第十一話 三大貴族会議
鳴をはじめとして、国王、クラウド、三大貴族当主が王宮の会議室に集合していた。三大貴族とは、グランヴァール王国建国以来から脈々と続く、王家に忠誠を誓い、貢献してきた三つの名家だ。
「陛下、緊急に我々が召集されたのはいかなる理由があってのことでしょうか?」
口を開くのは三大貴族のうちの一つ、ネヴィル家現当主、ラッセル=キース=ネヴィルだ。彼は現在、国政運営に大きく携わっている。その権力はグランヴァール王家を除けば、比類ない。おそらく王国における第一勢力であろう。だからと言って権力に物を言わせる極悪人というわけでもない。彼は権力の使い方を弁えている政治運営能力も特筆されるべきもので、人格も良いのだから、文句のつけようがない。
「緊急の会議など、確かに珍しいことですな。急なことだったので、驚いてしまいました」
ラッセルの言葉に応じるのは、ジェイミー=エルドラン=レッドフォードだ。彼も同じく、三大貴族のうちの一つのレッドフォード家の現当主だ。彼は財政面での功績が大きい。彼の治めるレッドフォード家領では、宝石の取れる鉱山があり、そこから産出する宝石類をグランヴァール王家に献上している。言い方は悪いが、大した才能がなくても、宝石が産出する限り、レッドフォード家は存続し続けるだろう。だからと言ってジェイミーが無能というわけではない。彼にも大局を見渡せる程度の力はある。
「まあまあラッセル殿もジェイミー殿も落ち着きなされ。陛下のお言葉を待ちましょうぞ」
口を開いたのはアレクセイだ。そう、アレクセイ=グラヴィス=ヴァンダル。鳴も今知ったのだが、ヴァンダル家は三大貴族の一つだったのだ。始め、鳴が部屋に入った時、アレクセイがいたのには大いに驚いた。アレクセイがヴァンダル家現当主であり、知っての通り、彼は親衛隊長であるように、軍事面での活躍が大きい。歴史書では、これまで幾度となくヴァンダル家の人間がグランヴァール王族の危機を救ってきたことが記されている。
「急な呼び出しをして申し訳ない。しかしどうしてもそなたたちの力が必要になってしまったのじゃ。許してくれ」
国王は深々と頭を下げる。これにはその場にいた全員が慌ててしまう。
「陛下、そのお頭をお上げください!」
「む、そうか」
国王はおもむろに頭を上げて、ふうっと深く呼吸をした。
「実は国家の一大事なのじゃ」
「と言いますと?」
「ラマレア帝国のカルデブルグ領を治めるカルデリア家が大軍で侵攻してきた」
「なんですと!?」
三大貴族の全当主が目を見開いて、大きな声を上げて驚嘆する。平和であってグランヴァール王国に脅威が押し寄せようとしている事実を信じすことができず、3人はあっけにとられた表情をしている。国王とその側に控えているクラウドは神妙な顔つきでじっと押し黙っていた。
「信じられないかもしれないが、それが今この国に差し迫っている現実だ。詳しい説明はここにいる神楽鳴にしてもらおうと思っている。彼は実際にカルデリア家に仕える間者に接触したものだ。それでは鳴、説明を頼む」
「はい」
クラウドのお膳立てに応じて、鳴は先ほど国王とクラウドにしたのと同じように三大貴族に説明した。
一通り説明し終えると、3人は椅子に深く腰掛け、ぐったりとする。
「まさかそんな脅威が押し寄せているとは……」
レッドフォード家当主、ジェイミーが頭を抱えて顔面蒼白になる。残りの二人も不意の危機に俯いている。
「とにかく、このヴァンダル家はいつでも戦争の準備を整えておきまする。いつでも出陣のご命令を。命を捨ててでも、グランヴァール王国を防衛いたしますゆえ、ご安心ください」
アレクセイは安心してくれと言わんばかりに胸をドンと叩いた。しかし、アレクセイとて、空元気にしか過ぎなかった。グランヴァール王国を守りきる自信など全くなかった。
そんな中、ネヴィル家当主、ラッセルのみが前向きに状況に対処しようと必死に考えを巡らせていた。
「やはりここは敵を迎え撃つべきか? いやそれとも今は甘んじて帰属して再起を図るか?」
ラッセルは一人頭を悩ませていた。そんなラッセルに国王は自分なりの意見を述べる。
「講和は不可能か?」
「ええ、不可能でしょう。カルデリア家は全兵力を以ってこの国を潰しに来ています。つまりそれは絶対にこの国を滅ぼすという意思表示に変わりありません。そんな国と一体どうして講和条約を結ぶでしょうか? 講和の可能性はほぼないと見て良いでしょう」
「そうか……。何か策のある者はおらぬか?」
待ってました。鳴が待望していた国王の言葉がやって来た。鳴はすでに作戦を考えていた。絶対にこの非常事態を収める策を鳴は思いついていたのだ。
「私に策があります」
鳴が声高に主張する。この声には三大貴族があまりに想定外のことで驚き呆れてしまう。彼らにとって鳴は未知数の存在。クラウドや国王にとっても王宮で顔を合わせる程度であったから特に関係の進展はそこまで深くはなかったのだ。ましてこれが初対面のラッセルやジェイミーが鳴のことを全く知らないのは当然のことであった。
「貴様、少々無礼ではないか? 我々と顔を合わせるのは今回が初めてだ。つい1ヶ月ほど前に来て、剣術ではアレクセイと双璧をなし、治癒魔術ではソフィア王女と肩を並べたそうだな。だがあまり調子に乗るなよ? まだこのグランヴァール王国に来て日も浅い人間のくせにでしゃばるな。身の程を弁えろ」
ラッセルが鳴に辛辣な言葉を喰らわせる。その表情には苦悶の色が明白に露わになっていた。隣に座っているジェイミーもまた然りであった。代々このグランヴァール王国を支えて来た彼らにとっては、まだ1ヶ月しか滞在していない鳴が国王やクラウドの懇意を得ているのが気に食わなかったのだろう。
そんな中でアレクセイは彼らとは違った判断を下す。
「そのような態度は三大貴族の一つの当主として看過できませんな。我々の責務はこのグランヴァール王国を守り抜くこと。そのために面子や体裁に囚われるのは馬鹿げた話ではござる。名声が一体何を守ってくれるというのです? このひと月、鳴殿の剣術を指南した立場としてはっきりと言わせていただくが、鳴殿の才能は今ここにいる誰よりも優れていると私は考えておりまするぞ。そのような有能な人材の芽をつんでいるようでは、この国の滅亡もそう遠くないでしょうな」
アレクセイは鳴を必死に擁護する。彼の剣術の師であったアレクセイには鳴のすごさが身にしみてわかるのだ。それゆえに、アレクセイの言葉は説得力を帯びたものとなる。この理路整然とした反論にラッセルもジェイミーも押し黙らざるを得ない。
国王も鳴を支持する立場に加わる。
「鳴、申してみよ」
「……」
鳴は国王の言葉にも応じず、黙ったままでいる。一体どうしたのだろうかとその場にいる全員が不審に思う。しばらくしてから鳴が口を開いた。
「陛下、私に1000の騎兵をお貸ししていただけませんか?」
「なっ……!」
鳴は気持ちだけが先走ってしまい、誤解を招く発言をしてしまった。その場にいた全員が予想外の鳴の発言に絶句する。国王、クラウド、アレクセイはいったい鳴はどんな策略を考えているのかという疑問であったが、ラッセルとジェイミーは疑心を通り越して、激怒していた。
「貴様、先程はアレクセイに免じて許してやったというのに、まだ我らを愚弄する気か!」
「あまり舐め腐っていると、どうなるか思い知らせてやろうか?」
ラッセルの言葉に続いて、ジェイミーも鳴に初めて罵声を浴びせた。二人は鳴の無礼に我慢ならないようだ。これには鳴もたまらない。というのも、今回の作戦は、この場にいる全員の協力を得られなければ実現できないからだ。鳴は深々と頭を下げる。
「申し訳有りません。作戦を成就させたいという気持ちが先走ってしまって。これから順を追って説明していきます。少々長くなりますがよろしいでしょうか?」
「続けよ」
国王の言葉に後押しされ、鳴は言葉を続ける。このような危機が訪れるとドルチェ村で感じてから、ずっと鳴が考えて構成していた作戦の全容が今明らかとなる。
「まずカルデリア家の軍勢は全兵力をこの戦争に費やしています。それに彼らは南の海から、船に乗ってやって来ました。これがどういうことかお分かりですか?」
「何を当然のことを。そんなもの、相手がこの王都に向かって北上してくることに相違ないだろう」
鳴の質問にラッセルが口を開く。だがこれは鳴が求めていた答えではなかった。
「それは戦争における模範解答ではありません。子供でも答えられます」
「何だと!?」
「ラッセル、控えよ」
国王陛下の言葉にラッセルは黙らざるを得ない。鳴はそのまま続ける。
「私がお聞きしたかったのは、彼らには物資補給方法がないということです。ではどうやって彼らは五万もの軍勢を養うというのでしょうか。これはどうしてドルチェ村のような南の村にスパイが送り込まれていたのかを考えると簡単にわかります」
「彼らは村から収奪するつもりなのか」
「その通りです。さすがクラウド殿下」
クラウドは次期国王としての十分な見識を備えているように思われた。この場にクラウドのような頭脳明晰な人物がいて少々安堵する鳴であった。
「ですから、まずは南の村を一時的に無人かつ無物資にする必要があります。村人を王都周辺で保護します。しかし彼らにも生活していくだけの食を与える必要があります。ここで、この村関連の一連の作業を政治に精通していらっしゃるラッセル様に、そして保護民の衣食住の提供を、豊富な財力をお持ちのジェイミー様にお願いしたいのです」
鳴のあまりにも深い洞察力にラッセルとジェイミーはあんぐりと口を開けて言葉を失っている。過小評価していた人間にその力を見せつけられたのだ、無理もないだろう。そんな二人はよそにして、話は続けられる。ここでふとクラウドが口を挟む。
「しかし相手の進軍が早すぎた場合はどうするのだ? 食料が尽きる前にカルデリア軍が王都にまで到達してしまっては今まで話したことが全て徒労に終わってしまうのではないか?」
「ご安心ください、すでに対応策は考えてあります。彼らを足止めすれば良いだけの話です。上陸すると思われる場所から王都までは、あの大軍ではどんなに急いだとしても少なくとも10日はかかります。それに消費する物資の量も膨大です。彼らは少なくとも9回は野営をすることになります。そこで敵の精神力を削ぐために、彼らが眠っている間に夜襲を仕掛けます。彼らが目を覚まして対応を始めたら即座に退くのです。そして再び眠りについた頃、さらに夜襲を仕掛けます。この時夜襲をかける手勢は少なくて構いません。夜には相手の兵力ははっきりとはわからないものです。いつ襲ってくるかわからないという不安も相まって、敵は勝手に架空の敵を作ってくれるでしょう。そしてその不安に耐えられなくなった頃、敵は間違いなく夜襲部隊を探し出し、根絶しようとします。そうなればもうこちらのものです。時間は優に稼げます。この役目を、恐れながらクラウド殿下にお願いしたいです。おそらく逃げるだけですので、身の心配もないでしょう。いずれこの国を背負って立たれるクラウド殿下には極力危険を負っていただくわけにはいきませんので。それにクラウド様は攻撃魔術の才をお持ちです。敵に攻撃されても、敵を倒すのはたやすいことでしょう」
攻撃魔術を使える人間はこの世界にはとても少ないようだ。生まれ持った才能でほとんどが攻撃魔術においては決まってしまう。それゆえ使える人間は限られてくる。ソフィアから聞いた話だが、魔力はみんな持っているそうだが、クラウドは生まれつき魔力保有量が非常に高かったため、攻撃魔術師として成功を収めたようだ。グランヴァール王国には名のある攻撃魔術師はクラウドだけで、人員は不足してはいるが、クラウドは一騎当千まではいかないにしても、100を相手にすることはできる。敵も貴重な魔術師を連れてくるなどという愚行はしないはずだ。よってクラウドがいるだけで、かなりの戦力を補うことができる。
「ひとまず了解した」
鳴は立て板に水が流れるように淀みなく弁舌をする。今の所、話についてこれているのはクラウドだけのようだ。他はわかっているフリをしているか、首を傾げているかのどちらかだ。
「そこで私とアレクセイ様の出番です。クラウド殿下が時間を稼いでくれている間に、グランヴァール王国の半分の兵力でカルデブルグに侵攻します」
「ちょっと待ってくだされ。カルデブルグにも少なくとも防衛部隊は存在するでしょう。そしてその部隊は間違いなくカルデブルグとグランヴァール王国の国境線に集結させてあるでござろう。それを突破するのはいささか厳しいかと思いまするが」
アレクセイは鳴の作戦に異議を唱える。カルデブルグとグランヴァール王国の国境線は高い山脈により明確化されている。その山脈は二つあり、その間だけが唯一の通行路となっている。アレクセイはそこに兵力が集中していると考えているのだ。もちろん鳴もそう考えている。しかしそんなことを問題にする鳴ではなかった。
「私もそう思います」
「それではどうするというのだ?」
ラッセルが口を挟む。打つ手などないではないか。そう言いたげな様子である。
「山脈を越えます」
「何だと!?」
山脈を越える。それは自殺行為に等しかった。少数ならともかく、軍隊が山脈を越えるなど不可能であった。というのも、その山脈には、一年中絶えず、あまりの寒さのために雪が降りしきるのだ。その上、通るものは皆無のため、舗装された道もない。一歩間違えれば、いや、間違えずとも、確実に死に至る方法であった。
「不可能だ! そんなことはできるはずがない。間違いなく全員死ぬぞ!?」
「しかしそれしか方法がありません。もちろん死ぬ可能性は非常に高いです。ですから私が行くのです。先ほどはアレクセイ様も、と申しましたが、あれは少し先走ってしまいました。確かに多くの軍勢で山脈を越えることは、いたずらに兵士を死なせるだけでしょう。ですから、1000の騎兵だけで参ります。山脈を越えればカルデブルグの本拠はすぐです。今皆様が驚いたことですから、カルデブルグの連中もまさか山脈を越えるとは思いもしていないはずです。ですからカルデブルグの本拠には少しの治安維持のための戦力しか残っていないはずですから、1000も騎兵がいれば十分です。そこで山脈を越えた我々がカルデブルグの本拠に強襲を仕掛けます。そのままカルデリア家に侵入し、慌てふためくカルデリア家に降伏させるか、悪くとも講和を結ばせます。私と共に来てはいただけませんか、アレクセイ様?」
「もちろんでござる。生まれた時から、このグランヴァール王国に捧げようと決めたこの命、今使わずしていつ使うのやら。私は鳴殿のように賢くもないので、鳴殿の作戦の全容は理解できませぬが、私の力が求められているということはわかり申した。鳴殿とともに行きましょう」
「ありがとうございます。必ず生きて帰りましょう」
鳴が話し終えた。鳴の作戦は突拍子もなさすぎて、そこにいる全員がしばらくの間、何も言えなかった。鳴の脳内には3人の歴史上の人物が想起されていた。読者の方々はポエニ戦争をご存知だろうか? ローマとカルタゴの争いである。その中でカルタゴの名将、ハンニバル=バルカはアフリカ北海岸からそのままイタリア半島へと向かえるにもかかわらず、意表をつくためにイベリア半島から大きく迂回して、アルプス山脈を越えて陸からイタリアを攻撃した。そんなハンニバルを、ローマ元老院コンスルのファビウスは時間を稼いで夜襲攻撃した。スキピオ=アフリカヌスはハンニバルが停滞しているすきに、アフリカ大陸に上陸し、カルタゴの本拠を攻撃し、講和を結んだのだ。そんな3人が頭の中に浮かんでいた。この作戦において、ファビウスがクラウド、ハンニバルとスキピオが鳴とアレクセイだったのだ。そんなことを考えているうちに、沈黙があまりにも長く続きすぎたので、鳴は沈黙を破った。
「何もおっしゃらないということは私の作戦で決定ということでよろしいですか?」
少々出すぎた発言かと思ったが、ことを進めるためには何か言わずにはいられなかった。それに国王が応じる。
「今は鳴に頼る他なかろう。皆の者、それで良いな?」
ラッセルとジェイミーは悔しそうに、不本意だと言わんばかりの不機嫌そうな顔で頷いた。
「ありがとうございます、ラッセル様、ジェイミー様」
「別にお前のためにするのではない。陛下に命令されたからするのだ。勘違いするな」
「ラッセルのいう通りだ。しかし貴様の作戦、悪くないではないか。貴様のような若造がどんな策を講じるのかとバカにしておったが、まあ勝算がありそうなまともな策を献じるとはな。少々見直した」
「ああ、貴様の策における我々の役割は滞りなく進めておくから、安心しろ」
ラッセルもジェイミーも鳴のことは気に入らないが、その実力は認めたようだ。
「それでは早速準備に取り掛かるとするか!」
ラッセルの大きな声が合図となったかのように、そのまま二人は立って部屋を後にする。二人が部屋を出た後、クラウドが声をあげた。
「鳴、俺もこの作戦における役割をまともに果たすから、安心してくれ。時間はしっかり稼いでみせる。その間に、アレクセイとともにカルデブルグに到達して話をつけて来てくれ。頼んだぞ、この国を救ってくれ」
「必ず成功させてみせましょう」
そのままクラウドも部屋を後にした。そこで国王がこっそりと鳴に耳打ちする。
「ところで鳴。わしは何をしていれば良いのじゃ?」
「陛下はどっしりと王座で構えていてください。それだけで民は安心いたします。それではアレクセイ殿、早速出陣準備を!」
「お任せあれ!」
鳴とアレクセイも部屋を後にした。グランヴァール王国一世一代の大作戦が始まろうとしていた。