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私は今、懐かしい白い空間に立っていた。
懐かしいと言っても、私が例の事件から起きて立っていた場所ではない。あそこは今では私の自室として色々な家具が置いてあるのだから。
此処はゲームの開始前の画面。先にアバターを作っておこうと思い、先生に貰ったソフトをダウンロードしてやって来た。なんでも、初回一万本らしい。その中でも、私達の様な子の為に特別枠が五十枠用意されており、その一枠を今回私が貰うことになった。
私の目の前には優しそうな銀髪の女性が立っており、此方にぺこりとお辞儀をした。
「初めまして、私は『異世界』への転生の案内人、イナールと申します。この度は『異世界』へお越し下さりありがとうございます」
へー、私達は『異世界』に転生するって事か、凝ってるな。
「お名前をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「私の名前は……ミリアノで」
「……はい、ミリアノ様ですね。ミリアノ様、この度は我らの願いをお聞き入れ頂きありがとうございます。この世界の者だけでは、悪しき魔王を止めることは叶わず、こうして他の世界の方の力を借りないといけないという事は、なんとも口惜しい事です」
「成る程、プレイヤーはその魔王を倒すことを目指すわけね、結構王道じゃない、私好きよ」
「そういって頂けると、有難いです。皆様は魂に大きな力を秘めています、私はお手伝いしていただく皆様にせめてもの贈り物として、皆様の中に眠っているスキルを開放させていただきます、そして転生する種族もご要望があればお受けいたします」
イナールがそこまで説明すると、私の目の前に種族を選ぶメッセージが現れる。
選べるのは四つ。
人族:器用貧乏。
獣人族:前衛向け。
エルフ:後衛向け。
ドワーフ:生産向け。
簡単に纏めるとこんな感じね。
今後進化や転生をすることで種族の変更は可能であることはホームページに記載されていた。そのため、先ずはやりたいことをして、合わなければ変えればいいだろうと思う。
という事で、私は獣人族を選ぶ。
「獣人族でございますね、かしこまりました。それでは次にご容姿のご希望があればお伺いしますね」
今度は私の前に、今のアバターが現れる。今のアバターは私の本来の姿に近い。……と言ってもろくに成長してないから、リアルのアタシはガリガリで背も小さいけど。そのあたりは勿論少ししか反映されていない。もし私が何事もなく成長したらこんな感じだろうなぁっていうアバターだ。
それに、私は弄るのが面倒くさいので基本そのままにする。リアルばれしても問題ないというか、そもそもこのアバターがリアルじゃないしね。
という事で、どちらかというと凛々しくて目つきのちょっと鋭い私のまま、髪の毛を少し長めに変えるだけに留める。色も変えてないので黒髪黒目だ。身長は百五十のままにしよう。
それと、獣人は何かしら獣人の特徴を付けなることになる。勿論獣が二足歩行をしたようなキャラクターも政策可能だ。でも私は犬耳と尻尾をつけるだけにしておいた。
「こちらでよろしいでしょうか? 決定してしまいますと、課金アイテムでしか変更できなくなりますがよろしいでしょうか?」
「大丈夫よ」
「それでは最後にスキルを開放いたします、最初に開放して差し上げられるのは三つです」
今度はスキルの一覧が現れる。
その中から取り合えず『剣術』は必須として一枠。それにしても、結構種類が少ない。どうも今後の派生が多いため、最初は覚えられるスキルが少ないらしい。後はどうしようかな、『身体強化』って奴と、『蹴り』でいいかな。
『剣術』と『蹴り』は言わずもがなって感じだけれども、『身体強化』のスキルは発動してから3分間毎秒ごとにMPを消費することによって、攻撃力や素早さ筋力などが微上昇するらしい。こればっかりは数字が見えないからやってみないと分からない。
「『剣術』『蹴り』『身体強化』のスキルでお間違いございませんか?」
「問題ないわ」
「……では、以上になります、これから転生の準備に入ります」
イナールがそう言うと、私の前にカウントダウンタイマーが現れる。その数字は秒ごとに減っていき、逆算すると丁度ゲーム開始の時間となる。と言っても、あと数分ほどだけれども。
「最後にご忠告です……確かに皆様から見れば現地の人々は弱い存在かも知れません、しかし彼らもまたこの世界で存在し、生きているのです、どうかそのことをゆめゆめ忘れないでください」
「分かったわ」
「ありがとうございます」
「因みに、異世界に行ってお勧めな場所とかある?」
「お勧めな場所ですか? そうですね、最初に冒険者に登録なさった方が宜しいかとは思います、門を出るのにも必要ですから」
「成る程、身分証ってところかしら」
「はい、そうです」
へー、転生用のAIだからこういう質問にはどう切り返してくるかと思ったら、本当に生きてるみたい。……ゲームの中に入ったら、NPCにも最初は敬語で話そうかな。
「じゃあ観光としてはどうかしら?」
「そうですね、始まりの街ディーオでしたら……私の神殿は立派ですよ、地下には大きな湖があるのですが、鉱石が光り幻想的な雰囲気を醸し出しています」
「興味ある、誰でも入れるの?」
「えぇ、神父に言えば転生冒険者の皆さまは入ることが出来ます」
「ありがとう、いい場所を教えてくれて……っと、そろそろ時間ね」
「いえ、それではミリアノ様の旅路が幸多きことを願っています……転生!」
イナールの掛け声と共に私の体が光に包まれる。
最後に手を振ると、イナールはふわりと笑って手を振り返してくれた。
光が収まると、当たりは一変していた。
所謂中世ヨーロッパ的な風景に変わり、後ろには立派な神殿が建っていた。辺りには私と同じようにスタートダッシュを決めた人物たちが次々に現れ始める。そして、久しぶりに感じる温度に、じんわりと思考が持っていかれそうになる。
いけない! こんな人数がいっぺんにギルドに押し寄せたら冒険者になるまでそれこそ時間の無駄だし、さっさと向かおう。
そうと決まれば早い、大通りを少し行ったところにいるNPCのおばちゃんに声をかける。
「すみません」
「ん? どうしたんだい?」
「冒険者ギルドにはどうやったらいけますか?」
「冒険者ギルドかい? それならこの道を真っ直ぐ行けばあるよ、剣と杖が交差している看板がそうさ」
「ありがとうございます!」
御礼を言ってからダッシュ!
見逃さないように周囲を見ながら走ると、私の後ろからも同じように走っている人がいた。
見えた! 大き目な建物に剣と杖の交差。
私はその建物に入る。真正面にカウンターがあり、既に数人カウンターに座っているが、まだまだ数には余裕がある。なんとなくイナールに雰囲気の似ている女性のカウンターに行くと、にこりと微笑まれた。
「登録ですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「では此方にお名前をお願いいたします」
出された用紙にミリアノと書いて渡す。
「はい、それでは次に此方の水晶に手を置いていただけますか? ……結構です、犯罪歴は無いようですね」
「水晶でわかるのですか?」
「はい、此方には法を犯した方の魔力が登録してありますので、もしミリアノさんが何かしらの罪を犯していた場合、この水晶が赤く染まるのですよ」
「へー、便利な物があるのですね」
「はい、重宝してるんですよ、それでは冒険者についてですが先ず彼方をご覧ください」
そういって指定されたのは、カウンターの右隣にある掲示板だった。
「あちらで依頼を受けて、達成したらカウンターにお持ちいただくことで、報酬をお支払いしております、また冒険者にはS~Fのランクが定められており、最初はFランクからスタートをして、先ほどの依頼の達成具合でランクが上昇します」
「ランクが上昇すればいい依頼があるってことですね」
「はい、その分危険な依頼もありますが、しっかりとご自身の力量を把握して依頼を受けることが重要です」
「成る程、わかりました」
「それでは此方のカードをどうぞ、これでミリアノさんも立派な冒険者です! 我々ギルドはミリアノさんを歓迎いたします」
「ありがとうございます、それでは」
そういって席を立つと、既にカウンターは埋まっており、私の後ろにも人が並んでいたので直ぐに掲示板へと去る。
掲示板には様々な依頼が張られているが、一定距離近づくとコンソールが現れてそこから今受けられる依頼の一覧が見られるようになった。どうやら、掲示板から依頼を剥がすことは無いらしい。定番と言えば定番だったからちょっと残念。
待ち時間が嫌で一気に来てしまったけれども、さっきから視界の右端にチュートリアルと英字で書かれた文字が点滅している。
「チュートリアルオープン」
私がボイスコマンドを入力すると、目の前にチュートリアルの一覧が開く。
その中の冒険者に登録しようが終わっていたので、既に報酬がアイテムボックスの中に入っているらしい。
次は戦闘のチュートリアルだけど、これは受けた瞬間に別フィールドに飛ばされるらしい。受けない理由もないのでさっさと終わらせるかな。
依頼を受けると、どこかの平原へと飛ばされた。
そして、平原には厳ついおじさんが此方を見下ろしていた。
「ようこそ『異世界』へ、早速だがチューリアルを開始する、先ずはメニューを開いてみろ」
「メニュー」
目の前にメニューが開かれる。シンプルで見やすい。
「ステータスを開け、ステータスの確認を怠るな、スキルの習得もステータス内から行える、空きスロットをタップすれば可能だ」
ステータスを開けると、此方もシンプルだ。
Lv1
Name:ミリアノ
Race:獣人
Class:冒険者
Skill:
剣術Lv1
蹴りLv1
身体強化Lv1
〈〉
〈〉
SP:0
Title:
Money:10000s
以上だ。私としては見やすくていいけど、検証班の人は大変そうだね。
因みに、最初のクラスは冒険者で固定だ。自分の行動であったりクエストで新たなクラスに着くことが出来るらしい。
「確認できたな、次はアイテムの項目に移れ」
言われた通りステータスを閉じてアイテムの項目をタップ。
「アイテムを確認し、任意の武器をギフトから出すのだ」
アイテムを見ると、確かに任意初級武器ギフトがあったのでそれをタップ。すると武器の一覧が現れたので、私は大剣を選択。
「次に、任意の防具をギフトから出すのだ」
先ほどと同じ要領で見るけど、今度は三つ。金属鎧セット、皮鎧セット、布鎧セットだ。一応セオリー通り金属鎧セットを出す。
「では一つ戻り装備の項目をタップし、今取り出したアイテムを装備するのだ」
ポチポチと、これでいい。
すると、街人のような恰好から、金属の胸当てを付け大剣を背負った人物へと変わる。
「よし、後は設定の画面を開き、変えたい物を任意で変えるように」
設定っと。
基本は変える気はないけれど、痛覚が最小値になっていので最大値に上げる。最大値と言っても、100%にはならないけれども。せいぜいが80%と言ったところかな。
「では最後にこいつと戦ってもらう」
出てきたのは犬。相手を見つめても敵の情報は一切出てこない。
……もしかしたら、鑑定系を持ってないとまずかったかな? まぁでも倒しちゃえば一緒か。
「ぐるるる」
唸る犬に無防備に近づくと、体当たりを食らった。
「ぐッ……確かに痛い、凄いね技術の進歩って言うのはさ」
体制を立て直し、集中する。
「ぎゃぅ」
戦闘は終わった。トップスピードで近づいて、首を上から切り落とした。犬は光の粒子になって消えた。
「ではこれにてチュートリアルは終了とする、質問は随時受け付けている、何かあれば遠慮なくメニューから運命宛にメールをするように、ではさらばだ!」
ログに戦闘のチュートリアルが終わったことと、SPが5手に入った事が書かれていた。