8話 この世は狂ってしまったか
――二ヵ月後
――姫様side
ジョージと出会って半年が経過した。相変わらずジョージは投げナイフをわたしに投げ、ブービートラップを仕掛ける。それにわたしは毎回引っかかっていた。なぜだ。わたしがただ単に間抜けなだけなのか?
でもわたしは間抜けでは無い。きっとそうだ。だってわたしはこの半年で成長できている。例えばジョージの投げナイフを見切り、避けられるようになった。それだけでもわたしにとっては成長できたことなのだが。他にはなんと、わたしの渾身の一撃が当たりそうになる確率が上がったのだ。まぁ、当たりそうってだけで当たってはいないけどね。でもここまで成長できた。あとは一発でもいい。ジョージにパンチを浴びせるまでわたしは頑張り続ける。
椅子に座りながらこれからの目標を立てていたとき、
コンコン
誰かがドアをノックする音が聞こえた。
「姫様、お食事の時間です」
ドアの向こうから女性の声が聞こえた。
え? もう?
わたしは壁に掛けられている時計を見た。針は十一時五十分を指していた。
本当だ。そろそろ食事の時間だ。
わたしは椅子から降り、すぐに食堂に向かうことにした。
無駄に縦に長く、特別感を醸し出している食堂に着く。ここの食堂は机が長く、椅子が数多いのだが、椅子が人で埋まったところを見たことがない。ここでいつもお父様と一緒に食事をしている。だが今日、お父様は隣国に行かれていて昼の食事はわたし一人となる。
コンコンコン
大きいドアをノックする音が聞こえ、続いてドアが開く音が聞こえた。そのほうに振り向くと、そこには料理を運ぶジョージの姿があった。
――一号side
照りつける日光。暑い日差しを浴び続ける俺たちは、マルカ王国のマルカ城にいる。理由はもちろん姫様の暗殺だ。俺たちは報酬が高ければなんでもやる。今日はその仕事の一つだ。
今日の活動者は、俺と無口でクールガイな二号と、いつもガスマスクを被っている三号だ。このなんとか号というのは、コードネームだ。ちなみに俺は一号だ。
今は城の裏側に隠れている。裏側は草が生い茂っていて、身を隠しやすい。しかもここは木が多く植えてあるので日影が多い。さらに、警備がいないのでかなり侵入しやすいから、本当にここは一国の王がいるのかと疑うくらい警備が甘い。ちなみに、前がダメなら後ろから、というのが俺たちのモットーだ。
今回の作戦は短く説明するとこうだ。決行は十二時。まず三号はこの城の執事に変装する。一番姫様の近くにいる人が執事だということは聞いている。続いて三号は食堂に行く。姫様はこの時間帯に食堂で食事をする時間だ。そこで殺す。そしてすぐに退散する。これで作戦は終わりだ。
「いいねぇ、三号。あの顔写真にそっくりだぜぇ」
依頼人からもらった執事の顔写真と三号を見比べながら言った。
三号はコクリと頷く。今回は執事に変装することになっているので、さすがにガスマスクは外してもらっている。
三号は変装の名人だ。顔写真があれば顔を変えることができる。この技能を使って数々の人間を暗殺してきた。顔写真の執事と三号の変装は、同じ人だと言っても納得してしまうくらい似ている。
「三号、やっちまえよぉ」
「…………」
三号はコクリと頷いたあと、城の裏口のドアまで歩き、ドアを開け入って行った。
「いやぁ、楽しみだねぇ」
「……そうだな」
どういう死にかたをするのだろうか。まぁ、三号の事だから首をかっ切って終わるんだろう。とても楽しみだな。
三号が城に潜入して数分が経過した。そろそろ姫様を殺してもいい頃だろう。そして三号が出てきたら、俺たちは一目散に逃げるだけ。それであの多額の報酬をもらえる。
「報酬楽しみだなぁ」
「……そうだな」
二号は表情を出さないが、これでも興奮していることだろう。もちろん俺は興奮をしている。あんな簡単な依頼で、すぐに莫大な金が手に入るんだからな。あの金額なら三人で山分けしても一生暮らせるぜ――、
パリンッ!
突然、遠くから何かが割れる音が聞こえた。この音はガラス類だろう。何回も耳に入れた音なのでわかる。そのあとすぐに、ドスン、という鈍い音が聞こえた。その音はあまり聞くことがない音だ。きっと何かが窓を突き破り、落ちたのだろう。
「……なんだぁ?」
「……行こう」
「そうだなぁ」
俺たちはそっと足音を立てずにその音のほうへ行く。なんだろうか。慎重にそのほうへ行くと、そこには何か黒いのが落ちていた。
「あ、あれは」
二号が動揺している。二号が動揺するようなことなどほとんどないのに。
「な、なんだぁ?」
目を凝らして見ると、それは人の形をしていた。黒いタキシードからすると執事だろう。そして俺は、その正体を知った。
「……そんな、馬鹿な」
考えたくなかった。だってあの短時間でやられるわけが……。
そこにいたのは、顔のマスクが少し剥がれてしまった、ぼろ雑巾みたいな三号の姿だった。全身が衣服やマスクなどで包まれていて全く見えていないので、三号にいったい何が起こったのかがよくわからない。
『よっしゃあああああああ!』
城からの女の叫び声が外に響き渡った。その声からは、恐怖を感じとるものがあった。
――姫様side
そこにいたのはジョージだった。なぜジョージが食事を持ってきたのか。ありえない光景なので少し驚いている。
だが、わたしは冷静に考える。
いつもは使用人が持ってきている。執事は運んでくるはずがない。わたしが運んでくるなとジョージに直接言っているからだ。つまり今回は異例だ。
憶測でしかないが、ジョージが食堂に現れたということは食事には毒が仕込まれていることだろう。つまり、ジョージはわたしを毒で殺そうとしているに違いない。それならすぐに……いや、待て。これは千載一遇のチャンスじゃないか。食事に毒が仕込まれているとしたら、それをジョージの顔面に投げつけて、動きが止まった瞬間にわたしの入魂の一撃を鳩尾に浴びせればいいんじゃないか? そうだ。それがいい。
「あら、今日はジョージなのね」
ジョージが持ってきた事を叱りつけることはやめておこう。今日はジョージの命日になるのだから。
ジョージは微笑みを見せたが何も返事が返ってこなかった。なぜだろうか。……まあいい。そんなことを深く考える必要はない。どうせすぐにジョージの魂を消してやるんだから。
ジョージは料理が入った皿を、机の上にそっと乗せる。その料理はスープだった。
あ、そうか。昨日、料理長に頼んだんだ。明日はスープだけでいい、って言ったような。すっかり忘れていた。このスープは大好きなのだが、毒が仕込まれているのなら仕方ない。今すぐにでも――、
ヒュッ
突然、風切り音とともにジョージはキラリと光るものを右手に持ち、わたしの首元を狙う。その動きには無駄がなく、その瞳は、ただ一点を見ていた。
しまった! 毒じゃなかったのか! 隙を作ってしまった!
わたしの動体視力を駆使して手に持っている物を見ると、それは鋭利なナイフだった。
しかし、その動きは意外にも遅かった。いや、速いには速いのだが、いつものジョージより遅いと感じた。このくらいならいける!
ナイフの刃先を人差し指と中指で挟み、止めた。
ふぅー、危なかった。動きが遅くてよかった。不幸中の幸いだ。目に追えたおかげで、ナイフを使えなくするところまで繋げることができる。
ジョージは持つナイフを押すしぐさをする。しかし、そのナイフはピクリとも動かない。わたしはただ軽く挟んでいるだけなのに、なぜだろうか。って、そんなこと考えている暇はない。ここがチャンスだ! ぶっ飛ばしてやる!
わたしはそのナイフを掴んでいる左腕を強く右手で握り締め、すかさず刃を挟んでいた左手を離し、拳を作り、ジョージの顔面に目掛けて打った。殴っている左手はジョージの顔面を潰していく。
「ウグッ」
ジョージから似て似つかない声が吐き出された。
「まだまだ!」
さらに右手を離し、右手を強く握りしめ、打つ。そのパンチはジョージの鳩尾にどんどんめり込んでいく。
「うおりゃあぁ!」
そこから右腕に力をこめ、全力で押す。すると、いつの間にか腕が軽くなっていた。なぜか。それはジョージが宙に浮いているからだ。そう、ジョージは見事に吹っ飛んだのだ。パンチの勢いによりテーブルの上で宙を舞い、さらに奥にある窓を突き破った。ジョージが飛んでいく姿は、妙に見惚れてしまうものがあった。
「…………」
わたしはジョージを殴った右手を見ていた。
拳には、乾きつつある血がついていた。
……この手がジョージを殴った。殴ったのだ。なぜだかわからないが、目元から温かい何かが頬を伝う。これは、なんだ?
腹から何かが沸き上がってくる。それは喜びか、もしくは達成感なのか。よくわからなかったが、その謎めいた気持ちが声となり、大きく開けた口から吐き出された。
『よっしゃあああああああ!』