1:生徒会、異世界へ
詩頓高校は某県の郊外にある公立高校だ。
偏差値はそれなりに高くて、いわゆる進学校ではあるのだけれど、他の高校と比べて特別勉学に力を入れているわけじゃない。
土曜日と日曜日は休みだし、補習の類もない。
とても自由な校風で、制服なども特にない。だからどんな格好をしてもいいんだけど、大抵の生徒は中学時代に着ていた学生服あるいはセーラー服を着ている。
髪を染めてもいいし、ピアスをしてもいい。しかし、そういったことをしている生徒はごくわずかだ。
運動部はどの部活も強い。
野球部は何回か甲子園に出場しているし、テニス部はインターハイで優勝したこともある。そのほかの部活も全国大会に出場したり、入賞していたりする。
文化系の部活は運動部以上にたくさんあって、テレビ局の取材を受けたり、全国紙に載った部活もある。
公立高校だから校舎はぼろい。
……いや、隣にあるとある高校も公立校なのだけれど、こちらの高校は校舎を改築したばかりなのか、煌びやかに光り輝いている。二つの校舎を見比べてみると、その差に唖然として、とても悲しくなる。
さて、大抵の高校には『生徒会』なる組織が存在している。
とても簡単に説明すると、生徒会とは生徒の自治などを行う組織だ。体育祭や文化祭などの校内行事を仕切ったりする。
それ以外の活動は――高校によって様々だ。あらゆることに手を出す生徒会もあるし、反対にほとんど活動していない生徒会もある。
詩頓高校の生徒会は前者だ。
そして、生徒会長が優秀だからか、それなりの結果をもたらす。だから、校内においての権力はすごく高い。下手すると、教師陣よりも高い。
そんな詩頓高校生徒会は校舎四階の隅にある。木製の壊れそうなドアに『生徒会室』とペンで雑に書かれたプレートがかかっている。
生徒会室の広さは一〇畳くらいだろうか。
教室の中央には木製の長テーブルが置かれ、右に一つ左に二つ、奥に一つ椅子が置かれている。三つの椅子は折り畳み式の錆びたパイプ椅子だが、奥の一つだけは高級そうなロッキングチェアだ。
生徒会室にはメンバー全員――つまり四人――が集まっていた。
すらりとした長い脚を組んで、ロッキングチェアに座り、ふんぞり返っているのは、詩頓高校生徒会会長である三年生の神崎楓。
髪は艶やかで長く、小さな顔にはそれぞれのパーツが絶妙に配置されている。背は女性としては高く、一七〇センチを優に超えている。
カエデさんは誰がどう見ても美人だ。それも『超』がつくほどの。彼女を見て美人だと思わない人は、感性が狂っているに違いない。
可愛らしさは微塵もない――というと言い過ぎかもしれない――が、芸術品を思わせる美しさが彼女にはある。
「ああ、暇だ」
そう呟くと、カエデさんは僕のことを見た。
「アキ、何か暇をつぶせる物持ってないか?」
カエデさんから『アキ』と呼ばれている僕の名前は、東雲秋人という。現在二年生で、生徒会副会長をやっている。
身長は平均値程度で、全体的な能力値も平均値をわずかに上回るかどうか、といったところだ。自分のことを悪く言うつもりはないけれど、他のメンバー三人と比べると、平凡さがにじみ出ている。
まあ、平凡なのは悪いことではないんだけどね……。
暇をつぶせる物、ねえ……。僕は鞄の中を探し、トランプを取り出した。同じクラスの友達とババ抜きをやるために持ってきたものだ。
「トランプなんてどうかな?」
「ほう、賭けポーカーでもやるのか?」
カエデさんはにやりと笑った。
「違うって」
僕は苦笑しながら否定した。
「ババ抜きか七並べでもどうかなって」
「くっだらないわね」
不機嫌そうな顔をしてそう言ったのは、生徒会書記である葛葉澪。
ミオは一年生――つまり、僕より年下なのだが、僕たちに対して敬語を使わない。もちろん、敬語が使えないわけではなく、あえて馴れ馴れしくしているのだ、と僕は思っている。
背は一六〇センチ程度で、とても可愛らしい顔立ちをしている――が、顔をしかめていたりすることの方が多い。不機嫌な場合もあるだろうけれど、大抵は意味なくそんな顔をしている(きっと癖なんだろう)。
「もっと、楽しめるものはないの? ゲームとかさ」
「うーん……ゲーム機は持ってきてないなー」
「やれやれ、ゲームなんてくだらない。トランプの方がよっぽど面白いですよ」
ミオの隣に座っているのが、生徒会会計である九曜樹。
イツキくんはミオと同じく一年生だ。しかし、ミオと違って僕たちに敬語を使っている。といっても、きっちりとした敬語ではなく、フランクな敬語だ。
イツキくんは背が一八〇センチ以上あり、モデルのような抜群のスタイルをしている。顔はどこかの王子様か俳優のように整っていて、おまけに頭もいい。
なので、もちろんモテる。僕の一〇〇倍くらいはモテる。女子はもちろんのこと、一部の男子からも人気が高い。
天は二物以上をイツキくんに与えてしまった。ほんの少しくらい、僕にわけてくれてもよかったんだけどな。世の中は不平等だ。
「さあ、アキトさん、俺とスピードでもしましょう」
「あ、なに、二人で始めようとしてるのよっ!」
ミオはイツキくんからトランプを奪い取った。
「ミオは何がしたいの?」
僕が尋ねると、ミオは少し考えてから答えた。
「んー……ババ抜き」
「ただババ抜きをするのではつまらないな。負けた者は衣服を一枚ずつ脱いでいくというのはどうだろうか?」
カエデさんがそんな提案をすると、ミオが露骨に顔をしかめた。
「ぬ、脱ぐって……」
「いいですね」
一方のイツキくんは笑みを浮かべて頷いた。
「受けて立ちましょう」
まあ、僕たちは男だからね。脱いだところで、どうということはない。だけど、二人に脱がれると、いろんな意味でまずい。
だから、僕は苦笑して言った。
「脱がれても困っちゃうよ」
暇だったり退屈だったりする日常。
日常に慣れてしまうと、今がどんなに楽しいか、今がどんなに平和かを忘れてしまう。そして日常は、失って初めてその価値を理解する――。
「ん?」
異変に最初に気が付いたのは、カエデさんだった。
「どうしたの?」
「アキ、足元で何か光っているぞ」
「光ってるって……」
僕は足元を見た。
「あ、本当だ。何が光ってるんだろ?」
虹色の光がゆっくりと、まるで蛇のように動いている。それは教室を囲いこむように弧を描き、円を形成していく。
「えっ、なになにっ!? なによ、これっ!?」
ミオは面白いくらいにうろたえている。
「光、ですね……」
イツキくんは見ればわかることを、ぽつりと言った。彼もまたうろたえているようだ。なかなか見れないような表情だ。
しかし、それは僕も同じ。
「カエデさん。なんだろう、これ?」
立ち上がった僕は、カエデさんに意見を求めた。
「わ、わからん……」
カエデさんも珍しく動揺していた。
理解不能な出来事に、僕たちはその場で何もできず、ただ固まっていた。そのあいだに光円は完成し、その内に複雑怪奇な文様が刻まれていく。
光量が増していき、視界が白に染まっていく。
そこで、ようやくカエデさんが硬直から解けた。
「くっ、ひとまず教室から出るぞ、アキ!」
「うん!」
僕は教室のドアを開けようとした。
しかし、僕がドアの取っ手を掴む前に、魔法陣のようなものが完成し、圧倒的な光の奔流が僕たちを包み込んだ。
その日、僕たち詩頓高校生徒会は、世界から確かにいなくなった――。