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姫様と暗殺者執事  作者: 福日木健
前半戦 精神の挑戦
5/14

5話 夢を望む者がいる

 ――二ヵ月後


「ジョージ! 勝負よ!」


「ひっ、やめてください! 姫様!」


 ジョージは酷く怯えた様子で、足をガクガクと震えさせている。今までジョージの怯えた姿など見たことが無かったので、少しばかり興奮している。


「おりゃあ!」


 わたしは入魂の一撃をジョージの腹に目掛けて打つ。


 ――この四ヵ月間は長かった。ジョージをぶっ飛ばすためだけに鍛えたこの一撃。やっと、やっと、

 

「グエッ」


 浴びせることができた。


 その吐き出した声は、執事らしからぬ苦しみが入り混じった声だった。


 そう、この声よ。この声が聞きたかったんだよ!

 

「ふふーん、わたしの勝ちね」


 ジョージは腹を両手で押さえながら、身を縮めていた。


 わたしは腕を組み、ジョージを見下す。


 やっと、やっと勝ったんだ。あのジョージにやっと勝ったんだ。あの殴った瞬間はとても気持ちよかった。ジョージを殴るのってこんなに気持ちいいのね。


「これからはわたしの命令は絶対よ!」


 わたしは身を伏せているジョージに指を差し、そう言った。ジョージは苦し紛れの声で、


「は、はい。か、畏まり、まし、た」


 途切れ途切れにそう言った。


 この達成感は何なのだろう。四ヵ月間、ジョージを殴るためだけに鍛え上げられたこの腕。これからずうっと、ジョージに浴びせることができるわ。


「やっと、叶ったのね。……お母様。見てくださいましたでしょうか。やっと、ジョージをぶっ飛ばすことができました。きっとお母様が見守ってくださったおかげです。お母様、本当にありがと――」




────────────────

────────

────

──




「……夢か」


 目の前には毎日見る光景、つまり天井があった。


 最近、こういう(たぐい)の夢ばかり見る。予知夢であればいいのだが、そういうのは絶対に無いという気持ちが心のどこかにあったりする。

 

 小鳥のさえずりが聞こえる。これが聞こえるということは、もう朝か。


 今、部屋はカーテンを閉めているので薄暗い。閉まっているカーテンの隙間から朝の日差しが射しこんでいる。


 わたしはベッドから降り、カーテンの隙間から入ってくる光を頼りに窓のほうへ行き、カーテンを勢いよく開ける。

 

「うわっ」


 開けた途端、太陽の光がわたしを射す。その光は、瞳孔に直撃した。

 

「ギャァァアアアア!」


 わたしの悲鳴が部屋中に響く。


 さっきまで部屋は薄暗かった。その部屋に何時間もいたのだから瞳孔が大きく開いているだろう。その状態で強い光を見るとどうなるのか。それは……。

 

「痛イ! 痛イ!」


 目に強い光が射しこまれ、すぐに目を手で覆い隠す。


 さすがに眼球は鍛えてはいない。それを見計らって太陽はわたしの瞳孔をロックオンし、光線を発射させたのだ。さすがは太陽だ。これは尊敬に値する。一瞬のうちに遠距離から強光を瞳孔にピンポイントショットした、という偉業をなしとげたのだから。

 

 いったいどうすれば光に対して強くなれるのだろうか。明日にでもその文献を探しておこう。

 

「ダメだ。どうしよう」


 両手で目を覆い隠している状態では何も見えない。


 わたしは痛みをこらえながら考える。じっくりと考えた結果、わたしは恐ろしいことを思いついてしまった。

 

 

 ――ジョージに頼む。

 

 

 それを実行に移すのは非常に困難な話だ。だが、この状況。いったい誰が救えるだろうか。この城で医学の知識がありそうな人で、かつ、城内を歩き回っている人はジョージしかいない。この運命、いかにして変えるか。

 

……そんなこと、わたしにはできない。運命を変えることなんて誰にもできないよ。


 そうだ。運命は強大なる力だ。誰も変えることができない。もちろん、捻じ曲げることさえも。生命の死、世界の崩壊、宇宙の滅亡。それらすべて、いつか来る運命なのだ。運命に(あらが)えないならば、この痛みを引かせることのできる最良の選択をするしかない。

 

 自問自答を繰り返し、この世に望みなどないと悟ってしまったわたしは、決断を邪魔するものを取っ払って息を大きく吸い込む。

 

「ジョージ!」


 わたしは両目を抑えながら、ジョージを呼ぶために声を張り上げた。なぜか清々しい気分になっていた。


 いつもジョージに向かって声を張り上げているので、喉を痛める心配はない。いつの間にか喉を鍛え上げてしまったようだ。


 このとき、ジョージに借りを作らせてしまうと思った。瞬間、ひどく絶望した。


 コンコン


 部屋のドアを二回ノックする音が聞こえた。これはわたしがさっき呼んだジョージだろう。この場合はしょうがない。部屋に上がらせるしかない。


「どうぞ」とドアの向こうにいるヤツに言った。


「失礼します」


 ん? 誰でしょう?


 それは脳細胞が壊死するような声ではなく、美しく透き通るような女性の声だった。


 扉の開く音が聞こえたと同時にカツカツと靴を履いて歩く音が聞こえた。


 そのあとにあるはずの扉を閉める音は聞こえてこなかった。その女性は静かに閉めたのだろう。


 こんな綺麗な声をした使用人なんていただろうか。もしかして、新しく雇った人なのかもしれない。


「どうなさいました?」


 女性はわたしに心配していそうな口調で訪ねてきた。


「目に太陽の光が射しこんできて目がとても痛いの。どうすればいい?」


 その女性に目について訊ねてみる。


「そうですか。そんな悲惨なことが」


 ありがたいことに心配してくれた。最近ではわたしのことをお父様以外そういう対応をしてくれなかったので、とても嬉しかった。


「そうなのよ。どうしたらいいの?」


「でも大丈夫です。わたしであれば治せます」


 それは嬉しいことだ。この女性は医療関係の知識をお持ちになられているようだ。姿は見えないが、きっと見た目と性格はわたしのように美しく、しとやかでうるわしい女性に違いない。


「そうなの? じゃあ教えてくださらないかしら」


「……本当に悲惨でしたね」


「そうなのよ。だから早く教えてくださらない?」


「大丈夫です。わたしにかかればすぐに治してさし上げます」


「だから早く治しかたを教えてくださらないかしら?」


「本当に悲惨でした――」


「早く教えてよ!」


 いい加減頭にきた。なぜこちらの要求を()まない! 綺麗な声だろうがわたしには全く関係ない!


「すぐに教えろ!」


 そう怒鳴り散らした。


「そんなの、唾でもつけておけば治りますよ」


 突然、今までおしとやかで綺麗で美しい口調だったのが、(いや)しい口調へと変わった。それにわたしに対してこの暴言。これは間違いなく……、


「マ、マリア?」


 わたしに対してこのようなことを言う人はこの城にマリアしかいない。

 

「正解、よくわかったね。どう? わたしの声術は」


 急に幼い声に変わった。やはりマリアだったのだ。


 声が恐ろしいほど違ったので、気づくことができなかった。


 目を覆い隠しているのでマリアの姿は見えないが、きっと腕を組みながら得意顔をしているにちがいない。

 

「それより目の治しかたは知っているの?」


「そんなのもう治っているはずだよ? どうなの、痛みは」


「え? ……あれ? 治ってる」


 いつの間にか目の痛みは引いていた。しばらく放置しておいたから治ったのだろうか。わたしにはよくわからないが。


 痛みが引いたので、今まで目を覆っていた手を外した。視界は少しぼやけているが、放っておけば治るだろう。

 

「う、うん。もう大丈夫みたい」


「そう、よかったね」


「うん」


 まだ光の残像はあるが、問題はないと思う……たぶん。そういえば、なんでマリアがわたしの部屋に来たのだろう。呼んだはずのジョージはどうしたんだ? まぁ、来なくて正解だが。


「なんでマリアがわたしの部屋にいるの? わたしはジョージを呼んだはずなのに」


「え? 知らないの? ……あ、そうか。姫様はわからないか」


 マリアは何かを納得した様子だ。いったいなんのこと? わたしは知らないって。

 

「今日、ジョージさんは休暇を取ったの。だから今日はこの城にいないの」


「え?」


 休暇? 何それ。そんなこと聞いたことがない。この城にそんなシステムがあったっけ?

 

「そんなの聞いたことないよ。この城に休暇なんてあったの? ほら、いつも使用人たちは城にいるじゃない」


 マリアは『そんなことも知らないの?』と言わんばかりの顔で、鼻で笑ってきた。ストレスが溜まった。

 

「まぁ、姫様が知らないならしょうがないか。わたしたち使用人の半数は遠いところから働きに住み込みで来ているの。ちなみにわたしもそれに該当する。遠いからなかなか家に帰れないし……だから休暇取ってもこの城にいるの。遊びにとかはあまり行かないしね。だから姫様は休暇なんて取っていることも知らないのよ」


 なるほど。そんなシステムがこの城にあったのか。初めて知った。

 

「じゃあ本当にジョージは城にいないの?」思ったことをマリアに訊いた。


「いないよ」即答だった。


「なんで?」


「何か、観光してくるって言ってたよ」


 ……あのジョージが、観光? あんなヤツが観光?


「いったい、どこに?」


 ジョージが観光しているのならば、どこへ行ったか気になるところだ。


「さあね。昨日ジョージさんに訊いたんだけど、そこまでは教えてくれなかったよ」


 マリアは肩をすくめた。使用人にも教えないとなると、いったいどこに行ったのやら。


 そんなことを思っているとき、マリアが一つの提案を言う。

 

「……そうだ。王様ならわかるんじゃない?」


 そうか、お父様か。お父様ならさすがにジョージがどこに行ったかぐらいはわかるはずだ。


「そうよね。お父様ならわかるかもしれないわね。ありがとうマリア、すぐに行ってくるよ」


 わたしはすぐに部屋のドアを蹴破り、走ってお父様のいる部屋へ行った。


『待って! わたしも!』


 後ろのほうで何か聞こえたが、気にする必要も無いだろう。

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