4話 友ほど話せる人はいない
「わたしってそんなに国民に信用されてないの?」
「そうだね。信用というか、バカにされてる」
「なっ」
わたしの目の前には長い黒髪で、わたしより低い身長で、わたしよりも……胸があり、白いTシャツを着るかわいらしい女の子がいる。まぁ、わたしのほうがかわいいが。
この女の子はわたしの使用人かつ幼なじみのマリア。良い(?)相談相手であり、国民の声を伝えてくれる使者でもある。わたしたちは今マリアの少し狭い部屋で、円型のテーブルを向かい合わせで椅子に座っている。
ちなみにこの城の使用人の部屋はみんな個人の部屋を持っていて、部屋も他国の使用人部屋よりかなり広いらしい。これはお父様が『使用人もわたしたちのために働いているのだから、自分の部屋くらいはくつろげる空間のほうがいいだろう』と言ったところから、こういうシステムが作られたとのことだ。というのをマリアに聞いただけだが。
「例えば、『あの姫様は国をまとめることができなそう』『政治とかわかるの?』『あの姫様、なかなか成長しないな。主に体が』『それが良いじゃないか。俺は小さい子が好きだぞ。……グヘヘ』という意見がある」
マリアは、意見が書かれた紙を一枚一枚めくりながら音読した。
何やら後半おかしかった気がするな。
「……ねぇ」
「なに?」
紙に目を向けていたマリアが、わたしに目を向ける。
わたしは、つい気になってしまった意見について訊くことにした。
「最後の意見、会話になってなかった? しかも何やら犯罪の匂いがする人もいたような……」
「気のせいよ」
マリアは微笑みながら、キッパリとそう言った。
「でも、最後の笑いかたは完全に――」
「気のせいよ」
またしてもキッパリと言った。再度同じことを尋ねようとしたが、マリアの目から発せられる黒くおぞましい気が、わたしの口を封じた。きっと、『これ以上訊くな』という意思表示だろう。
「……そうだよね」
そうか、気のせいか。きっとわたしの勘違いだろう。その人はただ単に子供が好きなだけ……よね?
というか、わたしがまさかそこまで国民に馬鹿にされているとは思いもしなかった。さすがにこのわたしでもある程度は勉強している。
「でも姫様はもちろん政治とかわかるよね?」
「えぇ、もちろん」
わかるわけがないでしょ。
「……はぁ、マジか」
マリアは呆れている様子で、頬杖をつきながらため息をついた。
「な、なによ」
「わかってないでしょ?」
マリアは目を細くして、ジィっとわたしを見る。
「……うん」
コクリと頷く。
どうやら知られていたようだ。なぜか昔からすぐに嘘がバレてしまう。
「それじゃあ、ちゃんと勉強していかないと」
「そ、そうだね」
きっとマリアは、お父様にでも言いつけてわたしの自由な時間を奪っていくのだろう。阻止せねば。
「そういえば――」
マリアは何かを思い出したかのように言い始める。
「――ジョージさんとはどうなの?」
……なんだ。あのストレス源の話か。
「無理ね。あの人間らしくない動きにはついていけないわ」
あの回避術、なんの書物にも載ってはいなかった。だが、似た動きをする人たちのことは載せてあった。ニンジャ? という人たちの動きによく似ている。そんなわけ無いだろうが。
「なぜそんなに殴りたいのかよくわからないな」
「あんなにイラつくヤツ、殴るほか無いでしょ」
「そう?」
疑問を抱えたようで、マリアは首を傾げる。わたしにはその首を傾げるという行為自体に疑問に感じてしまう。
「ジョージさん良い人だけどな」
え? 良い人? わたしに対してあんな仕打ちをしたヤツが?
「どこがよ。わたしに向かって投げナイフを投げる。廊下にブービートラップを引っかける。わたしの部屋に勝手に入ってくるようなヤツが良い人なの?」
マリアはそれを聞いて、目を見開き素早い速度で立ち、両手で机を勢いよく叩いた。叩かれた衝撃で机が振動し、その振動でわたしの脳が揺さぶられ、少し酔ってしまった。
「えっ! ジョージさんってそんなことをするの? あんなにわたしが皿を落として割ってしまっても微笑んで許してくれて、しかもわたしがジョージさん専用の皿を割ってしまったときも『大丈夫ですか?』って言って、皿よりもわたしを優先してくれたあのジョージさんが? ありえない!」
皿を落として許してくれる話以外何もないのか。というか最近皿の枚数が減るという噂はマリアが原因か。
「しかも――」
「もういいわ」
マリアの発言を瞬時に遮った。
「えっ」
マリアは驚いている様子だ。皿を割っても許してくれた話を打ち切られたからであろう。
これ以上、城の皿を割ってしまい皿にかかる経費がかさむ話を聞きたくなかった。すぐにでもほかの使用人に言って、すべての皿をプラスチック製にしてもらおう。そうすればある程度は心配する必要はないはずだ。
「もういいの? わたしから見たジョージさんの良いところの話は」
「えぇ、参考になったわ。ありがとうマリア」
正直、全く参考にもならない。……ごめん、マリア。そんなに頬に手を当てて、顔を振りながら喜んでくれているのだけど……、本当にごめん。
「グヘヘ、いいのよ」
いつからマリアはこんな笑いかたになったのだろう。本当に気持ち悪いし気味が悪い。
少し時間が気になったので、壁に掛けられている時計を見る。針は十四時三十分を指していた。
「あっ、そろそろだ」
「え?」
マリアは手を頬から離し、掛け時計を見た。
わたしはディナーの前に必ずトレーニングをする。理由はもちろんジョージを抹殺するために体を鍛えるのだ。そのことはマリアも知っている。しかもこの城の使用人全員、お父様、さらにはあのジョージまでもが知っている。きっとマリアがこの情報を漏らしたのだろう。口が軽い女め。
「それじゃあ、わたしはこれで」
わたしは椅子から立ち上がり、ドアへ歩を進める。そしてドアノブに手をかけようとしたとき、
「もう来ないでね」
その声のほうに振り返ると、マリアはいつも通りの無邪気な笑顔で手を小さく振っていた。
「断るよ」
わたしは微笑みながらそう返事をして、マリアの部屋から出て行った。
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ろうそく一本だけを灯し、それだけが光源である暗い部屋の中で、三人の男が小さいテーブルを囲っている。そのうち一人の男が語りだす。
「依頼が来たぜぇ」
その男は一号と呼ばれており、短い黒髪で目つきが悪く、薄気味悪い笑みを浮かべていた。いかにも悪役面を醸し出す男がそう言うと、
「……そうか」
目が死んだ男が静かに答える。この男は二号と呼ばれており、茶色で肩まで届くほどの長い髪。目には光がなく、無口であった。
「シュコー」
この男はガスマスクを被っている。理由はわからない。この男は三号と呼ばれており、何も語らず、ガスマスクの呼吸音だけで反応を示す。
「なんでもぉ、マルカ王国の姫様を暗殺してくれだとよぉ」
一号がそう言った。
なんということだ。マルカ王国の姫様と言ったらあの暴力女ではないか。暗殺されても仕方がないとは思うが、一応あの方は一国の姫様だ。殺されては国家的問題になる。
「……そうか」
二号は静かに答える。
「シュコー」
三号が頷きもせず、呼吸音だけで反応をした。
「報酬がかなり高くてさぁ。すぐに受けちまったぜぇ」
今回一号に依頼してきた者は痩せこけており、一見ふくよかそうには見えないが、依頼するとき一号に大金を見せつけた。金額はかなりのもので、三人で山分けしても一生暮らせるほどだ。それだけあの姫様を女王にしてほしくないようだ。
「……そうか」
「シュコー」
「あの姫様。王様に暴力振るったらしいぜぇ」
依頼人から聞いた情報を一号は二人に言った。
その情報は実際にあったことだ。つまり真実である。これは聞くことがない情報であり、内通者しか知りえないことだ。なぜその事を依頼人が知っているのか? それは三人には知る由もないだろう。
「……そうなのか」
二号は少し驚いたようで、目を少し見開いた。
「シュコー」
三号の表情はガスマスクで何も見えない。
「俺はあの王様、尊敬しているんだぜぇ」
一号の口から驚くべき言葉が飛び出した。二号が少し驚いたようで、目を見開いた。この男の口から『尊敬』という単語が飛び出るとは思わなかったからだ。
「……そうなのか」
「シュコー」
「尊敬できる王様に暴力振るうとは、ふざけてやがるぜぇ」
一号は拳を強く握った。それほどあの姫様のことを恨んでいるのだろう。
「殺しちゃうかぁ」
一号の顔からは憎悪に滲み溢れていた。
「……そうだな」
「シュコー」
「殺しちまうかぁ。殺しちまうかぁ。ヒヒヒィ」
「…………」
二号は黙る。
「シュコー」
三号はただ呼吸するだけで、何もリアクションを取らない。
「俺たちでやってやろうじゃないかぁ。暴君になる前に殺しちまおうじゃないかぁ」
「……そうだな」
「シュコー」
三号は呼吸音で返事した。
「どうやって殺そうかぁ」
一号は不気味な笑みを浮かべた。
「…………」
「シュコー」
しばらく、この部屋には三号の呼吸音しか聞こえなかった。