第一譚
子供が捨てられているというのも大してめずらしくない。
都市では産業の機械化が進行し、失業者があふれ、金を持つ人間がより豊かな暮らしをしてるという。
朝の新聞が夕方に届くような田舎村には関係ない話だと住民は高をくくっている。
自給自足ですべてまかなえるここでは確かに心配にはならないのだろう。
ひと昔以上前の古いつくりの家がわずかに立ち並び、周囲を山に囲まれたこの村には、いつの時代に作られたものか、外観は年数相当に傷んではいるが、村にはとてもにつかわない随分と壮大な教会がある。
住んでいるのは壮齢のシスターがひとり、そしていろいろな事情から身寄りのなくなった子供たちだ。
吹く風が身をかがませるほど寒くなってきた初冬のある日、深夜遅くに教会の聖堂のずっしりと質量のある木の扉をノックする音がシスターの耳に聞こえた。シスターは聖堂の横にある礼拝室から姿を現し、音のするほうへ向かう。
「このような夜更けにどちら様でしょうか。」
返事はない。
人の気配もない。どうやら立ち去っていったらしい。
そう思って礼拝室に戻ろうと歩き出したシスターだったが、戸の向こう側で小さな声、赤ん坊がぐずるような声を聞いた気がした。
戸に近寄り耳を傾けると、やはり幼い子供の声が聞こえるのだ。
慌てて戸を開けてみると、毛布に包まれた赤ん坊が捨てられれていた。
シスターはそっと赤ん坊を抱きかかえ、顔を隠している毛布をやさしくめくる。
「っ!」
彼女ももう長いこと教会ではたらいていて、悲しいことだがこうして捨てられていった子供たちを数多く保護してきた。しかしこの子はほかの子とは随分とちがった。
赤ん坊は顔を覗き込んだシスターを大きく見開いた真っ黒な目でじっと見ているのだ。まだ言葉も話さないだろう齢の子供はこんなにも鋭く冷たい目をしているのだろうか。まっすぐに覗き込まれた彼女はしばらく目をそむくこともできなかった。なんて深い目なのか。
はっとしたときには赤ん坊は彼女の腕の中で大きな瞳を閉じ、眠りについていた。
シスターは赤ん坊を大事に抱えなおし、宿舎にある自分の部屋に連れて行った。
暖炉に薪をくべ、椅子をその近くにもっていき赤ん坊の冷えたからだを暖かい明かりにくぐらせた。
彼女は抱きかかえた赤ん坊が毛布越しに何か固いものを持っているのを感じた。
赤ん坊がめを覚まさないように慎重に毛布をめくる。
現れた小さい指には、ひどく恐ろし気な雰囲気を漂わせる指輪がはめられていた。
この子には邪魔だろうと思った彼女は赤ん坊の指から指輪を外してやろうとしたが、指輪は指にピッタリとはまっていて全く抜ける気はしなかった。
しょうがない、とあきらめたシスターは自分のベッドの横に急ごしらえのゆりかごを用意し、赤ん坊を寝かせ、自らも横になって目を閉じた。