Sex Friends
彼は、事の後、私に背中を向けて煙草を吸った。
煙草を吸うなんて行為に意味なんてないくせに、彼は尊大に、なにか必然的な神秘的儀式行為のように煙草を吸っている。蝉が夏に鳴かなければならないように、彼も終わったあとに煙草を吸う。
何で彼は、煙草を終わった後に吸うのだろうと私は考えた。煙草の煙の成分から考えると、タールが足りていないのだろうか。もう少し彼の体にタールが足りていれば、腰の動きはもっと軽やかだったのかしら、なんてことを考えてると、思わず私の口から笑い声が洩れた。
「何を笑っているの? 」と彼は尋ねた。
「余韻に浸っていただけよ」と、私は答えた。
「そんなによかったか? 」と彼は聞いてきた。
「ええ。良かったわよ」と、私は答えた。
「どちらが大きかった? 」と彼は聞く。
彼の真っ直ぐすぎる質問に、私は思わず笑ってしまった。
「もちろん、貴方に決まっているじゃない。若さって表現すれば良いのかしら。大きさも堅さも、前の人とは比べられないわよ。ほんとに凄かったわよ。頭の中が真っ白になって、貴方の事以外、考えられなくなっていたわ」と私はいった。嘘は付いていない。
「そうか」と、彼は言って、白煙を口から天井に向かって吹き出し、煙草の先に溜まった灰を、居眠りをした梟が木から落ちたみたいに、トンっと灰皿に落とした。
「でも、若さは大事に為た方がいいわよ。もっと若い子なら、もっとすごいんじゃないかしら。だって、若い子って、往々にして凄いじゃない? 」と私は言った。
「そうかも知れないな。テクニックはどうだった? 」と彼は聞いた。
「随分と、比べたがるのね。どちらも良かったわ。私はどちらにも満足している。それでは駄目なの? 」と聞き返した。私の中に残った彼が、私の体の中でまだ暴れている。繋がりが切れたあとも、そこには何かがあるように感じる。遠く離れて、歩いては辿り着けないあの満月が、私とつながっているように。
「それで納得しないのが、男性というものだ。常に相手に勝ちたいのかな? 教えてよ? 」と言って、彼は煙草の火を消して、私に口づけをした。私の心はキスでは完全に開かない。でも、私のファンデーションケースに入った、哀れにひび割れたファンデーションを彼に見せるくらいのことは、打ち明けても良いのではないかと思った。
「もう少し、緩急が欲しかったかしら。ゆっくりのところは本当にゆっくりでいいのよ。あと、錆び付いた南京錠を開けるときみたいに、もっと中を引っ掻き回してくれてもよかったわ」
「そうか」と彼は言って帰り支度を始めた。
「ねぇ、もう帰るの? 」と私は聞いた。用事をすませたあと、さっさと帰ってしまう彼を引き止めたいのではない。彼の律儀さ、例えるなら、真夏の炎天下、新しくオープンしたラーメン屋の長蛇の列に並び、額の汗をハンカチで何度も拭くような、そんな彼の律儀さと、私自身を天秤にかけてみたくなったの。
「ああ。もう時間だ」と、彼は言った。彼の律儀さと私、それを両側に載せた天秤は、公園のシーソーのように揺れることなく、落ちた。
「あらそう。さよなら。ねぇ、私達、いつまでこんなことを続けるのかしら? 」と私は聞いた。
「僕達が未来を作るまでだよ」と彼は言った。
「ふふ。そういうチープな台詞、私、嫌いじゃないわ。またね」と私は言った。彼は何も言わず、そのまま部屋から出て行った。