ヘタレ二刀流
ここは首都ウィンセントの名門校として有名な、私立ミネルウァ学園。この話は、そんな名門校に通う中等部一年生の二人の間で起こった、小さなとある出来事。
それは二人の今後の運命を、大きく変えることになる……のかも、しれない。
体育の授業が始まった。開始五分。
俺は、重大なミスを犯してしまったことに気づいた。
「おい!ザイン!鍵当番なのにも関わらず、教室の鍵を閉め忘れたとはどうゆうことだ!」
先生が俺を思いっきり怒鳴りつける。
周りには嘲笑が広がった。
「……す、すいません。閉めてきます」
「流石はヘタレザインー!ハハハハ!」
俺はザイン。私立ミネルウァ学園中等部一年二組。
人は俺を、『ヘタレ』と呼ぶ……。
「もう鍵当番なんて引き受けるんじゃなかったよ……」
ドアを開けた瞬間。想像を絶する事態が起こった。
「……ふひあっ!?」
人が居たのだ。
しかもそこに居たのは……クラス一の剣豪で男子を泣かすほど気の強い、ユイであった。
そして彼女は今下着姿である。これは大変マズイ。
俺は思わぬ出来事に、唯を見つめたまま足がすくんで動けなくなってしまった。ヘタレである。
「っきゃあぁ!み、……見るな!! あっち行け!! ……ほら!! 早く!!」
あれっ……思ったより可愛い反応……?
その甲高い高い声は、普通に女の子であった。
「……ごっ……ごめん……」
咄嗟に謝ったが、ユイの反応は薄い。
「ごめん、ってことは……見た?」
……何も言えなくなる。
「やっぱり見たよね!? 最悪!!」
「ご、ごめ……」
「もうちょっと成長してからって思ってたのにい!最悪過ぎる!もー!」
……はい?
俺は、ユイが何を言っているのか全く分からなかった。唯は制服を持って、必死に体を隠す。
「は、早く行けよ……!!」
「え……」
「え、って何だよ!え、って!……そ、そんなに見たいのかよ!!この、思春期!! ヘタレザイン!! 」
“この、思春期!!”って酷い罵倒だなあ……。
いや、"ヘタレザイン"も充分酷いが。それは慣れている。
「いや……いつもみたいに、決闘で叩きのめす、とかしないのかなって思ってさ」
するとユイの顔は真っ赤になった。
「……な、何だよ!叩きのめされてえのかよ!? このヘタレが!! 」
「え、あ、いや……ヘタレ関係なくない?」
「服着るから外出て待っとけ!ヘタレザイン!! 」
あちゃー。これはやってしまったな……。
ユイは静かに教室から出てきた。
俺は今から殺されるのか……。
「と、ところでさ……ユイさん……」
「あのさっ!」
「はいごめんなさい!」
思わず謝ってしまう。怖いぜ怖いぜ!
「……ユイでいいから」
はい?さっきから意外な反応だらけである。
「ゆ、ユイ……なんで授業中なのに、教室で着替えてたの?」
「そ、そっち……ザインは?」
「いや、鍵当番で鍵閉め忘れたから……」
「あぁ……だから開いてたのか……」
そこで俺は初めて、ユイの異変に気づいた。
顔色が悪く、頬が高潮している。心なしか、目がうつらで焦点があっていないように感じた。
まさか、と思い、俺はユイのひたいに手を当ててみる。
「お前熱あるんじゃ……」
「……ふぁ!? や、やめろよ!風邪っぽかったから……」
ふいにユイの足元が揺らぎ、彼女は倒れそうになる。
「……あぶねっ……」
俺は慌ててユイを支えた。
「……ごめん私……フラフラして……風邪っぽかったから授業早退させてもらったの……」
「そうか。ちょっと今、誰か呼んでくるから……」
ユイを床に座らせて、壁にもたれさせて、俺がその場から離れようとした、そのときだった。
「……行かないで」
授業中の、誰もいない廊下にその声は弱々しく響いた。
「えっ……唯?」
「いかないで。一人に、しないで……。そばに居て……ザイン」
迂闊にもちょっと可愛いと思ってしまった。
これがあの剣豪、男なら誰でも恐れる唯様である。
……おんぶして保健室まで運ぶしかないかな、と思った。
女の子をおんぶするなんて、したことないけど。
「……乗って」
「え?」
「保健室まで連れてくから」
ユイの身体は、妖精なんじゃないかと思うくらい軽かった。
「風邪ね~。最近無理してたんじゃない? 入学して、環境もいろいろ変わったものね~」
保健の先生は言った。
ユイはベッドでスヤスヤと眠っている。
「運んできてくれて、ありがとうね。もう授業に戻っていいわよ?」
「はい。あの……後でまた見に来ますね」
「うん!見に来てあげてね」
俺は走って運動場へ戻った。
「遅いぞザイン!! このヘタレが!! サボろうとしてただろ、お前!!」
今度は先生に叩かれた。
俺はよろけて、周囲からはまた嘲笑である。
「サボろうとしたのにビビッて戻ってきたんだろ!ヘタレザイン!」
クラスの気の強い連中がからかう。
「……鍵、閉めましたけど」
「当たり前だ!!」
もう一発叩かれた。強めに。
「お前のせいで二十分も押したんだからな!! 準備体操もお前が仕切れよ!! このヘタレ!! 」
「は、はい……」
準備体操をしている間も、その後の授業も、俺は唯のことが頭から離れなかった。あの紅潮した頬と、“いかないで”“そばにいて”と言ったときの顔……。
……あいつは案外、可愛い奴なんじゃないか?
授業が終わると俺はすぐに保健室へ向かった。
体操着のままである。ユイは起きていた。
「おー。大丈夫だったかー?ユイ」
「ばっ……ザイン!!! 何だいきなり!! 八つ裂きにされてぇのか!?」
……いつものユイ様再来である。
最初の“ばっ”が可愛かったが。
「どうしたー?布団に顔うずめて。赤いぞ?」
「……これは熱があるからだ!! 違うの!!」
「何が違うんだ?」
「もーー!! 風邪じゃなかったらメッタ刺しにしてたのにー!!」
「風邪なんだからゆっくり寝とけよ?……それと、助けてやったのにその態度はねえだろ?」
「はっ……そうでした……。あの、さっきは、……あ、あ……」
何を思い出したのか、ユイの顔はさらに赤く染まる。
「……八つ裂きにしてやるうう!!」
笑ってしまった。
何だこいつ、普通に可愛いじゃねえか。
「……いや、そうじゃなくて、そこは普通にお礼言えよ!!」
この三日後俺は、剣術練習で本当に八つ裂きにされかけたのであった。まあ、その話はまた今度。
おわり