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浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
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第十四話 両国内の現状

 グランヴァール王国南部の野原で、クラウドは2000の兵の一団を率いていた。深夜、あたりは静まり返っている。クラウドの眼差しの先にはカルデブルグ軍の野営があった。今日が3回目の夜襲だ。これまでの二回の夜襲で、クラウドは鳴に言われた通りに攻撃を仕掛けて、相手の防戦準備ができたらすぐに撤退するという戦術を実行していた。

 さらにクラウドは、自分のアイデアで、20000の兵士を10の部隊に分け、それをさらに5つに分割して、隔日で夜襲を分担していた。それは兵士に疲労を蓄積させないためだ。相手の士気を削ぐためには、一晩中夜襲を仕掛けなければならない。そのため、夜襲部隊も一睡もすることができない。二つに分けて、隔日で分担することで、一方の部隊は一日中休息を取れるというわけだ。

 部隊を10にまで細分化したのは、カルデブルグ兵全てを疲弊させるためだ。一つにしてしまえば、必ず夜襲にムラが出る上、統制が難しい。これでは相手の士気を削ぐことも、すぐに退くこともできない。10に分けて、遍く夜襲をかけることで満遍なく攻撃ができるということだ。

 クラウドが相手の野営の様子を伺っている。カルデブルグ兵はすっかり眠りこけているようだ。クラウドは今が好機と判断して、攻撃準備をする。


「お前達、準備はいいか?」


 クラウドの呼びかけに周囲の兵士たちは応じる。


「よし、それでは攻撃を仕掛けるぞ! 前回と同じように敵が戦闘準備に入ったら即座に撤退すること! あくまでも我々の目的は敵兵を疲弊させることだ! それでは行くぞ、全軍突撃!」


 クラウドの勇ましい号令に呼応して、歴戦の兵士達が猛々しい雄叫びをあげながら敵の野営に突進する。全員歩兵で速さはない。しかし、その雄叫びと死を恐れずに突進してくる姿は、大いなる威圧感を放っていた。

 先頭を走っているのはクラウドだ。クラウドはいつも思っている。部隊を率いるものが後ろでどっしりと構えていては誰もついてこない。指揮官が先頭に立って死を恐れずに、鬼神の如く突進してこそそれに兵士たちもついてくるのだ。そんなクラウドの強い信念が、クラウドを駆り立てる

 クラウドは指揮官とわかるような少々華美な服をまとっている。白を基調とし、赤のラインが入っている膝のあたりまであるマントを羽織って、その裾を翻しながら疾走する姿は、とても王族の振る舞いとは思えない、一人の勇者のような姿であった。周囲の兵士たちは、これが次代の王となる男の姿か、と思いながら畏敬の念を抱き、クラウドに追随した。



 クラウド率いる部隊の決死の突撃で、カルデブルグ軍の野営はすぐ目の前に迫っていた。野営の周りには何人かの見張りの兵士がいる。兵士たちも異常事態に気づいたようで、慌ただしく動き回っている。そのうちの一人の兵士が野営の中へと入って行った。間違いない。指揮官へと報告に行ったのだ。寝静まっているこの軍勢に活動を始めさせることがクラウド達の目的だ。これでクラウド達の目的のほとんどは達成されたことになる。しかしある程度の被害も与えたい。たかが2000の兵かもしれないが、一人一殺すれば、それと同等の数の敵兵を減らすことができる。そうこう考えているうちに、クラウドの部隊はカルデブルグ軍の野営に到達する。ここでクラウドは再度号令をかける。


「敵が全体的に活動を開始するまでにできるだけ被害を拡大するんだ!」


 そういうとクラウドは右手に持っていた剣を構えて敵兵に突進する。クラウドは一人、また一人と敵兵を切り捨ててゆく。クラウドは確かに攻撃魔術で名を馳せた人間だ。しかし、彼の才能を魔術に止まらない。剣術の際もアレクセイには及ばないにせよ、かなりのものである。攻撃魔術は体にかかる負担が大きいのだ。従って、大掛かりなものは使えない。クラウドが敵兵を次々と切り捨ててゆくのに負けじと、兵士たちも敵を倒してゆく。起き抜けでまだ本来の力を発揮できない状況にいるカルデブルグ兵達はクラウド達に太刀打ちできず、ただただ倒れて行く。その光景はまるで地獄絵図だ。

 ある程度攻撃したところで、野営の奥深くから出陣を告げる大きな軍太鼓の音がする。クラウドは即座に撤退命令を出す。


「敵の攻撃準備が整った! 全軍今すぐ撤退だ!」


 クラウドの号令で兵士は即座に撤退を開始する。一糸乱れぬまとまりを持って動くその部隊の姿はまるで一つの意思を持った巨大な生物のようだ。瞬く間にクラウドの部隊は野営を後にする。 

 ここでもクラウドは一番危険な場に自分を置く。殿を務めているのだ。全員が無事に撤退できるように、クラウドは最後まで野営に残る。敵兵は続々と増え続ける。

 そろそろ撤退しようと思ったその時、クラウドの目に一人のグランヴァール王国兵が目に止まる。カールだ。クラウド率いる王国騎士団の副団長を務める古参の老将で、グランヴァール王国への貢献は絶大であった。今回も本来ならば、王国騎士団に所属しているカールはクラウドについてゆく必要性などないのに、クラウドの部隊に入ることを自ら申し出た。クラウドはそんなカールに恩があった。カールは敵のカルデブルグ兵に囲まれてまさに万事休すといった状況に置かれている。何としても彼を助けださねば。クラウドはそう思ったのと同時にカールの元へと向かう。


「俺の大事な兵士を囲んでいるお前ら! グランヴァール王国皇太子クラウド=ガブリエル=グランヴァールが相手をしてやる!」


 クラウドが自身の名前を名乗りながら勇猛果敢に突進する。カルデブルグ兵もそれに気づいてクラウドの方に注意を向ける。一瞬できた隙をクラウドは見逃さない。


「カール! その囲いを突破しろ!」


 クラウドは一瞬できた隙を突破するようにグランヴァール兵に指示を出す。その指示に応じてカールは隙だらけの包囲を、カルデブルグ兵の一人を斬り捨てることで、なんとか突破した。そのままカールはクラウドの元へ走ってくる。


「クラウド殿下、お手を煩わせてしまい、申し訳有りません! こんな老いぼれの私など、捨て置かれてよかったのに……」


「そんなことができるか! すぐに撤退だ!」


 そのままクラウドとカールは野営の外へと走り抜ける。野営を脱したクラウドが後ろを振り返ると、そこには数百のカルデブルグ兵があとを追っていた。これでは逃げることが叶わないかもしれない。そう思ったクラウドはやむなく魔術の準備をする。


「カール、先に逃げていろ! 俺は魔術を行使したらすぐに後を追う!」


「殿下を置いていけるわけがございません! この老いてますます盛んな虎と言われたカール、魔術を準備なさる殿下の盾となりましょう!」


「この爺いが! 勝手にしろ!」


 クラウドは両手を前に突き出し、魔術の準備をする。カルデブルグ兵がどんどん迫ってくる。その一方でクラウドの腕には魔力が集まってくる。クラウドの手のひらには黒い霧のようなものがまとわれている。

 カルデブルグ兵達も近寄るにつれてクラウドが魔術を行使しようとしていることに気づく。カルデブルグ兵は身に危険を感じ、とっさに歩みを止める。


「おい、あの男、魔術を行使しようとしているぞ! 全員退避しろ! 死んでしまう!」


 数百のカルデブルグ兵の首領らしき男が大声で指示を出す。それに応じてカルデブルグ兵達は一斉に逃げ出す。カルデブルグ兵も統制は取れており、素晴らしい退却を見せた。しかし、それは魔術を行使するまで本気になったクラウドの敵ではなかった。クラウドの手のひらにはもう十分な魔力が集まった。


「あるもの全てを焼き払え……、豪火(フレア)!」


 火属性の上級攻撃魔術、豪火(フレア)。この魔術を行使すれば、使用者の周りにあるものは全て灰になる。それほどの強力な魔術を使ったのだ。炎がカルデブルグ兵に向かって走る。そのままカルデブルグ兵の衣服に着火し、次々と彼らの体を燃やし尽くす。断末魔の叫び声のような、この世のものとは思えない悲鳴が上がる。次々と倒れるカルデブルグ兵達。気づけば、先ほどまで威勢良くクラウドとカールを追いかけていた数百のカルデブルグ兵は、全員火の海の中で倒れていた。


「さすがクラウド殿下。お見事です」


 カールの賛辞をクラウドは何も言わずに受け止める。今は自分の功績などどうでもよかった。今重要なのは、確実に鳴率いるカルデブルグ強襲部隊のために時間を稼ぐことだ。今回もなんとかうまくいったが、次どうなるかわからない。そんな一抹の不安が、常にクラウドの頭にまとわりついていた。


「鳴、これでいいんだよな? 何としても成功させてくれ……」


 クラウドの、鳴に届くはずもない独り言は、豪火に焼かれる野原の上に広がる美しい満天の夜空へと消えていった。








 「はっはっは! 貴公ら、飲めや歌えや!」

 

 カルデブルグ領、カルデリア家の邸宅にて、大宴会が開かれていた。多くのカルデブルグ領内の貴族達がこの宴会に招かれている。各々実に高貴に着飾り、宴会で振舞われているものは庶民には手の届くはずもない、いや、一生のうちで一度も食べることすらままならないようなご馳走が振舞われていた。参加者達は全員この楽しみを享受し、そこには素晴らしき時間の到来を体現する雰囲気であふれていた。その騒ぎの中心にいる男が大きな声を上げる。


「こんなにも素晴らしき宴会を日々開催できるのも、この豊かなカルデブルグの大地の恵みのおかげであります」


 アダム=カルデリア。カルデリア家現当主だ。この男がカルデブルグを実質支配をしている。一見すると国王かと見間違えるほどの豪華絢爛な衣服を身にまとっており、その両手には美しい女性が携えられている。50代にさしかかろうとしている冴えない中年男性だ。

 

「もうすぐでグランヴァール王国も我が領土となる。まさに永遠の繁栄! さあ、皆様、この永遠の繁栄に乾杯を!」


 アダムは自身の権力を恣にしていた。アダムの呼びかけに応じて、その場にいる全員が自分の持っているグラスを上に掲げて乾杯をする。

 そんな栄華を誇る場において、一人だけ壁にもたれかかって、つまらなさそうにしている男がいた。大きな窓から見えるカルデブルグの夜景を見つめていた。


「あのクソ親父」


 ジークフリート=カルデリア。アダム=カルデリアの子息である。しかし、その身分は極めて低い。アダムは好色な男だ。それゆえ、多くの女性と浮名を流している。その中でアダムは一人の侍女に手を出した。その侍女が懐妊してしまったのだ。その子として生まれたのがジークフリートに他ならない。その侍女は平民の出身であった。そのため、ジークフリートは他の子息とは画一され、家督継承位も最下位だ。その上、アダムは侍女と関係を持ったことが明るみに出るのを危惧して、その侍女、つまりジークフリートの母を領外追放とした。ジークフリートは母の顔を知らない。生まれてこの方、兄弟である他の子息には差別ばかり受けてきた。やれ平民の子だ、やれ母を知らぬ子だなどと。

 だからジークフリートは懸命に努力した。武術、学問、魔術全てにおいて、彼の右に出るものは一人としていない。しかしアダムはそんなジークフリートの努力を無下にし、この前もグランヴァール王国へのスパイとして派遣され、危険な任務を負わされた。その時に遭遇した男には危うく殺されかけるところだった。

 ジークフリートはこんな世の中に嫌気がさしていた。アダムの強欲な態度。この土地のおかげで毎日こんな宴会が開けるだと? ふざけるな。これは間違いなくカルデブルグで暮らす領民のおかげだ。彼らが汗水流して働いてくれるから、こんなにも豊かな生活を送れるんだ。でも彼らは重税のせいで日々を零細に過ごさなければならない。あまりの貧困に飢えて死ぬ者、重税に耐えきれず領外逃亡する者、それを警備兵に見つかり殺される者。そんな厳しい現実があるのに、アダムはもちろん、他の兄弟や彼についていく貴族達も何の諫言もしない。今のカルデブルグは腐り切っている。そんな物思いにふけっていると他の兄弟たちがジークフリートに話しかけてくる。


「よおジーク。何だ、またいじめられてみんなの輪の中には入れないのか?」


「違うよ兄さん、自分の身の程をわきまえているから、故意に入らないようにしているんだ。ジークはお利口さんだからね」


「はっはっは! そういうことだったのか。すまないジーク、お前なりにしっかり考えていたんだな。まあ、そんなに浮かない顔しないで、この宴会を楽しんでいけよ。机の上に置かれているご馳走なんて、下賤な女を母親に持つお前からしたら喉から手が出るほど食べたいものじゃないのか?」


「お兄様、そんなに言うとジークがかわいそうですわ。いくら身分が低いとはいえ、人の形をして、人の心を持っているんですもの。まあ、人かどうかは存じ上げませんが」


「お前は優しいな。じゃあなジーク、俺たちはもう少し楽しんでくることにするぜ」


 そのまま他の兄弟たちは去っていった。彼らの舐め腐った態度には、初めこそ反抗したが、今ではすっかり慣れてしまった。いや、慣れたのではない。いちいちまともにやりあっていることが時間の無駄だと感じるようになったのだ。ジークフリートは美しいカルデブルグの景色を見ながら独り言を言った。


「どうしてこの世界はこんなにも美しいのに、同時にこんなにも汚いんだろう?」


 俺にもう少し力があれば、アダムも兄弟たちも皆殺しにして、より良い統治をすることができるのに。ジークフリートはそのままたけなわになりつつある宴会を後にした。


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