3話 敵の存在は大きかった
本気で仕留めるとお母様に誓って数日が経過した。わたしはまだ、ジョージを肉塊することができていない。
その間にさまざまなことをした。例えば廊下の角の陰に隠れてぶん殴るとか、廊下に飾られてある鎧の中に隠れて、ジョージが通ったら鎧が持っているハルバートを落とすとか、いっぱいやった。だが無理だ。すべてジョージは回避する。避けかたもまるでサーカスのパフォーマンスをしているかのように軽やかに避けるところが、またわたしを苛立たせる。
そんなことをやっても無駄だと確信したわたしは、回避術を会得することに決めた。最近では、ジョージはわたしを投げナイフや万年筆で仕留めようとする始末。それに対抗すべく特訓することに決めた。
決めたはいいが問題がある。それは特訓方法だ。今までそんなことを考えなかったので、そういう類のことはよくわからない。
それを調べるためにわたしは書庫にいた。書庫には数多くの書物が数多くの背の高い本棚の中にきれいにしまわれてある。その中から、わたしが最も欲しい本を探すが一向に見つからない。
わたしは途方に暮れていた。数万もの書物の中から欲しいものを探すというのは難度の高いものである。
「はあ」
わたしはため息をついた。今は書庫にある椅子に座っている。前方には机があり、机上には回避術の書物が積み重なっている。
多くの時間を使った結果、回避術の書物は十冊ほど見つけた。しかしそれはわたしが最も欲しい書物ではなかった。その類の文献を探して見つけたはいいが、感覚で覚えろとか、幾多の拳を交えれば自然と身につくとか、曖昧な表現でしか載せられていなかった。
さっきからずっと回避術のことを考えているが、全くわからない。特訓なんてパンチしかしたことがないのだ。そんなわたしが回避術を得るための特訓など思いつくわけがない。
そんな状況に陥ったわたしだが、あることを思い出す。それはある推理ものの小説に書かれていた文章だ。
『聞き取り調査をしなければ、なんだかんだわからないことが多かったりするのだ』
その頭に浮かんだ文章からある方法を思いついた。
「そうよ。なんでこんなこと思いつかなかったの!」
そういえば今日、この城にお客様が来ていた。その人たちに訊けば……。
わたしは立ち上がりその方法を実行するため、お客様のいる部屋へと走っていった。
『投げナイフの対処法? そんなの簡単です。ただ避ければいいんですよ。え? どうすれば避けられるかって? 動体視力を鍛えればいいんですよ。……え? 鍛えかたを教えてほしい? あの人に聞けばいいじゃないでしょうか。ほら、あの昔有名だった暗殺者のジョージ――』
『接近戦の勝ちかただって? そんなの簡単です。相手の動きを利用すればいいんですよ。……は? 利用って何だって? そんなのほら、あの昔話題だった読動術の使い手の……ほら、あの人ですよ。えーっと……そうだそうだ! ジョージ――』
ダメだ、誰の情報も頼りにならない。城のお客様として来た世界中を旅している旅芸人や世界中をまたに駆ける商人に訊いてもわからない様子だった。
すぐに情報が聞けると思ったがなかなか見つからない。世の中はイージーではないことがよくわかった。
ということでわたしは、何やら情報を知っていそうなマリアから情報を聞き出し、特訓のマニュアルを考えることにした。もちろん自分で。いつも面倒ごとは使用人に任せていたが、こんな特訓を考えられるような使用人なんか城内にいるわけない。つまりわたしが直々に考えるというのだ。あぁ、わたしって本当に素晴らしい! 天才ね!
✚✚✚✚✚
――一ヵ月後
成長したこと
特になし
わたしはこの一ヵ月を通して気がついたことがあります。もしかしたらジョージに勝てないのかもしれません。ジョージの動きが本当におかしいのです。なんですかあれは。人間を超越しているのではないかと思ってしまうくらいのあの颯爽とした回避術、投げナイフの速度、洞察力。ジョージはわたしの動きを完璧に読んでいるに違いありません。読まないとあんなことができるわけがないのです。
そんなことを考えているわたし。わたしは今、自分の部屋にいる。ジョージに初めて宣戦布告をしてから約一ヵ月。現在、零勝二十連敗。一向に勝てない。今日も負けてしまったので、わたしは日課のサンドバックにパンチの特訓を部屋の真ん中で行っていた。
部屋に吊るされてあるサンドバックにパンチを何発も打っていくうちに、徐々にムカムカしてきた。パンチを打つごとに、頭の中にあいつの顔が浮かんでくるからだ。
「あー、もう! なんで勝てないの!」
一発一発恨みと憎しみを込めながら打つ。それがいつの間にかわたしの日課になっていた。何度も打っているからか、最近サンドバックの破損率も高くなってきた気がする。
「それは仕方のないことなのです」
「うわっ!」
突然背後から、この世界から記憶と存在を抹消してほしいヤツの声が耳に入った。
少し怯んでしまったわたしだが、すぐに体制を立て直す。いつでもジョージをぶっ飛ばせるように。
「なにがよ!」
「姫様は未熟ということです。主に体が」
な、なにを。そんなことをわたしに言うなんて! この高貴なわたしに言うとは!
「なによ! これからわたしの体は成長するの!」
ジョージは少し首を傾げてすぐ、「あぁ、なるほど」と呟いた。わたしにはなるほどの意味が全くわからない。勝手に何か納得されてしまったようだ。
そして、嘲笑しながら、
「ふっ、そうですか。では、楽しみにしておきます」
と言った。そういえばこのジョージはいつこの部屋に入ってきたのだ。これは不法侵入として厳罰を与えたい!
「ていうか、いつわたしの部屋に入ったの! さっさと消えなさい!」
わたしは、試行錯誤を経て生み出した秘伝の一撃をジョージに浴びせるため、深く腰を下げ、打つ。しかし、ジョージはいつものように素早く後方に残像を残しながら、わたしの渾身の一撃をひらりとかわす。
「では」
ジョージは軽くお辞儀をしたあと、わたしの部屋から出て行った。
「……なんなのよ。あいつ」
なぜジョージが部屋に入ってきたのか。最後までよくわからなかった。
✚✚✚✚✚
太陽の光が射し込んでいる王の間を明るく照らしているとき、王は玉座に腰掛け、全身が黒い男は玉座から三メートルほど離れて佇んでいた。
「どうだ。娘の様子は」
王は男に問う。
「はい、戦闘力は着々と伸びてきています」
そう、平然と告げた。それほどまでに自信があるのだろう。
「そうか。では例の件は心配しなくてよいのか」
と男に問う。
「はい、心配ありません」
はっきりとそう言った。そして男は、何やら王の右腕を直視しながら、
「……その、腕は大丈夫ですか?」
と心配そうな口調で言った。
王は頭に包帯を巻いていた。腕には骨折でもしたのか、動かせないように強く固定をしている。
「うむ、問題はない。少し骨にひびが入っただけだ。包帯で固定しておけばいつか治るだろう。突然殴られたときは驚いたが、娘が強くなったことが実感できて嬉しかった」
王はそう言った。普通であればこんなことを言うのはおかしいだろう。だが、王はそうはっきりと言った。『実感できて嬉しかった』と。
「そ、そうですか」
男は苦笑した。
「まぁ、体は成長できてないようだが。ハッハッハ」
王は大笑いをする。
「それをあの子の前で言わないでください。次は死にます」
そう男は王に忠告を入れる。確かに男の言うとおりだ。あの姫様ならば、体形のことを言われると誰であろうと殺しにかかるに違いない。だが王は笑った。
「ハッハッハ、わかっとるよ」
本当にわかっているのかは曖昧である。このことは冗談で言ったとしても命にかかわる問題だ。
男はため息をついた。すると王は男を見ながら、
「……本当にお主に頼んでよかった」
そう言った。
「あの莫大な依頼料を出されては、そのぶん強くしてやらなければならないので」
男は微笑みを見せる。
「そうか。……直接指導しているのか?」
王は男に問う。王はそのことを聞いたことがないからであろう。
「いえ。あの子の性格上、指導というよりも怒りの感情を動かしたほうがいいと思いまして」
この城の姫様は昔から指導というものが嫌いであった。だから学びたいことは自分で調べ、やりたくないことはすべて捨ててきた。
「まぁ、指導されるのが嫌いな子だからな。怒りに任せるのも一理あるかもしれんな」
王は納得してしまった。
「はい」
「うむ、今後ともよろしく頼む」
「畏まりました」
男は頭を下げた。