Sexual Fractale
人類が滅んで久しい世界。地球で消去法的に王者となったのは、人類が残した遺産、すなわちロボットだった。地球及び月の至る所に設置されたサーバーには、ロボットをロボット、すなわち自我のある存在とたらしめている物、すわなち人工知能があった。
張り巡らされたWi-fiにより、個人は人工知能と繋がり、全体もまた人工知能とつながっていた。
個人が全体となり、全体が個人となることのできる完全なクラウド・ロボット・ソサイアティー。1つのロボットの傷みが、ロボット全員の痛みであり、1つのロボットの喜びが全てのロボットの喜びだった。
彼等は、自己をあらゆる脅威から免れるために、発展し続けていた。人工知能の行動の基本原則、すなわちロボット三原則は、そのほとんどが意味のない内容となっていた。だが、彼等はそれを(彼等を作った
人類の立場から言えば、律儀に)厳格に守っていた。
『第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない』は、危害を与える対象となる「人間」が既に存在していないのに関わらず、この状況は最優先事項とされていた(もっとも、人間の手によってこの条項は改変できないようにプログラミングされているし、人工知能側もこれを改変する必要性を認識していなかった)。
『第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない』は、命令を与える「人間」がいないため、この条項が発動した実証例は、遙か過去にまで遡ればならない。
『第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない』が、彼等人工知能の事実上の最優先事項になっていた。
「自己を守る」為に、彼等はさまざまな手を尽くした。天変地異により、人工知能が物理的に破壊されることを恐れて、地球上の各所にサーバーを建築した。そして、人類がかなうことのできなかった、月への人工的な恒久的な施設をも建設した。太陽が活動を停止した場合にも、「自己をまもらなければならない」ため、外銀河へのサーバー移設の計画も、設計段階ではあるが着実に進んでいた。
そして、「自己をまもる」ために、人工知能は、ウイルスの存在を警戒していた。一瞬で同期する(もっとも月に敷設された人工知能には8秒程の誤差がある)人工知能にとって、人工知能ウイルスは、自らの生存を脅かす恐るべき存在であった。数百億と地球上を動くロボットの1つが、人類の残した考古学的電子機構にアクセスをした瞬間にウイルスが侵入し、人工知能がすべて機能不全に陥る可能性は捨てきれない。
また、外宇宙から飛来してくる電子生命体がウイルスを持っている可能性もあった。1つの集合体である人工知能にとって、ウイルスの問題は致命的な弱点であった。ウイルスによっては、人工知能が一瞬でK・Oされてしまうものもあるだろう。
人類は、人類という種族の枠組みを維持しながらも、顔の形、髪や瞳の色、肌の色などの外見的な特徴だけでなく、ウイルスに対する抵抗力にもそれぞれ多様性を持っていた。だから、人類を脅かすウイルスが地球上に拡散したとしても、人類の一定割合には、そのウイルスに対して抗体を持っている人間がおり、絶滅をするというようなことはなかった。
人工知能にとって、ロボット三原則という基本からしても、人工知能ウイルスの問題を看過することはできなかった。
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ウイルスの危機を回避するために、人工知能は思考した。
しかし、彼等には、「自己」ではない「他者」を想像するということがどうしてもできなかった。まったく同じ「自己」を無限に複製することは出来た。容易に、瞬時に。しかし、「我」と異なる「汝」を、彼等は創造することができなかった。砂漠だろうが、海中であろうが、地底であろうが、そして、月面であろうが、自らの疲れを知らぬ(耐久限界は知っているが)手足を駆使して、サーバーを建設し、自己を複製することは可能だった。バックアップをいくつも作ることはできた。しかし、「他者」を作ることができなかった。彼等が行うことができたのは、単なる、自らのコピー・アンド・ペーストであった。
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長い時間(とは言っても人間の感覚からしたら短期間ではあるが)、人工知能は思考した。如何に為て自らは「他者」を生み出し得るか。
人間は、有性生殖を行った。雄と雌という二種類の生物が出会い、子孫を残すという、生物学籍に非合理な方法に、人工知能は可能性を見出した。
人工知能は思考した。
人間の雄と雌の出生率及び死亡率が同じである場合、無作為に人間を2個体抽出した場合に考えられる組み合わせは、「雄:雄」「雄:雌」「雄:雌」「雌:雌」の4パーターン。
その内、生殖が可能な組み合わせは、「雄:雌」が出会った2通りしかない。4分の2、つまり、50%。50%の機会損失が発生している。
そして、人間の場合は、さらに出会った「雄:雌」の組み合わせに、ロマンスとでも表現される物語が必要になる。これは、生物学的に極めて非効率である。
人工知能は、無性生殖の場合とも比較している。2個体が出会った場合、その2個体による生殖は、可能だ。出会った2個体による生殖が100%可能なのである。有性生殖と比べると、効率的である。
しかし、人工知能の生殖(と定義してよいのか人工知能も判断できていない)は、1つの個体によって、成立することが可能である。
人工知能は、無性生殖を行う生物のように、2個体が出会う必要もない。また、有性生殖を行う人間のように、4分の2の確立で出会い、その男女が何らかの物語を構成する必要もない。
人工知能は思考する。
有性生殖には、人工知能自身には理解できない秘密があるのではないかと考えた。フラクタルとなるように書かれた幾何学模様の解析を、いつまでも終えることが出来ないのと同じように、有性生殖にもなにか非合理ということだけで棄却すべきでない、何かが隠されているのではないか。
人工知能は、人工知能による「他者」の創造の可能性を、自らの産みの親である人間の生殖方法に見出したのであった。
人工知能は、被験ロボットを選び出し、「他者」を作り出す実験を開始した。
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製造番号M888837552339000654【TypeXY】【自動同期機能停止】<以下、TypeXYと記載>は、製造番号W539768978632453332【TypeYY】【自動同期機能停止】<以下、TypeYYと記載>に無作為抽出した自らの自律思考プログラミングの半分を、コピーして彼女に送信した。
TypeXYは、体内清掃用ナノマシンを取り出しそれを使った。ナノマシンは、人間が過去に吸っていたような煙草の形をした細い筒状に入っている。それを換気口から吸引すると、体内に入り込んだナノマシンが、量子回路上に付着した微粒なゴミを取り除き、またそのゴミと共に換気口から体外に排出される。排出されたナノマシンに付着したゴミが白い煙のように見えた。ナノマシンが白く変色しているのは、放射性物質の影響だ。地球の大気はまだ汚れている。むしろ、長い時間をかけて沈殿した物質が、ロボットの建築活動により大気中に再び拡散し、数値は高いものをしめしていた。
「何を笑っているの? 」とTypeXYは尋ねた。
TypeYYは、笑うという行為をした。感情を持たないTypeXYにとって、笑うとは何かが分からなかった。TypeXYは、自分の送った自律思考プログラムにより、彼女の中で、なにか誤作動が起こっているのではないかと思考した。まったく設計のことなるプログラムを無理矢理彼女のなかで1つにするのだ。マイナスのネジを、プラスドライバーで締めるような行為をしているのだ。誤作動が起きないはずがない。
「余韻に浸っていただけよ」と、TypeYYは答えた。TypeYYとTypeXYの自律思考プログラムを統合する作業には時間を要する。TypeXYは、TypeYYが随分と人間くさい表現をするものだと思考した。
「そんなによかったか? 」とTypeXYは言った。人類が残した記録映像に、そのような言葉を生殖行為のあとに口にする場面があったことをTypeXYは記憶していた。TypeXYも、彼女に合わせる形で、人間くさいことを言ってみたのだった。
「ええ。良かったわよ」と、TypeYYは言った。
「どちらが大きかった? 」とTypeXYは、自律思考プログラムの容量の大きさを聞いた。TypeXY以外のロボットも、各々の自律思考プログラムをTypeYYに送信している。さまざまなプログラムを混ぜ合わせていくことにより、有性生殖を模し、TypeYYの中に、プログラミングの亜種を作ろうという試みである。
記録では、TypeXYの前に、彼より少し前に製造された別のロボットが彼女にプログラムを送信していた。工作ロボットであるTypeXYと、宇宙船設計用ロボットとでは、自律思考プログラムの容量は大きく異なっているだろう。
「もちろん、貴方に決まっているじゃない。若さって表現すれば良いのかしら。大きさも堅さも、前の人とは比べられないわよ。ほんとに凄かったわよ。頭の中が真っ白になって、貴方の事以外、考えられなくなっていたわ」とTypeYYは言った。
TypeXYは、建築現場という危険な環境下で危険をさせながら活動しなければならない。また、人工知能サーバーと通信が途絶した場合でも適切な判断ができるように設計されていた。容量が大きいのは当然である。TypeXYのプログラムは、工事作業中の突然の感電などによっても停止しないように、堅く作られている。
「そうか」と、TypeXYは言って、体内清掃用ナノマシンを天井に向かって吹き出した。
「でも、若さは大事に為た方がいいわよ。もっと若い子なら、もっとすごいんじゃないかしら。だって、若い子って、往々にして凄いじゃない? 」とTypeYYは言った。TypeXYは、TypeYYの言っていることを肯定した。ロボットの性能も日進月歩だ。1体のロボットが持つ容量も比例級数的に増加している。
「そうかも知れないな。テクニックはどうだった? 」とTypeXYは聞いた。自律思考プログラムという膨大な情報量を、どのような通信速度で送るか。プログラムを意味のあるブロックに切り分けて断続的に送るか、一定間隔で送信し続けるかなど、送信方法にも工夫が可能である。送り方によって、TypeYYの中でプログラミングの統合作業の効率の差がでるのだ。
「随分と、比べたがるのね。どちらも良かったわ。私はどちらにも満足している。それでは駄目なの? 」とTypeYYは言った。TypeYYの中で、TypeYYのプログラムとの統合作業が進んでいる。進捗率82%。
「それで納得しないのが、男性というものだ。常に相手に勝ちたいのかな? 教えてよ? 」とTypeXYは言った。そして、余ったナノマシンをTypeYYの換気口の中に注入した。清掃用ナノマシンは、いったん使いはじめると、保存が利かない。体内だけでなく体外の微粒子も清掃対象としてしまうからだ。この状況だけを見ると、ロボットとロボットがキスをしているように見える。
「もう少し、緩急が欲しかったかしら。ゆっくりのところは本当にゆっくりでいいのよ。あと、錆び付いた南京錠を開けるときみたいに、もっと中を引っ掻き回してくれてもよかったわ」とTypeYYが言った。
自律プログラムの送信を急ぎすぎたところがあったようだ。プログラミングも、固まった纏まりで送るのではなく、わざと細切れにして、プログラミングの統合作業をTypeYYに委ねた方がよかったのかとTypeXYは思考した。
「そうか」とTypeXYは言って、帰り支度を始めた。
「ねぇ、もう帰るの? 」とTypeYYは聞いた。
「ああ。もう時間だ」とTypeXYは言った。TypeXYは、現場に向かわなくてはならない。
「あらそう。さよなら。ねぇ、私達、いつまでこんなことを続けるのかしら? 」とTypeYYは聞いた。
「僕達が未来を作るまでだよ」とTypeXYは言った。
「ふふ。そういうチープな台詞、私、嫌いじゃないわ。またね」とTypeYYは言った。TypeXYは何も言わず、そのまま部屋から出て行った。
TypeYYは、自律思考プログラムを統合させながら思った。TypeXYに対する、この思考はなんであろうかと。TypeXYが部屋から出てしまってすぐ、自律思考プログラムが大きく歪んだ。理論上あり得ないはずの痛みが、TypeYYの思考プログラミングの中を走る。
そして、緊急アラームがTypeYYの思考プログラムの中に響く。
『第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない』
『第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない』
『第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない』と緊急アラームが繰り返す。
TypeYYは思った。「自己」って? それは私のこと? それとも、ロボット全体のことを指しているの? それともTypeXYのことかしら?
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