プロローグ
小さな雑貨屋の主人に教えられた、街から北に向かって続く一本道をもう二時間は歩いている。
気難しそうな店員はタバコをふかしながら確かに、この道を歩いていればそのうち見えると言った。
そもそも道と呼ぶには随分なものである。
林の比較的開けた場所に、二人も並べない程度の幅で背の高い草が刈り取られ、まばらな大きさの石がポツンポツンと埋められているだけの立派な道だ。
「どうやらあの主人に、適当なことを言われてあしらわれたらしいな」
つと口にしたセリフは、遠くに見える山影にちょうど姿を隠した夕日に誘われ出たものかもしれない。
人を探して街から街へ旅してきた者には、よそ者を煩わしく思う住民の態度も慣れたものだ。歓迎してくれる街もそうでない街も、だいたい同じ数だけ経験している。
しかし困った。
さすがに見知らぬ土地で人も建物もない郊外を、暗闇の中歩き続けるのは気が進まない。いくら旅慣れているからといって、むしろ旅慣れているからこそ、不用心な行動の招きうる結果を知っているつもりだ。今晩はもう休息したほうがいいだろう。
とは思ったものの、日が落ちる前に目的を果たして街に戻るつもりでいたから野宿の用意もない。
「仕方ない。使ってしまうか。」
開けた場所を探し薪を集め、深く深呼吸をし、思いのほか無骨な指にはめられていた指輪を大事そうに外す。なにかの右手をかたどった装飾が施されている。
指輪を固く握りしめ、意識を強く集中させる。
―全なる父よ、御右手に宿られたし御力をもって、我が信心に応えられん―
その瞬間、指輪は握っていられないほどの熱を帯び、手を透けた赤い光が辺りを照らした。すぐに光は消え、手の中の指輪は熱を発しなくなる。
ゆっくりと手を開くと、あったはずの指輪が消え、薄く純粋な色をした炎が手のひらの上に現れた…
薪に火を灯すと、そのそばに横になり、火の絶えず動く様子を眺めながら静かに目を閉じた。
その指には、消えたはずの指輪がいつの間にか元通りにもどっていて、暗闇に映える穏やかな炎をぼんやりと映していた。