地下牢に閉じ込めないで!
第三話です。
さてさて皆さま、もしもですよ、もしも本作の勇者様とは逆に、そう例えば戦国時代にでも飛ばされたとして、言葉通じますかね?
たぶん、通じませんよね。当時は今で言う標準語などもなく、言葉の地域差が激しかった時代なので近くの国ならば兎も角、少し遠国になるとお互いの話ことばが通じなかったそうです。
これは勇者がいた時代も例外ではなく、話し言葉に地域差があった事がわかっています。
さて、話を戻しますと、人名や地名も現代と戦国時代では発音が異なり、例えば黒田官兵衛は現代の発音だと(くろだかんべえ)ですが、当時は(くぅろだのくゎんぴょうえ)だったそうで、四国の戦国大名、長曾我部氏は現代だと(ちょうそかべ)ですが、これが当時の四国辺りだと(ちょすがめ)と呼ばれていたそうです。
地名だと、戦国当時の貿易港である平戸は(ぴらんど)であったそうで、もう学生時代にこれを知った私は、とても住めそうにないと思いました。
まあ、戦国時代に行けやしませんけれど(笑)
では皆さま、そんな私の他愛もない話を聞き流しつつ、上古の勇者、大いに駆ける!!第三話をお楽しみくださいませ♪
くそっ!腹が減った。
右の指に付いた米を一個一個大事そうに口で取り、前歯で噛みしめる。
こんなのでは全然足りぬ。
土の中に築かれているらしい牢の中は意外に涼しく快適だが、こうも腹が減っていては眠る事さえままならない。
揃いの衣装と装備を身に付けた男たちに連れられ、牢に入らされる折に、両手で大事に抱えていた飯が入った器は取り上げられてしまい、僅かに指に付いた飯粒を喰らうしかなかったのだ。
俺はこれからどうなるのか、あの禍々しい屍人と、それを率い地上に現れた黄泉に住まう神々の一柱は見事打倒されたのか、そして、ここはどこであるのか。
国名らしきものは、つるっぱげのお陰で見当はついている。
その名は二ホン。
左様な国、知らんわ!!
ドンッと、固い継ぎ目のない大石を据えた様な地を叩き、深く嘆息する。
いずれ身体を思う様動かし牢を破り、この国が我が国からどれほど離れた地にある国なのか、何故に俺はここに飛ばされたのか調べないといけない筈なのだが、なぜだかその気に成れないでいる。
にしても、何故に俺は牢なんぞに入れられたのか、たかがこの国の仕来りを知らず剣と弓を持っていただけではないか。
「なふぉしもえ、あららぬ」(このままではだめだ)
とにかく、早急に武器を返してもらわないと話にならない。
この国で今日から生きていき、晴れて故国に帰れる日までは喰うものと住まう場所を確保せねばなるまいが、食い物を得る為に物々交換をしつつ飢えをしのぐか、あるいは狩りか釣りで食扶持を確保せねばなるまい。
しかしそれには矢張り剣か弓矢が必要だからな。
というか、それくらいしか俺が身に纏いし品がない。
鎧は当代流行りの挂甲ではあるが、どこの馬の骨が身に付けていたのかもしれない中古品を、大量の米と交換して手に入れた品だしな。だがアレすらも、ここでは一杯の大飯にも化けはしまいと想像できる。
なんせアレ、なんだか変な臭いがするし、そもそも今は剣も弓も鎧も、身に付けしもの全て取り上げられて無いのだから、どうしようもない。
それに物々交換をするにしても、斯様に文化の香り高き国では、恐らく手製の弓矢なんぞは野鳥の骨の価値にもならぬであろうしな。まさか大王から賜いしヒヒイロカネで作られし剣と大矢を差し出すわけにもいかぬ。
ならば狩しか残された道がないではないか。
だがしかし、俺には一抹の不安があった。
狩りなり釣りなりを催すにしても、この地に寄りて理解に苦しむのは、土の地面と林なり森なり小川なりを一切見ていないことだ。見てきたものと言えば、やたら高い石造りの建物と、同じく黒石と白石で作られた均整のとれた道々、それに得体のしれない地を這う鉄箱の群れ、石造りの建物や道はまだ解る、しかし地を這いずる鉄箱、あれは一体全体なんなのだ。
中でも特に細く長大で、四角い陽射し取りが壁面いっぱいに開かれた、形も異様だが、見た目も異様だった鉄の箱の走るやつ。
俺が白黒の箱に込められ道を駆ける間も人々を乗せて駆けずりまわっていたのを見たが、アレはなんなのだろうか?何故に人を多く入れられ走っているのだろうか。
見た目は黄色く塗られた鉄板に、虹のような模様をあしらわれた中を飛ぶ白き鳥の群れ。
全く意味が解らん!!
あんな見るからに重そうなものを中から下で支え走らせるに、幾十人が籠って使役されておるのか。また、何の役目があって駆けまわっておるのかすらも、まるでわからんのだから、これからの生活が不安でたまらなく感じても、臆したことには成りはすまい。
それにしても乗せられた彼らはどこに向かわされるのだろうか。想像するのもなんだが、人買いに攫われておる最中であったやもしれぬ。
そう思うとなにやら怖くなり冷や汗が止まらなくなってしまった。
だが、それにしたって、なんだって俺は地下牢に閉じ込められなければならんのだ。
「いつぁ、わふぁ、いかにかあらむ」(さて、俺は、どうしたらいいんだろうか)
何もかも訳が分からな過ぎて、自然と足を体の前で組み、両手で抱え込んで考えてしまうのも無理からぬこと。
遂には蹲り、泣きそうになってしまっていた。
「をいをいアンタ、どうしたらコッタ」
「ん?」
誰が発したのか、おかしな物言いを聞き取り涙を浮かべた顔を上げ、向かい側の牢に入れられた色黒い男を見た。
なんだこいつ、古老の口伝に聞きし熊襲か。
鉄の棒を鷲掴みにして立つ力強そうな男は髭面で、如何にも猛者然としたいで立ちをしている。まことに熊襲かもしれぬ。
「アンタ盗人か、たらしかナンだ?」
「わふぁ、おそれさうらへ、おふぉけみにはべたるいくつぁぴとなるそ。あふぁ、なれぴとそ」
(我は畏れ多くも大王に仕える武人である。あなたは何人であるのか)
そう問いかけてみたのだが、いった途端に色黒は大笑いして床に崩れ倒れ、こっちを刺し指して収まらぬ様子だ。なんと無礼な男だ。
傍らに剣があれば、即座にそっ首を飛ばしたであろうが、今は牢の中、耐えるしか手立てがないのが悔しくて、またも眼が湿ってしまう。
「おう!ゴメよーお侍さん!スマナんだァ」
さあ、頭が痛くなってきた。さっき会ったツルツルハゲの言葉もそうだったが、この熊襲の言葉も俺の耳を狂わすには申し分のない発音と音階であった。
「でよー。アンタ今なにしたコレしたか、ハラキリか?」
熊襲は自らの腹に拳を当て、真横にサッとずらす仕草をして見せる。
こいつなんなんだ。気味が悪すぎるぞ!
「あ、なをせしこちにはいきき?」(あなたは、何をしてここに入れられた?)
「わは!ナニヲ言ったか、ナニナニ?」
やはり、こやつにも俺の言葉は通じぬか。まあ、致し方ある……。
そう思っていた時、不意に色黒は立ち上がり、俺になにやら語り掛けてきた。
「わちハ、ガーナのクマシから来た、アンクラー……」
「あなにくまそ!」(なんと熊襲!)
「ソウソウ!クマシ!」
「くまそ!」
「OK!OK!デモなんかチガウ、クマシ!」
「くまそ!」
「NO NO。クマシ!」
「くまそいね!」(熊襲よ、去れ!)
お前ら、クマクマうっせェーよ!!
「「おおう⁈」」
俺と色黒熊襲が、突然の雄たけびを受け震え上がる。
「なんナニ?」
「なり?なり?」(なになに?)
なんだなんだと、むさい男二人で辺りを見回る。
「お前らな~。あたしは眠いんだ、静かにしろよクマ野郎どもが!」
俺と一瞬目が合ったのは、色白き年若の女子であった。