6話 苛立ちからは逃げられない
「なんだ。何か用か」
いつも通りお父様は、特別豪華な椅子に腰を掛け、ただじっとしていた。そして、いつも通りその隣には大臣(最近やっとわかった)なる人がわたしを睨みながら立っていた。
なぜこの人はわたしのことを睨むのか。よくわからない。まぁ、そんなことはどうでもいい。今はジョージの話だ。
「お父様、ジョージはどこに行ったのですか?」
それを聞いたお父様は、少し嫌な顔をした。
「なぜそれを教えてやらないといけないのだ」
逆に訊かれた。
「知りたいからです」
するとすぐに、
「わたしからもお願いします」
わたしの背後からひょこっとマリアが顔を出した。
わかった。さっきの声はマリアだったのか。ジョージの行き先が気になったからか、わたしについてきたのだろう。
「……そういわれてもなぁ」
「「お願いします」」
わたしたちはお父様に頼み込んだ。これだけはどうしても知りたいのだ。ジョージはどういうことに興味があるのか。それを知りたいのだ。そして、それを利用してやるんだ。
お父様は手をあごに当てている。どうやらお父様は考え込んでいる様子だ。
しばらくして、
「……まぁ、この場合はしょうがないか。いいだろう。二人とも、こちらに参れ」
お父様から許しを得た。マリアの顔をチラっと見ると、満面の笑みを溢していた。早速わたしたちは、お父様の話を聞くために近づく。
「ちょっと待っていてくれ」
そう言ってお父様は、隣にある棚の引き出しから丸まっている紙のようなものを出す。
……あれ? こんなことが一回あった気がする。
なぜかわたしには見覚えのある光景だった。確かこういうのは、〈デジャヴ〉っていうんだっけ。
「これを見てくれ」
お父様が出した紙を、わたしたちは見た。
その紙には、難しい文章が書かれていた。それは誓約書だった。しかも前に見たものとは違う誓約書だ。内容を簡単にすると、
『
・誰もジョージを尾行しちゃだめだよ。
・誰もジョージが行った場所は他言しちゃだめだよ
』
という感じだ。
「「…………」」
あぁ、またこれか。なんですか? 本当になんですか? あいつはいちいちこういう書類を書かないと気が済まないんですか? というかお父様、なぜ――、
「あ、だから今日警備のおじさんに止められたのか」
そうマリアは言った。おそらくだが、マリアはジョージをストーキングしようとしたのだろう。どこまでマリアはジョージのことが好きなのだろうか。マリアが尾行をしようとしていたとは、さすがに考えもしなかった。
「お父様」
「なんだ」
お父様はわたしのほうを向く。
「なんでこんな事をしたのですか」
なぜこんなものにサインをしたのか。わたしには全くわからなかった。それを察したのかお父様は、
「仕方が無いだろう。これを見てくれ」
そう言って、引き出しからまた紙を取り出し、それをわたしたちに見せた。それは、いつか見た誓約書だった。
「ほら。七つ目を見てくれ」
お父様は、七つ目の文に指を差した。そこにマリアが、その紙に顔を近づけ、音読を始める。
「えっと、《ジョージが書く誓約書等の書類にはサインをすること》だって」
……確かにそんな文章があった気がしたな。
音読し終えたあと、マリアは一文目を見ながら満面の笑みを見せた。
確か一文目は『ジョージの契約を一年は切ってはいけない』だったはず。つまり、マリアはジョージがあと半年以上いることに喜びを感じたのだろう。わたしからしたら今すぐにでも消えてほしいが。
「……お父様」
わたしは真剣に、あのことをお父様に訊くことにした。
「……なんだ」
お父様は真剣な眼差しでわたしを見た。お父様も察していることだろう。これはとても真剣な話。わたしとお父様の仲に関わる大切な話なのだ。
「なぜこんなヤツと契約をしたのですか」
いつか言ったことを、もう一度言った。
「な、なぜって。ほら、前にも言っただろう。見返りが大きいからって――」
「いい加減にしてください! こんなヤツがいるせいでわたしはいつも苛立っているのですよ! 早く契約を切ってください!」
わたしは声を張り上げた。どうしてもジョージにはいなくなってほしいのだ。
「そ、それは無理だ。一年は絶対に切れぬ。それは前にも言っただろう。あきらめてくれ」
「……そんな」
わたしはショックを受け、膝から崩れ落ちた。そこにすぐさまマリアが、
「本当ですか! ジョージさんは八ヵ月もこの城にいるってことですよね!」
「……そうだ」
「やったあ!」
喜びの声を聞き、わたしは顔を上げる。マリアは上機嫌なようで、右腕を天に掲げていた。なぜジョージのことでこんなにも喜べるのだろうか。
わたしは床につけていた膝を上げ、立ち上がった。そしてドレスのほこりを払い、体を後ろに向ける。
「わたしは部屋に戻るわ。失礼しま――」
「本当に八ヵ月間ジョージさんと一緒にいられるんですか!」
「あぁ、そうだ。ハッハッハ」
どうやらお父様は上機嫌のようだ。
「…………」
わたしはこの場にいたくなかったので、足早で部屋に戻ることにした。マリアがどんどん妙な感情に目覚めていく姿は見たくはなかった。
『つまり八ヵ月間はこの城で一緒に暮らしていけるということですよね!』
『そういうことになるな。よかったよ、こんなに喜んでもらえて』
『はい!』
後ろでまだ何か言っているが、気にしないでおこう。
『はい、本当に良かったです! わたしジョージさんのファンですから!』
何やらマリアの口から妙な単語が聞こえた気がしたが気にしないでおこう。気にしたら負けだ。