田中よ、俺はお前の事を格上と認めてしまったかもしれない。
「羨ましい、嫉妬しちまうなぁ」
クラスメイトの田中が、俺の通知表を見るとそう言った。
「いや、運が良かっただけだよ。それに、学校の勉強なんて社会に出ても役にたつかどうかわかったもんじゃない」
「それでもすげぇよ。さとちゃん、授業中に寝てばっかりなのに、五がいっぱいで四が二つなんて普通は取れれねぇよ」
「たまたまだよ、たまたま」
笑いながら謙遜するが、内心は褒めたたえてくれ、俺に嫉妬してくれという気持ちでいっぱいだ。
嫉妬されるということほど、自分自身の自尊心を満たすものはない。
嫉妬されるということはネガティブなイメージがつきまとうが、俺はそうは思わない。
格下に嫉妬する奴はいない、というのがポイントだ。そう、嫉妬するのは常に、優秀な奴つまりは格上の奴にしか嫉妬しない。
と、いう事は、嫉妬された時点で相手は俺の事を格上だと認識していると言っても良い。
誰かから嫉妬されるたびに、俺は強い優越感に浸ることができるのだ。
「さとちゃんって、家でどれくらい勉強してるんだ?」
「ん、教科書をざっと見るくらいかな?」
「それで覚えれるのかよ! その脳みそ俺にくれよ!」
これはもちろん嘘だ。実際は授業中の音声は全て録音し、そのうえで授業でやった内容を完全に理解するまで復習している。
教科書も二冊買い、一冊は新品同様のまま学校に持ってきて、勉強していませんよと周りにアピールするために使う。
もう一冊は家で勉強するために使っている。そちらの方は手垢と赤線で酷く汚れているうえ、使い方も丁寧とは言いがたいので、表紙の紙がティッシュのようによれよれになってしまった。
だが、こういった苦労も「嫉妬しちゃうなぁ」の一言をもらうためと思えば、苦ではない。
相手に格上と思われることほど、素晴らしいことなんてないのだから。
「ねぇ、田中、ちょっと良いかしら?」
クラスメイトの寺口だ。肩まで伸ばした髪の毛から、ふわりと桃の香りがする。
「なんだよ、学校では話しかけてくるなっつってるだろ?」
田中が迷惑とでも言いたげな語調で返事を返す。その顔には少しではあるが、焦りと照れが見える。彼は女子と遊ぶことを軟弱と思っている節があり、それを気にしているのだろう。
「通知表も返されたし、これから休みじゃない。休みになったら水着、一緒に買いに行くって約束でしょ? 早速、今日買いに行きましょうよ」
「あー……そういえばそんな約束をしたような……しなかったような……けど、海に行くのは二週間くらい先だろ? そんなに急がなくてもいいだろ」
「ダメよ、田中ってば、いっつもそう言ってギリギリまで粘るじゃない」
彼女は急に俺の方を振り向くと、その桜色の唇を動かした。
「そういうわけだから、田中は借りていくね。また夏休みが終わったら会いましょ」
そのまま、寺口と田中は教室から出て行ってしまった。後には通知表を握りしめた俺だけが残った。
田中よ、俺はお前の事を格上と認めてしまったかもしれない。