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あらすじの注意事項をお読みになられて、大丈夫そうであればよろしくお願いします。
私の頭から流れる血が、頬を伝う。
目の前には男が一人倒れている。
私の手には、私の血と男の血が付着している灰皿が握られていた。
ポタリ、ポタリと灰皿からまだ温かい血が滴り落ちる。
「もう、大丈夫だよ」
その時の妹の顔は一生忘れられないだろう、私をまるで化け物でも見たような顔をするあの子を。
でも、確かに化け物であるのかもしれない。
今、この時私が感じていたのは、何物にも勝る高揚感だったのだから。
十二歳の夏、両親が不在の我が家に強盗が侵入してきた。強盗はテーブルに置いてあった重い灰皿で私を殴りつけると、妹に大人しくするように要求した。
強盗はそこまで力を入れていないようだったけれども、十歳前後の私に怪我を負わせるには十分だった。
強盗は灰皿を捨てて家を物色し始めた。妹は必死に声を抑えながら泣き、倒れた私の背中を揺すったのを覚えている。
何とか立つことのできた私は灰皿を拾い、丁度しゃがみこんで棚を物色している男の頭に、思いっきり灰皿をぶつけた。打ち所が良かったのか、強盗は動かなくなった。
後日聞いた話では、強盗は生きているらしい。
私はと言うと、それからすぐに気を失って気が付いたら何もない白い空間に佇んでいた。
その場で少し待ってから現れた私の主治医の先生の話で、此処がVR空間であることを知った。そして、何故私が此処に居るのかも。
植物状態。それが私の体に起こったことだった。死にはしないけれども、基本動くことのできない体。なんでも、脳の一部に障害が残ってしまったのだとか。
それからは、此処が私の世界になった。
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「VRMMOですか? いや、私はあんまり好かないのですけど」
「いやいや、そんな事無いって、気に入ると思うよ」
あの事件から五年が経った。あれから私は一度もこのVR空間から出ていない。両親がまぁまぁのお金持ちであったため、私はこうしてただ生き長らえている。たまにVR空間で両親と会ったりもしているが、お金のことを言おうものなら気にしなくていいの一点張り。
でも、私も死ぬのは嫌だから、この生活をさせて貰っている。
「じゃあ一応調べてみます、先生のお勧めですし」
先生とは、私の主治医の先生だ。今でも、私の回復の為に手を尽くしてくれている人だけれども、その望みは薄い。
「『異世界』、って言うゲームなんだ」
「……なんというか、ざっくりというか、適当なタイトルですね」
「そうかな? 実際に異世界に居るような気分になるって事だと思うよ、色々調べてみたけれども、このゲームのテスターはかなりの高評価を残しているからね」
「分かりました、調べてみます」
「じゃあ私はそろそろ他の皆のところに行かないといけないから」
「はい」
挨拶を交わして、先生のアバターが消えるのを見送ってから、『異世界』の情報をネットで探してみる。
「……へぇ」
思わず感嘆の声が出てしまった。
AIは生きている人並、世界は計り知れないほど広い、それに今までのゲームと違ってステータスが簡略化されている。
レベルはあるけれども各ステータス、例えば筋力値や器用値などの数値化の排除、HPやMPもゲージとして現れる程度で数値化はしない。だが、MPを使い過ぎればだんだんと体が重くなっていくらしい、HPも減れば減るほど動きが鈍くなる制限付き。しかし、HPに関しては、プレイヤーの気力や痛みなど気にならないほど集中している場合それの限りでもないらしい。なんでもそういった脳波を検出するらしいけど、詳しい事は私には分からない。技術者じゃないしね。
そして、私が最も驚いたこと。それは体感システム。
つまり、物を食べれば味がするし、暑い寒いが感じられるし……敵に攻撃されれば痛いという事だ。痛覚に関しては、多少の軽減は全員行わなければならないらしいけど、どの程度軽減するのかは任意だそうだ。
このシステムが出来るのはもっとずっと先だと聞いていたから、かなり驚いている。
そして、歓喜もしている。このVRの中でしか生きられない私は、もう二度と自由に五感を感じる事は無いと思っていたから。
早速私は先生にこのゲームはどうやったら手に入るかメールを送る。すると直ぐに準備があることが書かれていた。
それを見た私は、自室で小躍りをしながら情報を集め始める。
どうやら、レベルが上がるごとにそのレベルが上がる間の行動が審査されて、自身が強化されていくらしい。例えば、レベル1から2に上がる間剣を使って敵を倒していたら、筋力値に割り振られると言った感じらしい。ステータスとして閲覧は出来ないけれども、データとしては存在しているということだ。
自身のレベル以外にもスキルにレベルがあるらしく、新しくスキルを覚えるにはSPが必要になるとの事だ。基本的なシステムはこんなところかな。調べたら開始は三日後らしい、久しぶりにアレやろうかな。
私は一つのゲームを起動させる、所謂無双ゲーと言われている物だ。因みにこれはオフライン。
その世界に入り一つ深呼吸をしてステージを選ぶ。大剣を手に持ち、出てきた江戸時代の城下町のステージを歩く。
スッと自分が切り替わるのを感じる、それが心地よくてただ身を任せる。
出てきた敵を斬り、斬り、斬りまくる。踊る様に足を動かして、時には回って斬り進む。
その後、久々の戦闘に向けて一時期嵌まっていたオフラインゲームを手当たり次第にやり直した。