第一話 勇者専門広報担当員試験当日
戦闘シーンが欲しかったので、話を割り込みさせていただきます。
―試験当日―
「終了!ペンを置いてください」
そう、試験官の声が聞こえた。今は、勇者専門広報科の筆記試験が終わったところだ。今は13時ちょうど、この後、昼食を食べ、1時間後の14時から基礎戦闘力試験を行う。
勇者専門広報担当員は、知力だけでなく、体力、戦闘力、交渉力、サポート力、教育力など様々な力が必要だ。才能"勇者"を持つ若人たちをより強くするため、また、その様子を観察し、世間に伝えるために必要だからだ。
当然、試験は1日では終わらない。今日は、午前中は筆記試験、午後は、基礎戦闘力試験を行う。これは、敵と遭遇した時に、適切な行動を取れるかどうかを見る試験だ。最初は身体能力のみでの戦闘、次に魔法のみでの戦闘、ただし、移動のために動くことは許可させている。最後に、身体能力と魔法による複数対1の戦闘である。
僕は、この試験を受けている受験者のうちの1人、ゼレス・ミラージュだ。
次は、僕の得意な基礎戦闘力試験だ。倒す必要は無いが、どんな相手であろうと、倒して受かってやる。
そして、昼食を軽く済ませた後、ついに基礎戦闘力の試験が始まる。
試験官らしき人が、
「これから、基礎戦闘力試験を始める。今回の受験者は37名。他の科と比べれば少ないが、ここではさすがに多い。よって、既に受けた筆記試験を採点した。その中で最低基準に満たない者はいくら頑張っても意味が無い。よって、ここで試験を降りてもらう。不合格者は、7名。今から呼ぶ者は帰っていい」
ふむ、なかなか合理的な試験だ。落ちるのがわかっているのに受ける必要は無いからな。
当然だが、7名の中に僕は入っていなかった。しかし、落ちた7名の中に国家公務員学院の広報学部の知り合いが6人いた。後の1人は、去年も落ちたやつだろう。
勇者専門広報担当員の試験を受けるには、国家公務員学院の卒業見込みがある3年生の者か、卒業資格を持つ者の中で20歳以下の者しか受けることができない。"勇者"が長く活動出来るようにするため、勇者専門広報担当員が先に引退しないように、なるべく近い年齢でないといけない、という規則がある。
つまり、最大3回しか試験を受けられないのだ。他の科と比べても緊張感が違うだろう。
残った受験者を見て試験官が
「今回は多いな。大体筆記試験で1年目のやつがもっと落ちるはずなんだが。今回はなかなか優秀だな」
すると、ある受験者が
「すみません。質問よろしいでしょうか?」
「ん?かまわんぞ?」
「なぜ筆記で1年目の受験者が落ちるはずと言えるのですか?」
「簡単なことだ。1年目で落ちて、アルバイトとして、広報局で働いて情報を集めないと分からないような問題が多くあるからな」
確かに情報収集は大変だった。ただ、難易度の高いものでは無い。だが、この質問した先輩は気に食わなかったようだ。自分が去年落ちた理由を今になって知ったからだろう。
「っな!?そんなの横暴です!試験として成り立っていないのではないですか!」
「だが、1年目でちゃんと受かっているやつはいるぞ?それぐらい出来なければ、勇者専門広報担当員になどなれまい」
「っ!?分かりました。失礼しました」
しかし、今更気付くとは。受かったなら、気づいていてもいてもおかしくはないんだが。まあ、その程度なら僕の敵ではないな。
「変な質問が出たが、他に質問のあるやつはいないか?―――試験についてだが、受験者数が多いため、複数対1は後日行うこととする。日程は、今日の試験に受かってから聞いてくれ。今日の試験については10棟の訓練所を借りているので、3人ずつに別れて行う。呼ばれた者順に並んでそれぞれの訓練所に移動してくれ」
次々と受験者が呼ばれていく。
僕は第13訓練所か。
さっそく案内してくれる人について行って、訓練所に向かう。
僕以外の2人はさっきの質問先輩と眼鏡をかけた細いやつだ。
2人を観察していると、質問先輩が
「お前1年目だよな、去年は見てないし。どうやって情報を集めた?」
「情報収集の方法は秘密です。ただ、前もって情報収集のための準備はしてましたけどね」
「ふん、そうかよ」
そう言って、僕から離れて先をいった。
しばらく歩くと、第13訓練所に着いた。案内人が
「筆記試験を通った君たちなら知ってはいると思いますが、勇者専門広報担当員が戦闘で必要な行動は、勇者の活躍を情報収集をしながら、生き残り逃げること。よって、訓練所に門を構えます。制限時間まで逃げ切るか、この門をくぐれば、合格とします。身体能力の試験は、30分、魔法の試験は、20分を制限時間とします。一応、倒すのもありだけど、まあ、無理だと思っておいて。それで、誰からやる?」
ふむ、先にやって倒すことで後の2人に心理的なプレッシャーを与えることが出来るか。
「はい。俺がやります」
「それでは、ゼレス・ミラージュ君からですね。訓練所の中央にいる彼が身体能力の試験官です」
そこにはムキムキの体に金属の鎧を纏った大柄な男がいた。
ふーん、こんなものか、大したことないな。
「武器は木製武器、防具は金属でも可、持ち込みの武器や防具は先にこちらに見せてください。確認します。ああ、彼は見ませんのでご安心を」
さすが勇専、持ち込みが許可されているとは。持ってきておいて良かった。
武器は短剣でいいし、防具は持ち込みがあるからつけない。
問題は何を持ち込み武器とするか。糸は複数対1のために取っておきたいし。とりあえず、拘束のためのロープと目くらまし用に煙玉は持ち込もう。後は、毒針持ち込みたいけどダメだろうな、睡眠薬だとしても。
結局僕は武器に短剣を選び、持ち込みの防具として籠手とローブ、武器はロープと煙玉を見せて、許可をとる。
「それでは、ゼレス・ミラージュの試験を開始する。始め!」
相手の試験官の武器は両手斧。その筋力を生かして強力な攻撃を絶え間なく、続けることが出来る。ただし、回避はそう難しくない。とりあえず、回避に専念する。
この間に相手の情報集める。
すると、あることに気づいた。
回避する時に左に避ける、つまり、試験官の右側に避けると一歩下がり、すぐさま横払いをしてくる。試験官の左側だと蹴りや斧の柄での攻撃もある。
おそらくは右目に負傷を抱えていて、右側にいる相手を警戒しているのだろう。
そうしているうちに、ずるずると下がりながら、後ろの壁まで来た。
「もう避けられねーぞ!」
試験官が斧を勢いよく振り下ろす。
―案内人?―
私は勇者専門広報担当員の試験を見ている。当然、受験者の能力を確認するためだ。
案内人がなぜこんなことをするのかって?
それは、案内するだけの仕事だけでは効率が悪いから。さらに言えば、魔法の試験の試験官も務めている。これは、案内をするだけの関係なさそうな者でもしっかりと力量を測ることが出来るか見るためだ。
さらに、持ち込みの武器を出させることで、相手の手の内が分かり次の魔法の試験に生かせるということだ。
それぐらいクリアしてもらわなければ、勇者専門広報担当員になどなれはしないのだ。
さて、ゼレス・ミラージュ君はどうかな?
持ち込みの武器を見るに搦手を得意とし、防具からも分かる通り回避型でしょう。魔力量は、大体でしかわからないけど、戦闘をする者の中の平均よりは上と言った所でしょうか。
ただ、魔力がとても静かに流れている。いや、より正確に言うと、常に体に流れている魔力から感じる波のようなものが規則的に感じる。
魔力とは、誰もが持っていて、常に体に流れている。魔術師はそれを支配して魔法を使うのだ。
そして、魔力には波があり、普通は不規則に波うっている。さらに、魔力量が多い者は、その振幅が大きいが、彼は魔力波の振幅はそこそこだが、不規則ではなく、ほぼ一定なのだ。
それは、魔力操作にとても長けていることを示す。なるほど、なかなか厄介な受験者ですね。
ちなみに、魔力波を感じることが出来るのは、私だからであって、他の魔術師には、ほとんどできないのです。才能"魔力波感知"を持つ私だからこそだ。まあ、その上位互換と言われる才能"魔力視"というのがあるが。
いや、今は試験に集中しなければ!しかし、回避ばっかりですね、ゼレス君は。
ロープや煙玉はいつ使うんでしょう。そう言えば、まだ短剣も使っていませんね。あ、後ろの壁まで来た。これはもう無理ですね。うーん、残念です。一度手合わせしてみたかったのですが。
ついに、身体能力の試験官である騎士が斧を振り上げ、叫びました。
「もう避けられねーぞ!」
、、、あれ?いつの間にか、試験官がうつ伏せに倒れ、ゼレス君が短剣を首に当てています。すると、
「俺の負けだ。ゼレス・ミラージュ、合格だ」
ええっ!?
―身体能力の試験官―
全く、恐ろしい観察眼だ。今までの攻防で俺の右目が良くないことに気づきやがった。
最後は、斧を振り下ろす瞬間に懐の右側に入り込まれ、膝を崩して首に短剣を当てる。さらに、押し倒して動けなくした。
まだ、試験初日だが、こいつは受かるだろうな。
さて、少し休んだら後の2人を相手しますか。
―ゼレス・ミラージュ―
案内人が驚いていたが、合格ならそれでいい。
次に、質問先輩は直剣と盾を持って相手をしたが、僕のように倒そうと思ったのか、攻撃を何回もしていた。
しかし、あえなく敗北。斧の攻撃をガードしたが、その勢いに耐えきれず、吹き飛ばされた。
メガネ先輩は、逃げ回っていたが、30分も体力が続かなかったのか、途中でぶっ倒れた。トレーニングとかしなかったのだろうか。
とりあえず、この時点で2人は脱落、魔法の試験は僕だけになった。
すると、案内人が
「魔法の試験官は私です。先程と同じように持ち込みするものを身体能力の試験官に見せてください」
やはり、彼女が魔法の試験官か。僕には、魔力を可視化して見る力がある。それによって、彼女の魔力量やその流れを見ていた。
あれは、宮廷魔術師レベルの力を持った者が纏う魔力だ。
とはいえ、魔法は得意分野だ。過去に色々してきたからな。
今回も倒してきっちり合格だ。ちなみに持ち込みは無しだ。
「武器は無しで良かったのですか。魔法の操作を高める杖などは持っても構いませんよ」
「大丈夫です。魔法で負ける気はありませんので」
「そ、そうですか。せいぜい後悔しないことですね」
頭に怒りのマークを浮かべ、何か小物みたいなことを言ってる。
お互いに準備ができると、先程の試験官が
「2人とも、準備は良いか。それでは、始め!」
僕はまず無詠唱で土針の魔法を放つ。魔法は手から出した魔力を変換して魔法にするのが基本だが、魔力操作が出来れば足からでも多少離れていても魔法に変換できる。
土針は地面に魔力を流し、それを操作して地面から針状のものを射出する。
今回は試験であるため、針の先は丸くしてある。
無詠唱といきなりの地面からの攻撃に驚いたのか、案内人、いや、魔法の試験官は咄嗟に飛び退いた。何か魔法名を言いかけていたが、今ので魔力が乱れキャンセルされた。
しかし、今ので決めれると思ったんだが。直接当てるならともかく、相手を囲うようにしたのに、避けられた。相手にもなにかあるかもしれない。
試験官が逃げた先に同じように土針を射出する。さらに、地面から出た土針を操作して追い詰めていく。
しかし、何度かやっているが、当たりそうもない。魔法の発動速度はこちらの方が早いため、試験官が魔法名を口にする前に土針を射出する。
もちろん、そのままでは、慣れられてしまうため、針の先から水魔法で水槍を放ったり、火魔法で火槍を放ったりしている。
また、離れすぎると魔力は届かない。魔法に変換したり、魔道具を使ったりすれば、ある程度は伸びるが、今は身体強化の魔法を自分にかけて一気に近づく。
それでも、さっきからそれを繰り返しているが、なかなか捕まらない。無属性の身体強化やシールドは無詠唱で使えるか、それも捕まえられない一つの要因だ。
それに、何より魔法が来る前に察知しているようだ。おそらくは魔力感知系の才能を持っているのだろう。
少し趣向を変えて、四方向から土針を射出する。しかし、その中の3つは幻影魔法よる偽物だ。
本当は全てを土針にしても良かったんだが、流石に操作が難しく、試験官に怪我をさせてしまうと思ったからだ。
しかし、これも避けた。しかも、ちゃんと本物を見分けて、だ。
これで確信した。
「"魔力波感知"ですか。なかなか良い才能をお持ちで」
「なっ、なぜそれを!?」
試験官は驚いているが、ここまでヒントがあるのに分からないはずがない。
魔法の試験官の彼女は、才能"魔力波感知"を持っている。
"魔力感知"では、幻影と土針を見分けることが出来ず、"魔力視"は、見えれば最強だが、見えない後ろの幻影には使えない。
道理で未来予知のように避けることが出来るわけだ。"魔力波感知"は、魔力から魔法への変換を波として感じることができるため、それによって避けたのだ。
いや、確かにできるが、魔力波は不規則なことが多く、魔力から魔法への変換や幻影を見分けることは、たとえ"魔力波感知"を持っていたとしてもかなり難しい。やはり、相当の訓練をしたのだろう。
仕方ない。身体強化した体で試験官に一気に近づき、全方向から大きめのシールドをはり、閉じ込める。そして、それをどんどん圧縮していく。
物質化した魔力を圧縮していくのは、かなり神経を使うが、その効果は絶大。そう簡単には、崩せない。
あとは、土魔法の土牢獄でシールドごと完全に閉じ込める。
あっ、これでは倒したことにならないな。仕方ないので、圧縮したシールドをゆっくり解凍して、地面から土針を出して中で拘束。今度は土牢獄を解除し、捕まっている試験官に手を向け、
「俺の勝ちですね」
「くっ!?・・・・・・負けました。ゼレス・ミラージュ、合格です」
試験官の彼女は、とても悔しそうだ。かなりの自信があったのだろう。もちろん、宮廷魔術師だと思われる彼女は、自信があって当たり前だが、相手が悪かった。
その後、身体能力の試験官が、
「すごいな、お前さん。体の動かし方だけでなく魔法も一流だな。それより、よく気づいたな、俺の右目が悪いことに。なるべく悟らせないようにしていたんだが」
そう言ってきたので、理由を教えると納得したのか、大きく頷いていた。
「今日の試験はこれで終わります。後日の試験日程は、学院に知らせるので、常に情報網を巡らせておくように。それでは、帰ってください。今すぐに」
嫌われてしまっただろうか。しかし、問題ない。今日の試験は無事合格した。それでいい。
彼女の言う通り、僕はさっさと宿に帰った。