11話 恨みは買わないほうがいい
――一号side
「くそ、なぜだ」
遠くから窓がまた割れる音がして、そのあとに獣のような咆哮が聞こえたと思い音のほうに行ってみると、二号が倒れているのを発見した。三号ほど怪我は酷くないが、顔を覆っているマスクに靴で踏まれた跡ができていて、タキシードが傷つき、横腹からは血が流れていた。俺はすぐ裏庭へ運んだ。
いったい、二号を倒したのは誰なんだ?
あの城に、ここまで腕が立つ者は聞いたことがない。まさか、その情報がなかったのか? もしくは侵入されても問題ないからあんなに警備が甘いのか? わからない。あの城のことがどんどんわからなくなっていく。
……こんなこと考えても無駄か。
俺は難しく考えるのをやめた。俺の目標は、二号と三号を倒したヤツを仕留める。それと姫様を殺す。それだけだ。
二号の身ぐるみを剥がし、マスクを外す。二号の顔は、ただ一点を除き傷がなかった。タキシードを着てマスクを被る。こんな格好でも城中の人間に叫ばれなかったのが運のつきだ。
城の裏口から入ることにした。裏口から叫び声が聞こえなかったので、変装がバレなかったということがわかる。
俺は、城の裏口のドアを開け、入っていった。
「またジョージさんじゃないですか」
コック帽を被った太めのおっさんが、俺に話しかけてきた。変装は苦手なのだが、このおっさんにバレていないことが幸いだと思った。
「どうしたんですか? またやられたんですか?」
またってことは、このコックは何かを知っている。聞き出そうと思ったが、俺は声真似が苦手だ。聞き出すは難しいか。
「いやあ、あの姫様はそこまで強くなったなんて」
は? 姫様? どういうことだ?
「確かにあのパンチはすごいですよ。まさか、ジョージさんに当ててしまう日が来るとはねぇ。うんうん」
コックはブツブツと情報を語ってくれる。
姫様のパンチ? 当てる? ……まさか。
嫌なことを考えてしまった。姫様が二号や三号を倒しているというところだ。でも、姫様がそんなことをするはずがない。コックの話は想像上の話だろう。そう信じたい。
「もう、ジョージさんを倒す日が来るかもしれないな」
夢物語なのだろう。そうだと思いたいのだが、酷く寒気がした。なぜかはわからない。寒いのだ。
だが、仕事は仕事だ。姫様を殺し、あいつらを倒したヤツも殺す。
それを目標に、まず初めに姫様から暗殺することに決めた。そのあとに二号と三号を倒したヤツを殺せばいい。一刻も早く行かないといけない。ということで、すぐさま食堂から出た。
『ジョージさん、怪我の手当てを――あれ? いない!』
コックの声が聞こえたが、無視した。
城の階段を上り、食堂へ行く。今の時刻は一二時二十分。おそらくまだ食事中なのだろう。その隙に殺さなくてはいけない。
階段を登り切り、右へ曲がった瞬間、俺は驚愕した。
……そこには信じられないような光景が広がっていた。壁には外へと繋がってしまった円状の穴や刃物で切られたような傷、床には血液が付着している。場所から見て二号が落ちたのだろう、窓が割れていた。
俺は思った。
そうか、ここで二号はやられたのか、と。それを冷静に判断してしまった。そっと、足音を立てずに歩き、食堂のほうへ行く。そこも廊下ほど酷くはないが、窓が割れ、液体が入っていただろう皿が逆さに落ちており、赤い絨毯に液体が染みついていて色が濃くなっている。床一面には白い靄が溜まっていた。その気体は少し温かかった。
ここで三号が……。
ここで三号がやられた。それだけでも怒りという感情が現れるが、二号もやられたのだ。怒りが込み上がる。許せない。あそこまでした野郎が許せない。
突如、背後から人ならざる気配を感じた。すぐさまそこから離れる。
俺がいた場所には人が見えた。あの気配は人だったのだ。あれは人でない気配だったはずだが。
そいつはフリルの付いたクリーム色のドレスを着ており、長い金髪で成長していない体だ。さらに、口元からは白い靄のようなものを吐き出していて、目からは淡い赤褐色の光を帯びていた。そいつは手を握りしめ、腕を前に伸ばしていた。その状況からして、俺に目掛けて一撃を放とうとしたのだろう。
その人の姿を見たとき、俺は動揺してしまった。
あ、ありえない!
あのコックの話は本当だったのか。こんなもの、信じることなどできるわけがないだろ!
そいつは姫様だった。顔は貰った顔写真に似て似つかない。
「……ナンデ?」
姫様の口からは狂気が交じり合った声が俺の耳に入る。その声は伝説上の魔王のように太く重い声だった。
「ナンデシンデナイノ?」
おしとやかさを微塵も感じない。ただの凶悪な獣のようだ。
「ナンデシンデナイノォォオオオオオオオ!」
姫様の姿をした獣は黒々とした殺気を一気に周囲に放つ。そのせいか、全身がピリピリとして痛い。
刹那、獣が俺に目掛けて突進してきた。そして、勢いよく一撃を放とうとする。獣の目は腹を狙っていた。
懸命に獣の後ろに避けた。と同時に突然横腹が痛み出す。
「ぐっ」
声を漏らさないようにする。腹を見ると、そこからは刃物で切りつけたような傷ができており、血が少量流れていた。
なんだ?
わからなかった。なぜ回避したのに怪我をしているのか。俺は姫様の連撃を避けながら考えた。すると脳にある画像が映し出された。それは二号の腹の傷だった。
あの傷はこれだったのかよ。
獣が一撃を繰り出すたび、腹に傷ができる。痛い。だが、遠距離ならどうだ。
俺は後ろに走り、獣から距離を取る。走りながら投げナイフを一本持ち、獣に目掛けて投げる。当たると思ったが、獣は残像を残しながら避け俺に向かって走り出す。
「グウオォォォォ!」
けたたましい咆哮とともに、俊足で駆けてくる。さらに後方へ逃げようとしたが、そこは壁だった。獣は近づいてくる。パンチを繰り出すため、構える。そして壁に向かって打った。危うく回避することができた。ギリギリまで引きつけ、左に回避したのだ。
ドンッ!
右から壁を叩きつける音が聞こえた。それを見る。そこには腕を伸ばした獣がおり、壁が円状に穴が開いていた。
そうか。これがあの穴だったのか。
獣から気をつけないといけないものは、あのパンチだ。だが、そんな獣には弱点がある。パンチをしたあとに少しだけ隙があるのだ。そこを狙い、首をかっ切る。そのために獣にはパンチをしてもらう必要がある。
腰からナイフを取り出す。見た目はみすぼらしいナイフだが鋭さは高級品だ。獣は俺のほうに向き、一撃を放つ。バックステップで回避したが、やはり腹に傷が入る。ここで獣が隙を作る。
今だ!
持っていたナイフを獣の首元に目掛け刺す。しかし、予想外なことが起こった。
「――っ」
獣は足を使ったのである。足を勢いよく上げ、俺の腹に直撃する。かなり吹っ飛ばされ、壁に激突して落下した。
くっ、い、痛い。
気を抜くと意識が飛びそうになる。鳩尾に当たらなかっただけでも運がいいものなのか。
「ヒ、ヒヒヒヒヒヒ!」
急に獣は魔女のような高笑いを見せる。開けた口からは白い靄を出している。
「タノシイ! タノシイ!」
獣は白い歯を見せ、叫ぶ。
狂っている。これが一国の姫様かよ。
「キモチイイ! キモチイイ!」
頭をぐるぐる回しながら、叫ぶ。
人を殴るのがそんなに気持ちいいのかよ。
「ハハハハハハッ!」
獣は笑う。笑い出す。
「……いいだろう」
俺はゆっくりと立ち上がる。今まで声を漏らさないようにしていたが、とうとう出してしまった。
「殺してやるよ」
ナイフを逆手に持ち、構える。
「殺してやるよ!」




