表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
10/39

第九話 不穏

 パルとガルに連れられて、鳴とソフィアは今回の視察の対象であるドルチェ村に到着した。一見すると素朴で何もない村だが、その素朴さにこそ、良さがあった。村民は農業や、家事、家畜の世話に皆、一生懸命で、笑いながら、互いに交流しながら楽しそうに作業をしていた。鳴はこんな光景を見て、自分が求めていた生活はこんな生活かもしれないと、心で思った。


「ね、良い村でしょう? ソフィア様もしばらくここに住んでくれれば良いのに!」


 ガルが屈託のない笑顔を浮かべながら、ソフィアに無邪気に話しかける。子供といえども無礼な行動だと思ったのだろうか、パルは弟の非礼を謝罪する。


「こらっ、ガル! ソフィア様にそんな失礼な物言いをしてはいけないでしょう!? 申し訳ございません、まだガルは敬意を払うのが少し苦手なようで」


「そんなの気にしていませんよ。ね、鳴?」


「ああ、幼子なんてみんなそんなものだ。俺だってそうだったよ」


 鳴とソフィアは申し訳なさそうに振る舞うパルに気にしないように言う。申し訳なさそうにするパルは再び顔をあげると、今度は鳴の方を向いて、頭を深々と下げる。


「鳴さんとおっしゃるのでしょうか? お礼が遅れ申し訳ありません。この度は、弟のガルの怪我を治療していただき、ありがとうございました。鳴さんとソフィア様がいらっしゃらなかったら、今頃どうなっていたことやら」


「そんなにかしこまらないでくれ。泣いている子供がいたら助けるのは当然だろう? それに俺はお礼を言われるほどすごい人間じゃないから、その頭はソフィアに下げな。俺に下げても何も出てこないぜ?」

 

 鳴はパルの、幼いながらもしっかりとお礼を言おうとする礼儀正しさに感動して、かしこまってしまう。そんな鳴の姿を見て、今度はパルが、鳴の素晴らしい能力を持っていながらも、傲らない控えめな態度に心打たれる。


「そうですよ、パル。あなたのありがとうと思うその気持ちだけで、十分なのですよ」


「はい、ありがとうございます。へへ、ソフィア様と鳴さんに褒められちゃった。帰ったら、父ちゃん褒めてくれるかなぁ?」


「おう、きっとパルのお父さんはパルのこと褒めてくれるぜ」


「やったっ!」 


 鳴の保障を得たパルは、今にも天に舞い上がらんとするほどの勢いで両手を上げて高くジャンプして、その喜びを表した。


「ところでこの村の村長にお会いしたいのですが、村長の家まで案内してもらえますか?」


「わかりました! ご案内させていただきますね!」


 ソフィアの申し出をパルは快諾する。


「村長は父ちゃんだよ!」


 またガルがでしゃばって余計なことを言う。あらら、またパル姉ちゃんに怒られちまうぞ? 鳴はうっすらと微笑みながら、パルをガルを見ていた。


「ガル、余計なことは言わなくても良いの!」


 ははっ、ガルのやつ、やっぱり怒られてやんの。微笑ましい光景だった。ソフィアも可愛らしい兄弟の、微笑ましい光景だと思いながら、手を口元に当て、クスクスと笑っていた。

 どうやらパルとガルはドルチェ村の村長の子供だったようだ。パルとガルに先導されて、今度はドルチェ村村長の家へと鳴とソフィアは歩みを進める。



 村長の家に行くまでの間、しばらくソフィアと鳴は歩いた。道ゆく村人たちは、皆ソフィアの姿を見ては、深々と一礼をする。ソフィアはそれに応じて笑顔で手を振る。統治者と被統治者の信頼関係が上手く成り立っている。これはまさに中国、魯の生まれで儒学を創始した孔子の言った、徳治政治ではなかろうか。君主の大きな徳に、民衆は従い、これを崇める。素晴らしい政治のあり方ではないか。鳴はそんなことを考えながら、ソフィアの隣を歩いていた。


「着きました! ここが私たちのお家、ドルチェ村の村長のお家です」


 パルが大きな声で到着を知らせる。民衆の動きを注視していた鳴は、ふっと我に返り体の前にある村長の家を見る。なんの遜色もない、他の家と特に区別はつかないありふれた家であった。言われなければ、村長の家とはわからないだろう。


「ただいま! おつかいが終わって、視察に来られたソフィア様と鳴さんをお連れしたよ!」


 パルとガルが大きな声を上げて、家のドアを開ける。そのドアの中から、一人の美しい女性が姿を現す。


「はい、おつかいご苦労様。今日は料理が忙しくて手が離せなかったから、お姉ちゃん助かったわ」


 その女性はパルとガルに、優しい微笑みを向けながら、ねぎらいの言葉をかける。やはり美しい。鳴は再びそう思った。着ている服は、庶民の娘が着るような、決してソフィアのように貴族風の豪華さは兼ね備えていない、家事や農業に適した服であった。しかし、それでいても、着飾らなくとも、彼女の本質から湧き上がる美しさがあった。髪の色は美しい金色で目はうっすらとした青色であった。背は鳴と同じくらいであったから、女性としては高い方だろう。


「それより、王女様と鳴さん? って言うのはなんのことかしら?」


「今日は定例の村落視察の日だったらしくて。実は帰る途中で、ガルが転んで、足の骨を折っちゃったの。そこで私が困っていたら、ちょうど二人と会って、鳴さんにガルの足の怪我を治療してもらったの。そのお礼に、ここまでお連れしたんだよ。キャロル姉さんを困らせずに済んで良かった。姉さん忙しいもん」


「なんですって?」


 キャロルは驚いたと言わんばかりに手を口元に当てて、鳴とソフィアの方を見る。そのまま二人の前に歩みを進めて、深々と頭を下げる。


「この度は妹と弟を助けてくださって、本当にありがとうございました。私、二人の姉の、キャロラインと申します。本当になんとお礼を申し上げてよいやら……」


 本名はキャロラインというようだ。キャロラインは二人の姉というよりはむしろ、二人の母親という感じだ。雰囲気は全てを包み込むような優しさを湛えており、その風貌も、どちらかというと、家事に従事する一家の女房のように見えた。


「さっきパルから十分にお礼をしてもらったので、お姉さまにも頭を下げていただいては、困ってしまいます。困っている人を見かけたら、お助けするのは当然です」


「ああ、ソフィアの言う通りだ。キャロラインさん、頭を上げてください」


「はい、ありがとうございました。ところでお二人ここに来られたということは、父にお話ですか? あいにくですが、現在父は村の外に出ていまして。帰りを待っていただく形になるのですが、それでもよろしいでしょうか?」


 キャロラインは再び申し訳ないと思いながら、困った顔をする。それにソフィアは気づいて、優しく返事をする。


「ええ、大丈夫ですよ。待たせていただきます」


「ところで村長はどういった用件で村の外に?」


 鳴は村長が今村を出ている理由をキャロラインに尋ねる。迎えに行けるものなら、迎えにいって、そのまましばらく話をしたいと思った。


「実は、最近村の周りに怪しい人物が現れるようになりまして。村の秩序を守るために、父を先導に、若い村人の男の衆が村周辺の監視をするようになって、今、それを実行中なんです」


「そうですか……」


 鳴は若干の不安を抱く。もしも怪しい人間に襲われていたりしたら。ドルチェ村の主導者が失われるだけでなく、何より、ここにいる三人の子供達が悲しむことになってしまう。何か嫌な予感がする。心配になった鳴は、色々聞き出す。


「村長はどこにいらっしゃるかわかりますか?」


「そうですね……。はっきりとはわかりませんが、村の周りを回っているのは確かです」


「わかりました。心配なので俺がお迎えにあがります。ソフィアはここに残ってくれ。何か危険があってはいけない」


「わかりました」


 そのまま鳴は村長の家を後にして、村の入口へと向かった。怪しい人物が実は危害を加えるような人間であってはいけない。鳴は村の警備に当たっている若い男衆を万一の危険から守るために彼らの元へと急いだ。





 







 鳴が村から出ると、明らかに不穏な空気が流れていた。鳴の予想は的中したのだ。若い衆が村の護衛をしているとキャロラインは言っていたが、それならばそのうちの一人に出会うのが自然なことだろう。しかし、鳴がしばらく村の周りを歩いてみても、誰一人として遭遇しなかった。


「静かすぎるな……」


 鳴はあまりの静けさに思わずひとりごつ。来て良かった。もしも異変があったとしたら、俺が止めることができる。このまま不穏な空気が村に流れ込まなくて良かった。なんにせよ、俺の不安が杞憂に終わってくれればいいのだが。鳴は色々と考えながら、村の周りをもうしばらく歩いていた。

 15分ぐらいだろうか、鳴が歩き続けていると、そこに村の警備をしていたと思わしき男が2、3人倒れていた。うつ伏せになって倒れており、手に持っていたと思われる棍棒が辺りに散乱している。鳴は彼らの元へと急ぐ。


「おい、大丈夫か!?」


 鳴が大きな声で呼びかけても、返事はない。体を揺すってみても、やはり反応はなかった。鳴は彼らの生死の確認を焦ってとった。脈はある。鳴は胸をなでおろした。


「気絶しているだけか。だとしても、一体誰がこんなことを?」


 鳴が推理をしていると、後ろから声が飛んでくる。


「安心しろ、死んではいない」


「誰だ!?」


 鳴は思わず振り向いてしまう。そこには全身黒ずくめの男が立っていた。地面にまで届こうとしている黒いフードつきのローブを身にまとっており、そのフードで顔を隠してるために表情の確認はできない。そのまま鳴は腰に差している剣に手をかける。鳴が今にも抜こうとしている。それを見た黒子は後ずさりする。


「そんな物騒なもんに手をかけるなよ。俺は別にお前に危害を加えるつもりなど微塵もない」


「なら、どうして彼らは倒れているんだ?」


「俺が危害を加えるつもりはないって言ったのに、そいつらは棍棒を持って俺に襲いかかって来たんだよ。俺だって敵に優しくできるほど強くはないんだ。悪いけど、ちょっくら眠ってもらったよ」


 男は淡々と話す。危害を加えるつもりはないが、このドルチェ村の周辺を徘徊しているこの男。間違いない、この男は敵国のスパイだ。鳴はそう直感した。深い理由はない。しかし、鳴はこの男がスパイであることに自信を持っていた。


「お前、スパイだな?」


 男は黙って鳴の言葉を受け止めた。依然として、男は黙りこくっている。二人の間に静寂が訪れる。ほんの数秒のはずだった。しかし鳴には、それがまるで数分間のように感じられた。その静寂は男の鼻の笑いによって打ち破られる。


「ご名答。俺はスパイだ。別にこの村に危害を加えるつもりなんて毛頭ないんだ。もう帰るから、見逃してくれよ?」


「それはできない。お前がここにスパイに来たってことは、この村になんらかの重要な情報があったってことだろう。そんなグランヴァール王国内の重要情報を、のこのことお前の国に持ち帰らせるわけにはいかない」


 鳴はそう言って剣を抜いた。男はやれやれといった感じで頭を左右に振る。やむなく男も戦闘態勢に入る。


「後悔すんなよ? 俺、結構強いぜ?」


「ほざいてろ」


 男の挑発にも鳴は乗らず、冷静に理性を保っていた。鳴はアレクセイとの練習を思い出しながら剣を体の前で構え、全神経を集中させる。大丈夫だ。あんなにもアレクセイと練習して、アレクセイと互角の剣術の力を手に入れたんだ。最悪、怪我を負ったとしても、俺は無詠唱で治癒魔術を唱えることができる。鳴は自分を落ち着かせる。初めての実践だ。いくら力があるといっても、やはり緊張はする。そんな鳴の緊張を黒子は見抜いた。


「お前、慣れてないだろ?」


「ああ、初めてだ。ちょうどいい相手かもな」


「それはどうだかな!」


 黒子はその言葉と同時に鳴の元へと突進してくる。男は短剣を懐から取り出し、両手に持つ。二刀流だ。落ち着け。二刀流は初めての相手だが、これまでのアレクセイとの訓練を思い出して、落ち着いて交戦すれば、きっと大丈夫だ。そう信じて、鳴も黒子に突っ込んだ。

 黒子は右手に持っていた短剣を、鳴へと投げた。鳴はあっけにとられて、それの剣筋を見極めて、躱すのに全神経を集中させてしまう。短剣は鳴の喉元すれすれを通過していった。鳴はなんとか危機を回避したが、この間、鳴の視線は黒子から完全に離れていた。鳴は慌てて黒子に視線を戻すが、黒子は鳴の目の前にまで迫っていた。その表情には微かな笑みが浮かべられている。まるで、鳴を殺せることに喜びを感じているかのように。黒子は短剣を鳴の心臓に突き立てようとする。しかし鳴はかろうじてその短剣を自身の剣で受け止めた。危なかった。普通の騎士なら、間違いなく死んでいただろう。これもアレクセイとの厳しい訓練のおかげだと、鳴はアレクセイに感謝した。鳴の剣術の技術は相当のようだ。これには黒子も舌を巻く。


「驚いた。お前本当に初めてかよ? 俺の短剣投擲からの斬撃を受け止められたのは、久しぶりだぜ。俺の十八番(おはこ)なのによ」


「こんなものが十八番だなんて、お前の国では、剣術に長けたものが一人もいないんだな」


「お前、ただもんじゃねえな。これでは俺の分が悪いぜ」


 黒子は鳴に受け止められた反動を生かして、見事な跳躍力で後退する。逃げるつもりなのだろう。


「逃がさんぞ!」


「無理無理。このまま戦ったら、俺が負けちゃうから。俺の仕事はもう終わったし、他のスパイも仕事を終えて、もう帰路についている頃だと思うから、俺も帰らないと。結構楽しかったぜ。また会えたらいいな」


「待てっ!」


「だから待たねえって。あばよ」


 鳴は逃がさじと黒子の元へと急いだが、黒子が何か黒い球を地面に向かって投げると、黒い煙が発生して、あたりを包み込む。鳴の視界が奪われる。これ以上深追いしてしまったら、今度は鳴が危険にさらされる。鳴はその場で剣を構えて注意を払っていた。

 しばらくして煙が晴れると、そこに黒子の姿はなかった。黒子の言葉では、もう何人か、スパイがグランヴァール王国に潜り込んでいるようだ。これは王都の不穏さと何か関係があるかもしれない。鳴は嫌な胸騒ぎを感じていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ