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姫様と暗殺者執事  作者: 福日木健
前半戦 精神の挑戦
7/14

7話 トレーニングは怠らない

「フン! フン!」


 わたしは今、部屋に吊るされてあるサンドバックを強く、恨みを込め殴っているところだ。その恨みの対象はもちろんあいつ。幾多の打撃をことごとく回避したあいつに一撃を浴びせるため、本気で特訓しているところだ。


 そういえば最近になって、サンドバックから中身がこぼれ始めた。しかもなぜかサンドバックに刃物で切ったような傷ができている。


 そろそろ新しく買ってもらわないといけないな。今度、お父様に言っておこう。

 

「速さが! 速さが足りない!」


 あいつにパンチを当てるには、あいつの動きよりも速いパンチが必要だ。もっと、もっと速く打たないと!


「フン! フン!」


 パンチをするごとに、サンドバックから打撃を受ける音が部屋中に響く。


 これではだめだ。もっと音を大きく、威力を強くしないと!

 

「フン! フン!」


 パンチ。強いパンチ。速いパンチ。それが必要だ。


「フン! ……あっ」


 さらに一撃を放とうとしたとき、空振りをしてしまった。サンドバックが部屋の壁に向かって吹っ飛んでしまったからである。サンドバックが部屋の壁に衝突し、ドオンッ、と轟音が部屋に響く。サンドバックは重力に逆らうことなく落ち、ドスッ、という音が響いた。


「あぁ、やっちゃった」


 わたしが殴ったところには穴がぽっかりと開いていた。もうこのサンドバックは使えない。


 これでもう七回目だ。サンドバックが使えなくなってしまっては、これ以上素振りしかできない。仕方がない、お父様に言うか。


 わたしはお父様に特注のサンドバックを買ってもらうために、いつもお父様がいるあの椅子と棚しかない部屋へ行くことにした。


 ドアを開け部屋を出たとき、あることに気づいた。


「え?」


 なんと辺りが暗くなっていた。廊下の向こうも真っ暗であった。いつの間にか夜が訪れていたのである。夢中でトレーニングをしていたので気がつかなかったのも無理はない。それだけ真剣にやっていたということだ。


 部屋に入り壁に掛けられている時計を見る。時計は十時を指していた。


「……仕方がない。明日にしよう」


 こんなに暗くなってしまっては、お父様や使用人たちは寝ているころだろう。


 わたしは部屋に戻ることにした。戻ろうとしたとき、

 

 グウウゥ


「…………」


 腹から大きな音が鳴り響いた。そういえばトレーニングに夢中でディナーを食べ忘れていた。……仕方がない、厨房に行くとしよう。たぶん使用人たちは寝ていることだと思うし、マリアの秘蔵のお菓子でも食べて寝るとしよう。


 そう考えたわたしは、そっと静かに厨房へ向かうことにした。



✚✚✚✚✚



 厨房のドアの前に着いた。廊下は暗く結構怖かったが、無事に厨房に着いたことに安堵した。


 厨房のドアを開けると、案の定、電気がついていないので暗かった。ドアの右横にある電気をつけるためのスイッチを押す。押した途端、蛍光灯が光りすぐに厨房は明るくなった。


 使用人に気づかれるとあとで面倒なことになるので、なるべく足音を立てずに棚のほうへ行った。


 確か、マリアの秘蔵のお菓子があるところは、右にある棚の一番下の引き出しだったはず。


「マリアのお菓子は引き出しの奥だったね」


 棚にある引き出しを開け、その奥にある空間を覗いた。


「おぉ、いっぱいある」


 そこには、綺麗に並べられたさまざまな種類のお菓子があった。小さなチョコレートや飴玉、グミ、ポテトチップスなどのお菓子だ。


 秘蔵と言っていた割にはすぐに見つかるところにある。隠し場所を変えても、すぐわたしが見つけてしまうのに。


 マリアがこういう風に隠している理由はよくわからないが、こんなにたくさんあるのだから何個か持って行っても問題ないだろう。

 

「今日はチョコにしよう」


 その中からわたしはチョコを二個取り出し、引き出しを閉めた。


 さてと、じゃあ部屋に戻ろう。そう思った瞬間だった。



『ワハハ』



 突如、微かだが後方から複数の笑い声が聞こえた。それに(おのの)いてしまったわたしは、すかさず後方に振り向き身構えた。これは何が来ようが問答無用で殴るために、わたしが一ヵ月間かけて体に叩き込んだものである。声はわたしが入ってきた向かいにあるドアから聞こえた。そこは使用人の各部屋に繋がっている。


 なぜだ? 使用人共は(わら)う睡魔にひれ伏したはずだ……。いったい、誰であろうか? まさか……。


 辺りを目視するが誰もいない。そして刻々と時間が経過するごとに、わたしは恐怖心に駆られた。想像してはいけないモノを脳内で映像化してしまったからだ。


 しかし、わたしはすかさずその映像を抹消させ、感情を無に落とした。その考えこそ最大の敵であるこの戦いにおいて、そのようなモノを考えてしまったとき、それは万死に値する。

 あの黒極の気を(まと)いし者を抹消するためには、それは必要としない。


 だが、



 ――幽霊か?

 


 脳は望みを絶った。この戦慄(せんりつ)した世界に抗うことができぬのであれば、わたしはこの愚かなる感情にひれ伏すこととなる。これは神が我々人間に植え付けた、心を(むしば)み続ける蟲。その名は、



 ――恐怖。



 ことごとくわたしの感情が、希望への道筋を絶っていく。わたしには、死しか、無いのか。



 ――幽霊って、打撃は効かないよね。



 幽霊などというオカルト的なものとは戦ったことはない。その姿を見たことも無く、声さえも聞いたこともないからだ。そう、わたしには幽霊などというものは見えない。姿が見えないからこそ恐怖心に駆られるのだ。と、深く考えてしまったのだが、その笑い声の正体はすぐにわかった。



『ワハハ』



 耳を澄ませて聞いてみると、複数の知る人物の笑い声が聞こえた。使用人たちだ。


 正体は使用人だというのはわかった。でもなぜ……。

 

 疑問に思った。この時間帯なら使用人は皆寝ているはずなのになぜか起きている。なぜだろうか。じっくり考えたがわからなかった。


 わたしは使用人部屋に続くドアに向かい、ドアに耳を当ててみた。すると、微かに使用人の話し声が聞こえた。

 

『ハハハ、ジョージさん。旅先でそんなことがあったんですか』


 この野太い声からすると、あの陽気で丸々太っている料理長だろう。


 え? ジョージのヤツ、もう帰ってきたの? 一生帰ってこなくていいのに。

 

『えぇ、これが本当に面白くて』


 そのあとすぐに、ジョージの声が聞こえた。どうやら料理長とジョージで何やら楽しい話でもしているそうだ。


『そこの地方はあまりわからなくてねぇ。あっちにはそんな文化があるんですか』


『ここらでは珍しいですが、あちらでは普通らしいですよ』


『だからそんな面白い服を着て帰ってきたのですか?』


 急に幼い声が現れた。この声からするとマリアだろう。どうやらジョージの服装について話しているらしい。まぁ、あまり気にならないが。


『そうですよ。この服装が慣れてしまったので、この服装のまま帰ってきてしまいました。帰り道、皆ひそひそと笑っていましたけど、まさかわたしのことだと気づきませんでしたよ』


 いったいどんな服装をすれば笑われてしまうのか。気にならないけど。


『確かに。初めてその服を見たときは笑っちまったよ』


『わたしも笑っちゃった』


『実はこの服、意外と着心地が良いのですよ。もういっそのこと、この服装のまま執事の仕事をしようかと思いまして』


 着心地の良い、笑ってしまうような服とはいったいなんなのだろうか。気にならないけど!


『それは面白いが、姫様に殴られるんじゃないか?』


 あ、もう殴ってしまう前提なんだ。まぁ、殴るけど。


『そうそう、そこのところは大丈夫なの?』


『心配ありません。あの打撃ごとき、余裕でかわせますから』


 ……はぁ? 何それ。わたしに対しての挑戦か?


『さすがジョージさん。選ばれただけあるねぇ』


『『『ハハハ』』』


「…………」


 わたしはそこからすぐに立ち去った。


 大丈夫だ。マリアや料理長は悪くない。悪いのはすべてジョージなのだ。そう頭の中で思い込ませながら、左手で握りしめている少し溶け始めていたチョコレートを一粒、口に放った。チョコは苦く、わたしの心の中を表現したような味だった。

 

「……種類、間違えた」


 わたしは甘いものを求めていた。




✚✚✚✚✚




 夜だからか、辺りは暗い。三人で居座るには少し狭い空間で、ろうそく一本が光源であるいつもそこに居座っている部屋。そこで一号は二人に話していた。

 

「いろいろ準備があるからなぁ」


 準備をするものが多く、さすがにすぐには暗殺に向かえないようだ。


「どうだ、マスクのほうはぁ」


 一号は三号に確認を取る。


「シュコー」


 呼吸音とともに、三号はマスクを大きい袋から取り出した。そのマスクはマルカ城にいるあの執事の顔に似ていた。いったい、そのマスクにはどういう意味があるのだろうか。


 一号は手に持った顔写真の執事とマスクを見比べながら、


「うーん、この目のところ、少し違和感があるなぁ」


 目の部分を指摘した。三号は頷いた。すると、


「……決行は?」


 二号は一号のほうを見て、そう問う。二号は暗殺日のことを聞いているのだろう。


「シュコー」


 三号も気になるからだろうか、ガスマスクのレンズが一号に向いていた。


「決行は二ヵ月後だぁ。……そうだ、二号は変装をうまくなれるように練習しろよぉ?」


「……わかった」


 一号はこんなこと言っているが、実は一番変装が苦手なのは一号である。二番目に二号。そして、一番うまいのが三号である。


「シュコー」


「じゃあ、作業を始めてくれよぉ」


 一号は両手でパチパチと叩きながら言った。


 二人は頷いた。


 三人は話し終え、黙々(もくもく)と自分たちの作業を始めた。城内の地図など、城のことに関してのものはすべて依頼人からもらっている。あとは暗殺道具だけだ。一号はナイフの切れ味をよくするために研いでいる。二号は変装の練習。三号は変装道具のマスクづくりに励んだ。


 なんと三人は、二ヵ月後にあの姫様の暗殺に向かうとのことだ。これはまずいことである。もしあの姫様が暗殺されたのならば、世界中がマルカ王国を注目することとなるだろう。

 

 その決行日は三人以外誰も知らない。いったいあの姫様はどうなってしまうのか。暗殺されてしまうのか。はたまた、奇跡的に生き延びるのか。この先どうなるのかは誰にもわからない……。

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