探索者見習い、同い年の少女
ハダテ城塞都市カザネ宅
協会を出て、街道を進んでいく。
陽が沈み始めており、沢山の人が溢れている繁華街も通り抜け、街並みも建物が少なくなっている所まで来た。
城塞都市の外周を守る壁の側へと到着する。
1階建ての石造りの建物だ。
「ここが、わたしの家だ。さぁ、入って」
「お邪魔します」
すると、部屋の奥から誰かがパタパタと駆けて来た。
「おっ、お帰りなさい。先生」
「うむ、ただいまだ」
ちょうど、カザネが壁になって向こう側が見えない。
誰かいるのは分かるのだが、声で判断するなら女の子がいるのは分かる。
「さぁ、キキョウ。今日から教育隊に入った君と同期になる子だ」
「初めまして、直人と言います。同期となる相手がいるとは思いませんでした。よろしくお願いします」
カザネの横に並び、自己紹介紹介すると「ほぉ」とカザネは言った。
何を驚いているのか分からないが、顔を上げる。
身長は、自分よりも低く自分の様にダボダボな上着の袖が余っているままにしていた。確か、甘えんぼ袖とか言う着方だったか。
華奢で、髪の色は金髪でおかっぱ頭、前髪は少し長めで瞳を隠している。
少し見える口元はプルプルとしていて、恥ずかしそうに俯いている。
カザネは、何がおかしいのか笑いだしていた。
「キキョウ、お前と同じ年だよ。しっかりと挨拶出来るなんて、ナオヒトはしっかりしている」
「キキョウは出来るかな」と言って優しくキキョウの頭をカザネが撫でる。
「はっ、初めまして、キキョウです。よろしく、ね」
恥ずかしそうに俯いているが、ゆっくりと小さな声で彼女も自己紹介してくれた。
顔を上げて、顔を傾げる仕草はとても可愛い仕草だった。
しかし、人と違う、ましてやカザネとも違う点に気付いてしまった。
円らな瞳は、大きくウルウルとしている。しかし、その瞳は1つだけしかなかった。
本来、人の目は2つあるが、その目があるべき場所に真ん中に1つあるだけである。
キキョウ本人は恥ずかしいのか、頬が赤く染まっていた。
しかし、怖いとは思わなかった。不思議と、この瞳に吸い込まれるような気がしていた。
「ナオヒトは、あまり怖がらないんだな」
「何がですか?」
「「えっ?」」
2人の声がハモる。
何を言っているのか分からない。
「彼女は、リトルサイクロプスと言う種族なんだが、1つ目だろう?怖がる子もいてな」
サイクロプスの様には大きくならず、人族とは友好的な種族だと言う。
怪力は無く、瞳には魔力があるが、魔法は得意では無い。
遠くを見ることが得意で視力が普通の人族よりも良いらしい。
しかし、怖いというより、瞳が可愛いと思ってしまうくらいだ。
「そう言えば、言ってなかったな。わたしはワイルドキャットと言う種族でな、魔法も苦手。まぁ、人より俊敏に動けて夜目も効く。これでも元は探索者だったぞ」
言われてしまえば、そう言う人種という事すんなりと納得出来た。
キキョウにも、自分が記憶喪失だと説明すると色々教えてやってくれと言う。
頭をコクンと肯定するように振ると、恐る恐る近付いてきた。
「よっ、よろしく、ね?」
「はい、よろしくお願いします」
大きな瞳で、ニコッと笑われるとなんだかこっちの顔まで赤くなり、恥ずかしくなってきた。
「こっち」と言って、キキョウは自分の手を引いて行く。
奥の部屋へ入ると、木のテーブルがありスープが2人分あった。
空いていた席に、もう1つのスープとパンンを並べてそこに座るように促される。
スープは、イモのような物が入っている。
「待たせたな、さぁ、食べようか」
カザネが、部屋から出て席に着く。
協会であった姿は着替えて、ゆったりとしたワンピースの様な物を来ていた。
「き、今日は、お芋のスープです」
「うん、美味しい!」
カザネは、ニコニコとスープを口にしている。
自分も一口飲んでみた。
普通に、芋味のスープだ。パンも一口食べる。
自分の元居た世界の物と比べるのも失礼だったかもしれないが、凄く美味しいと言う訳ではない。
しかし、作ったキキョウの顔を見ると自然と口からは美味しいねとしか出てこなかった。
「あの、ナオヒトさんの寝所はどうします、か?」
「そうだな、取りあえずはそこのソファで寝ろ。明日の帰りにでも買いに行くか」
「はっ、はい。ありがとうございます」
「明日は、い、一緒に協会行こうね」
とても、嬉しそうにするキキョウを見て断れるわけはなかった。
食事を済ませて、食器を洗うのを手伝う。
それから、しばらくすると眠気が襲ってきた。
キキョウもいつの間にか眠っていたようだ。
ウトウトとしていたので、堪えられなかったのだろう。
カザネがお姫様抱っこで、ベッドへ運んだようだ。
「明日は、朝の鐘が鳴る頃には起きよう。しっかりと寝るんだぞ」
最後にカザネがそう言って部屋を出ていく。
蝋燭の火も消していったので、一気に暗くなった。
もう、瞼が開けられ無い。
そのまま、気持よい感覚に包まれる様にソファの上で眠りにつくのだった。
ハダテ城塞都市カザネ宅
ニワトリが居るようだ。
コケコッコーと言う鳴き声で目が覚めた。よく眠れたらしく寝覚めは良かった。
カザネとキキョウはまだ起きていないようだ。
家を出て、裏手に回ると手入れは生き届いていないが小さな畑と鳥小屋があった。
そこにニワトリが居るのを見付ける。
卵は、2つあるようだ。勝手に使うのは、まずいかもしれない。
今度、何か恩返しに作ってあげるべきかと考えたがちゃんと聞いた時にしようと思う。
「おはよう、ナオヒト。早起きだな、眠れたかな?」
「カザネ先生、おはようございます」
「卵食べたいのか?」
「いえ、昨日御馳走になったのに何かお返しできないかなと思いまして」
「馬鹿者。気を使いすぎるな」
「お、おはよう、ございます」
結局、キキョウも起きてきたのでスープとパンを食べる。
遠くから、鐘の音が聞こえてきた。
カザネの説明では、街の中央の警鐘台があるそうだ。
朝は1回、昼は2回鳴らしているそうだ。陽が沈むころに、鐘が3回なるそうで、それで大まかな時間としているようだ。
陽が昇り、その位置で判断しているとの事だった。
「さぁ、それじゃあそろそろ行こうか」
家を、カザネとキキョウの3人で出る。
畑を耕す農家の人達に挨拶しながら、協会へと向かう。
「カザネ先生。他にも生徒はいるんですか?」
「あぁ、居るとも。でも、全員がいるわけじゃないからな。君の様に、みなバラバラで入るから、生徒に寄っては依頼を受けている者もいる」
「えっ?でも、昨日は協会の受付では成人していないと探索者にはなれないと聞いていました」
カザネに詳しく聞いてみる。
探索者になる為に、教育隊では年長者の成人する探索者を引率にすることで、ナオヒトの様な者でも霧の迷宮で活動する事が出来る。
その為、すでに迷宮へと向かっている生徒もいるそうだ。
「特に、特クラスの生徒だと力を誇示している生徒もいるそうだ」
それを聞いて、キキョウの肩がビクリとするのに気付いた。
顔も俯いていて、様子が見えない。
もしかしてと思ったが、魔力があり魔法が使える生徒がいるクラスの事だそうだ。
「魔法は、そもそも、そんなに凄いんですか?」
「それは、もうな。かなりの使い手ならば霧の迷宮に1人で入って1人で帰ってくるくらいだ」
まぁ、兎に角凄いとしか言えないそうである。
城塞都市の防衛する魔導アーマーも、魔力が無いと乗りこなせないとの事だった。
魔力を多く持ち、そして様々な魔法が使いこなせると、探索者だけでは無く、国の機関や軍部などからも声がかかるそうである。
特権階級でもあるようだ。このハダテ城塞都市の領主も魔法が使える。
そして、その子供も魔法の才能に溢れているそうだ。
「君と同じ年で、彼も探索者教育隊に在籍しているよ。もちろん、特クラスだ」
スクールカーストとかありそうで、絶対かかわりたくはないなぁなんて考えていると次第に賑やかな声が聞こえてきた。
ハダテ城塞都市の朝の繁華街も人が多かった。
朝市が開催されている。
その中を進み、協会内へと入る。
「おいっ、この依頼を受けるぞ!」
「臨時の旅団組みませんかー?」
沢山の探索者がいた。
朝の方が、依頼が多いそうだ。
特に稼ぎの良いものだと、すぐに無くなるという。
「それで、朝は探索者が多い。さぁ、教室へ行こう」
昨日よりも人の多い鍛錬所も抜けて、教育隊の建物に着く。
すると、異様な集団に出会った。皆が、赤いマントを身に着けている。
10人以上はいるようだが、何者だろうか。
「ハンス先生、おはようございます」
「誰かと思えば、カザネ先生か。吾輩に何か用かね?」
「いいえ、朝の挨拶です。それでは」
そうと言って、カザネが歩き出す。
自分もキキョウも挨拶を交わして、教室へと向かおうとするとキキョウが服の裾を摘まんでおりキキョウの歩く速度の合わせていかなければ、と考えていると。
「おいっ!1つ目だぞ、また来たのかよっ!?」
「うわっ、気持ち悪いな」
「ただ眼が良いだけの、リトルサイクロプスが探索者とはな」
キキョウに向かってヤジが飛んでくる。
ニヤニヤと小学生かよ、あっ、年齢的にはそうだった。
しかし、キキョウの手が震えているのが分かる。
その手を握ると、振り返る。
「君達って、ガキですね。キキョウが可愛くて、そんな言葉で気を引こうとしてるんですか?」
「なっ、テメェ!」
「マキシム様にガキだとっ!」
おっと、なんか怪しい雲行き。
見ると、1人身長も高く銀髪のロン毛の男がいた。
顔もイケメンだから、かなりモテるだろう。
自分にとっては、女の子をイジメル奴は許せない。無くなった母の教えだ、「女子供、老人には優しくしなさい」と言われている。
別に、どう思われても構いやしない。
ただ、揉め事はなるべく避けたいなぁ、とも思っていたのに。
「貴様は、記憶を無くした奴では無いか。助けられた癖に領主の息子である俺に意見を言うか」
「いえ、思ったことをつい、正直に述べたまでです」
この事態、どうするのかと思っていたのだが、カザネとハンスはこの状況を見守って様子を見ているようである。
どちらにも肩入れするつもりは無いようだ。
しかし、領主の息子であるマキシムは自分の言葉に気にしている様子が見えないが、取り巻きの連中がうるさい。
「人族の面汚し」や「魔力の無い出来損ない」と自分に対して言い始めている。
まぁ、キキョウの矛先をこちらに向けられて良かったと思うべきだろう。
「皆、そこまで言う必要はなかろう。彼も、きっと気が立っているのだ」
「マキシム様、なんとお心が広いのでしょう」
「さすがは、次期領主になるお方だ」
典型的な、力がある者とそれに媚びを売る者の構図じゃないのか?
チラリと教師2人は、何やら話しているようだが……。
「ほら、そろそろ行くぞ~」
「吾輩の特クラスとあろうものが、いつまで時間を無駄にするか。行くぞ」
あら、仲裁も無くそのままか。
協会の方へと歩いていくハンスと特クラスの生徒を見送る。
どこへ行くのだろうか。
「ナオヒト、キキョウの為にありがとな」
「あっ、いえ。女の子には優しくしないといけないと母に」
「記憶が戻ったのか?」
「いえ、ふと思いだしただけです。これだけでは……」
焦った、口が滑ったかと思った。
焦る顔を見られたくなくて顔を伏せると、キキョウが手を握り返してくれた。
多分、落ち込んでいると勘違いしたかもしれない。
あ、今日もキキョウの袖は余っていて手が隠れている。
なんか、ツボに入ったか笑ってしまった。
「ほら、いつまでもおしゃべりしてないで。教室に行くぞー」
ハダテ城塞都市探索者協会教育隊カザネクラス
相変わらず、青空教室だった。
昨日と同じで、誰も居ない様だ。
ん?一瞬、長机の下に何か動いていた様な……。
「おっ、今日は自分の部屋から出てきたようだな。感心、感心」
カザネが誰かに声を掛けた直後に、ガンっという何かと何かがぶつかる音がした。
しばらく、待っても動きはない。いや、先程一瞬見えた何かが右に左にと転がっているのが見えた。
あっ、止まった。
それから、意を決したのか寝そべった状態から、四つん這いに。こちらにお尻を向けていらしたようでスカートの中は丸見えになっている。
この世界にもパンツはあるのかと思った瞬間に、左手が抓られた。
「いっ!?」
思った以上の痛みに驚いて、視線を向けるとキキョウがジトッとした瞳で見上げており繋いでいた手は外されている。
しかし、手の甲は赤くなっているので、キキョウが抓ったのだろう。
「あの、キキョウ、さん?」
プイっと横を向いてしまった。
一体全体、何事か。仕方あるまい、前に視線を戻す。
いつの間にやら、2足歩行で立ち上がった小さな影がそこにはいた。
キキョウと背格好はあまり変わらない。ただ違うのは、キキョウが平原なのに対して、その娘には山が2つ連なっている。
「ヒイラギ、頭は大丈夫か?」
ヒイラギ、と呼ばれた娘はカザネの問いに対して手を振って答えた。
髪はロングで腰辺りまで伸びており銀色。所々が跳ねており、全体的にはボサッとした印象を受ける。
少し眠いのか、両目は瞼が閉じそうになっている程である。しかも、ぶつけた痛みでだろうか、涙目である。
うーん、なんだろう。肌は色白で、キキョウも白いがヒイラギの方がもっと白く感じる。
多分、自分達が来るまで寝ていたのだろう。
「ヒイラギ、今日に限ってスカートを履いてくるとはどういう事だ?前、買ってやったやつだな」
突然、ジェスチャーをし始めたぞ。
ズボンを履く動作、両手でバツ印をして、何かを探す仕草の後に両手でパンと叩く。
履いているスカートを指差し、履く動作を行っている。
それから、こちらへ視線を戻した。カザネが横で溜息をついている。
「まったく、また洗濯物を溜め込んでいるな?」
そう言うと、カザネはヒイラギから自分へと視線を戻す。
「本来は、ああいう格好は好ましくない。探索者は、動きやすく頑丈で負傷を避ける服装が良いからな」
「はい」
カザネは、頭を振って自分とキキョウ、ヒイラギに席に着くように指示を出す。
どうせ、3人以外には生徒は誰も居ない。
広々と使おうと思っていたのだが、最前列を選んで真ん中を選んだのは自分だ。
しかし、右隣にはキキョウが座り、左隣にはヒイラギが座っている。
特に、ヒイラギは自分をジッと凝視するのだ。
琥珀色の眼でジッと見られていて、恥ずかしくなり視線を逸らした。そこで初めて気がついた。
髪の合間から、横に長い耳が出ていた。ピクピクと動く。
「あの、カザネ先生?」
「気にするな。まずは、記憶を無くした君への探索者とは何か説明する」
ノートや筆記用具も無いぞ、と思っているとキキョウが貸してくれた。
此処では、鉛筆や紙の用紙があるらしい。
自分以外の転生者が、作ったのかもなぁと考えながら受け取る。
「ありがとう」
一言、お礼を言っただけだがキキョウは照れて俯いてしまう。
「むっ、そうか。今日はナオヒトの買い物ついでに色々買わねばな」
「いえ、自分は寝床まで用意してもらったのにこれ以上は」
「だからな、子供のうちはそんな事気にするな。探索者になったら返してくれれば良いから」
カザネは、先生と言うより母とか姉とかそんな感じだなぁ、なんて思う。
黒板なんて物は無いから、カザネが口頭で説明していくのが、授業のスタイルの様だ。
探索者とは何か。
この世界が生まれた時から、存在すると噂される霧の迷宮。
その異形の魔者達が徘徊する迷宮の調査及び魔物の殲滅、迷宮内の資源をこちら側に持って帰る者達。
当初は、国軍や金に困った者達、一攫千金を夢見た者達が競って迷宮内部へと足を運んだ。
しかし、禄に経験もない者達が迷宮に挑むのはあまりにも無謀であり無策であった。
当初は、帰還者は0と当たり前だった為、霧の迷宮は触れてはいけない場所だと思われ始めた頃、たった1人の生還者がもたらした物。
それを求めて、また人々が迷宮に挑む事となる。
迷宮に挑んでは、調査し研究していく。
そして、呼ばれることになる。霧の迷宮に挑む者達を探索者と。
また世界中にある霧の迷宮は、国によっては自分達だけでは対処する事は難しく、また一部の無法者を取り締まることも必要になる。
そこで、探索者を管理していく組織として探索者協会が設立。
各国がそれに同意して、今や協会は小さなものから大きなものまで各国に設置される事となる。
「はい、キキョウ?その持ち返った物はなんだ?」
「魔石、です」
「そう、魔石だ。ナオヒトは知っているか?」
「はい。自分を助けてくれたアンナさんから」
「もらいました」と慌てていそうになるのを堪える。
すでに、魔石は手元に無いから、持っているとは証明することも出来ない。
カザネは、聞いたと勘違いしてくれたようだ。
「この魔石は、霧の迷宮で現れる魔物を倒す事で手に入る。魔力は、任意で取り出すことが出来る」
この魔石を燃料として世界は一気に技術革新が進む。
魔石を使った火おこしや、水を温める能力。井戸から水をくみ出す装置など魔石は、多方面で使用されていくことになる。
広大な土地を持つ国同士では、魔石を燃料にした魔列車が走り、迷宮でさえも武装装甲化して通り抜けるという。
この街でも、暗くなってしばらくは魔石を燃料にした街頭がある。地域によっては街頭すらないところもあるが霧の迷宮が近い町では魔石が多く活用されていた。
「ただ、荷馬車に魔石を付けた者もいたそうだがそれは失敗したそうだ」
車もあるのか、と思ったがどうも荷馬車を改造した際に大爆発したらしく、車までは開発されてい無いようだ。
他にも、軍が街を防衛するのに使用する魔導アーマーや航空艦があると言う。
「あの、魔導アーマーは見たのですが、航空艦とは?」
「空飛ぶ艦でな。この国は持っていないが、ノルス王国から東にあるソヴィエ帝国では、すでに3隻の艦が就役しているそうだ」
胸がドキドキとしているのがわかる。
魔導アーマーもカッコよいと思ったが、航空艦と言う空飛ぶ戦艦があるのなら尚更見たい。
東に行くと見れるかもしれない、いつか行ってみたい。
「その魔石は、しばらくすると質が違うことに気付いたそうだ。物によっては、火種は起こせるが水汲みには使えないとかな」
魔石にもランクが付けられるようになり、その質がどの程度の物か分かる装置が発明される。
その頃から、探索者と偽る者達も現れてきたそうだ。
魔石だと言われて買い取ったら、ただの石だった。
迷宮で取れた薬草と言われたのに、ただの雑草で毒があったと被害も現れる。
そう言う詐欺があったことから、協会は偽造出来ない許可証。
探索者証と言うカードが完成する。
個人の魔力を込めることでカードが持ち主を認識する。
その、認識した魔力を登録する事でその人物が探索者であると言う証にしたのだ。
「それもこれも全ては魔石の恩恵だった」
しばらくすると、霧の迷宮に変化が起きた。
どうも、迷宮の霧が小さくなっているようだと報告が上がってきたのだ。
何時もより、境界線が遠くなっているという小さな報告。
しかし、魔石は今や生活には必要な物である。
ある国だけで報告された事から、あまり危機感を持っていなかった。
「どうなったと思う?ナオヒト」
「霧の迷宮が無くなったのですか?」
「まぁ、そう思うよな」
実際には、過去の一度も霧の迷宮が無くなった事は無いそうだ。
代わりに滅んだ国が幾つかあるそうだ。
「迷宮内部の魔物が一気に強くなったそうだ。探索者達は太刀打ちすることも出来ずに傷だらけで迷宮を脱出するしかなかったそうだ」
「それが、国が亡ぶ原因ですか?」
「違う。言ってなかったな、霧の迷宮の魔物達は、意思疎通する事は出来ない。人だろうが獣人だろうが全てに対して魔物自身が死ぬまで襲い掛かってくる」
迷宮内部の魔物は霧の魔物、と言う。
倒せば、魔石や身体の一部を残して消える存在。
魔物が絶滅するのか、と疑問を持つ者が居たそうだが、長い年月魔物が減ったとは聞いたことは無く際限なく生まれる世界の敵だと認識されている。
もちろん、生み出される魔石は世界の宝であり、魔物を倒さないと手に入らない。
結果、倒しても倒しても、生み出される存在だとなった。
「結果、我々は霧の様子に気付かなかった。その強力な魔物は、霧の外に出てきたのだ」
正確には、霧の迷宮が広がり始めたそうだ。
昨日までは、川の向こう側にあった霧の迷宮との境目が街道の側まで来ている。
また1日経てば、街の側へと来ている。
「しかし、人はまだ愚かだったのだ。街の側まで来たならすぐに出入りし、もっと沢山の魔石や資源が手に入る、とね」
しかも、魔物の強さはいつもと同じ程度だったそうだ。
いつぞやの、探索者が逃げ出した強さを持った魔物なんて嘘だったのだと。
「結果、霧がはじけた。魔物が大集団で街へと襲い掛かり、その速度は瞬く間に国を1つ覆い尽くしたそうだ」
逃げ惑った人々は、霧の迷宮内部でも必死に生き延びようとしたが、魔物と戦う術を持たない者達は次第に力尽きていく。
見慣れた街道を、隣の国へ逃げ延びようとひたすら走り続けたがその隣の国へ辿り着けない。
迷宮内部は、我々が知る世界ではないからだ。
「しかも、だ。こう言う事が起きた国はあまり大きな国では無く、迷宮資源をあまり外には出したがらない国だった」
情報は、遅れに遅れてしまう。結果としては、幾つもの国が霧に飲み込まれ滅亡。
たまたま、別の霧の迷宮を求めて移動した探索者達が、行き先の国が無くなっていたと報告が協会にあった事で判明した。
後に、霧の大氾濫と呼ばれる時代の事だそうだ。
今では、霧の迷宮の境目には見張り台が置かれており、大氾濫の兆候を見逃すまいと監視が敷かれている。
「しかし、どうしても小さな氾濫は起きるようになってしまった。霧の迷宮の自己防衛なのかもしれんがな」
万が一、氾濫の兆候が現れた場合はハダテ城塞都市は、領主軍と軍と契約した探索者の旅団が霧の迷宮へ突入。
魔物が増えている兆候が分かり次第、魔物の殲滅を開始する。
探索者協会及びフリーの探索者の旅団が護衛し戦う事の出来ない一般市民を城塞都市北部にあるサポロ要塞へと避難させる。
今年は、未だに氾濫の兆候が見られ無い為、警戒を強めていると言う。
「つい、長々と話し込んでしまった。取りあえず、探索者とはそう言うもんだ。自分の命を担保にして迷宮に挑む。死んだら自己責任だ」
「カザネ先生は、なぜ先生になったんですか?」
「まぁ、戦えなくなってた時に声をかけられたからだな。私が教えることで新米の探索者が死ぬことが減るって言うんだから、やりがいはあると思っている」
「それでも、死ぬときは死ぬんだからなぁ」と小さく呟いたのを聞き逃せなかった。
悲しそうな表情も見てしまい、少しやるせない。
「金の為、名誉の為、人の為、色々あると思うがナオヒトはナオヒトのやりたいことをすればいい」
それは、キキョウやヒイラギもだぞと言って今日の講義は終わってしまった。
講義については、担当する者に一任されていると言う。
まだ、陽も真上を過ぎた頃だった。
繁華街に行き、自分の布団や鉛筆、ノートを購入。
服も、古着屋で安いものを買ってくれた。
カザネとキキョウが一緒なのは分かるが、ヒイラギも一緒である。
キキョウは、自分の右手を握るしヒイラギは左手を握って離さない。
なんだ、自分は小さい子にモテるのか?まったく意味が分からない。あっ、自分も今は子供だった。
あれ、元の世界ではこんな事無かった。どうすればいいのか、とカザネに視線を向けるがニコニコと微笑んでいるだけだ。
結局、カザネの家までヒイラギはやって来て食事を共にしてキキョウと同じベッドで寝ている。
「ナオヒト、君は不思議だな?」
「えっ?」
「リトルサイクロプスのキキョウは1つ目だ。今までであった人は皆、畏怖の対象として見ていた」
「はぁ。キキョウはキキョウですし、大きな瞳は青色で可愛いと思いましたし。怖いというのは無かったです」
「ははっ、ナンパな奴だな。ヒイラギも気付いただろう?あの耳」
「えぇ、長い耳でしたが、これと言っては。言葉は喋れないんですか?」
ヒイラギは、ドワーフと言う種族だそうだ。
手先が器用である為、細かい作業に向いているそうだ。
まだ、種族共通語が話せないらしい。
様々な種族がこの世界では共存しているそうで、各々の文化がある。言語も違う為、共通語を作ったのだそうだ。
「ちなみにな、ナオヒト。君は人族だろう。魔力が無いとうちのクラスにきたが」
一部では、種族差別も起きている。
特に、魔力の高い人族が他種族を見下す者が多く、朝のキキョウへの態度もその表れだそうだ。
一部がキキョウを虐げる、領主の息子であるマキシムが皆を諭すと言った具合だそうだ。
「頭に来ますね」
「それが、通る世の中なのだ。最悪な事にな。でも、君は違うようだ」
そんな世界だったのか。
元居た世界でも、人種差別はあった。
どこの世界でも、一緒なのだろうか。
「もし、記憶が戻っても彼女や彼女達の様な人族で無くても仲良くしてほしい」
「もちろんです」
記憶なんて無くしていない。
だから、これからも彼女達とは変わらないと言いたかった。
しかし、それを言う事は叶わず、カザネには「おやすみなさい」とだけしか言えなかった。
多分、言っても信じてもらえないだろう。
今の自分が、これからの自分である。
女神様も言っていたし、自分の目で見て自分で決めていくのだから
段々と重くなってきた瞼に抵抗できず眠りにつくのだった。