じるんだけれど、魔法はそういった気持ちをより強く感じてしまう。
ファンタジーといえば魔法、魔法といえばファンタジー。両者の間には、切っても切れない関係がある、と僕は思っている。
ロマンだロマンだ。
僕たち三人が何か言う前に、ミオは魔法を発動させる体勢に移行した。
魔法発動の手順はこうだ。
まず、日本語ではない言語(マギスフィア語? ラインツ語?)で『詠唱』を行い、その後に『魔法名』を発する。簡単といえば簡単……かもしれない。でも、詠唱と同時進行で内に秘めた魔力を、魔法という形に変換しなければならない。
詠唱は場合によっては省略することができる。これを無式詠唱というらしい。なんか、すごくかっこいいネーミングだね。誰が考えたんだろう?
それはともかく、無式詠唱で魔法を発動させると、必要魔力量が多くなるし、詠唱有りと比べて威力が落ちるし、魔法の安定感がなくなる――などというデメリットがある。無式詠唱のメリットは素早く魔法を発動できるっていうこと。
そして、無式詠唱というのは――当たり前だけど――魔法の難易度が上がれば上がるほど、難しくなるものだ。
一般的な冒険者がどれくらいの難易度の魔法が使えるものなのか、無式詠唱を使えるものなのか、僕たちは知らない。テジル村に冒険者がいないのだから、仕方がない。
比較対象がいないのだから、僕たちは自分たちの実力を測れない。並みよりは上だと思いたい。できれば、『僕たちにはとてつもない才能が秘められていたんだ!』的な展開になってほしいものだねえ。
僕やミオやイツキくんの実力はまだよくわからないけれど、カエデさんがおそらく並みより遥かに上の実力があることは、ドラゴン退治によって証明された。
その辺の冒険者が、ドラゴンをばっさばっさとなぎ倒せるとは思えない。もしそんなだったら、この世界のシステムは狂ってる。ありえない。
なんて考えていると――。
「いっくぜえい! 〈交差する炎:クロス・フレイム〉!」
ミオは無式詠唱で、魔法を発動させた。
ミオの前に黄色の魔法陣が展開されて、そこから二筋の炎が交差するように、バツの字を描いて飛び出した。
バツの字を描く炎は、空を裂くように地面と平行にまっすぐに飛んでいった。地に生えた草がちりちりと焦げた。
「ねえ、見た!? 見たわよね!?」
ミオがきゃっきゃと騒いで飛び跳ねる。
「すごい……ですね……。これが魔法……。まるでフィクションだ」とイツキくん。
「驚いたな。これはすごい」とカエデさん。
「これなら、冒険者として十分にやっていけそうだね」と僕。
続いてカエデさんが、ミオと同じく無式詠唱で魔法を発動させた。
ミオが魔法発動に成功した時点で、ああ、これなら僕たちも大丈夫そうだな、なんて僕は思った。ミオを馬鹿にしているわけじゃないけれど、僕たちのスペックがミオより大幅に劣るとは思えないのだ。
これで、ミオ以外魔法を発動させることができなかったら、まったくこれっぽっちも笑えないよね……。
ほんの少しの心配は杞憂だった。
「――〈空気風砲:エアー・キャノン〉」
淡々としたクールな発声だった。
先ほどと同じく黄色の魔法陣が展開されて、そこから風で構築された、透明に近い巨大な風の塊が大砲のように射出された。
風の塊は草原の草々を激しく揺らしながらまっすぐに進んで、やがて勢いを落とし、どこかへと消えていった。
「なかなか使えそうな魔法だな」
「そうだね」僕は頷いた。「人に向かって放ったら、とんでもないことになりそう」
実際の大砲を撃ち込まれるよりかはマシだろうけど、力士やボディービルダーじゃなければ、軽く吹き飛んでしまうと思う。
僕だったら軽く一〇メートルはぶっ飛んで、頭から地面に突っ込んで死んじゃいそうだ。
「俺の魔法は三人よりか、使い勝手が悪そうですね」
そんなことを言うと、イツキくんは爽やかに魔法を発動させた。もちろん、前の二人と同じく、無式詠唱である。
「〈大地震振:アース・クエイク〉」
魔法陣が地面に展開され、その座標が大地震でも起こったかのように激しく揺れ、地割れする。〈交差する炎:クロス・フレイム〉や〈空気風砲:エアー・キャノン〉ほど直接的な攻撃魔法ではないけれど、使い勝手は悪くなさそうだ。
「うーん、ちょっと地味」
ミオは腕を組んで感想を口にした。魔法評論家のように見えなくもないこともない。
「地味で悪かったですね」
「まあでも、結局、四つとも覚えるんだから」
僕は言った。難癖をつけるんじゃあないよ。
「最後はアキトさんですね。アキトさんが覚えた魔法は……〈水玉飛沫:スプラッシュ・ウォーター〉ですか。なかなか強力そうですね」
もちろん、僕も無式詠唱である。きちんと詠唱してもよかったんだけど、みんなが無式詠唱で行ったから、僕だけ詠唱するのもなー……といった次第である。
「ようし、行くぞー。〈水玉飛沫:スプラッシュ・ウォーター〉!」
展開された魔法陣から、小さな水の玉が無数に飛び出した。それは、弾けたポップコーンのようだった。しかし、水と侮ってはいけない。それらの一つ一つは素早く、散弾銃をぶっ放しているようなものなのだ。
多分、当たったらものすごく痛いだろう。相手によっては殺傷力がある――つまりは殺せてしまうかもしれない。少なくとも、友達に向けて軽い気持ちで使っちゃいけない魔法だ。
僕は寝ぼけて〈水玉飛沫:スプラッシュ・ウォーター〉を使わないように気をつけよう、と心に決めた。
「どうやら、全員魔法が使えるようね」
ミオは一体どの立場から言っているのだろう?
「よし、今日中に四つとも覚えて物にするぞ」カエデさんは言った。
僕たちは魔導書を交換して、他の三種の魔法も覚えていった。全部覚えて、使いこなせることを確認した後、村長宅へと戻った。
気がつけば、日が暮れていた。
一日が過ぎ去るのは早いものだな、なんて僕はしみじみと思った。