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恋の火傷は触れるごとに・・


 放課後、3人で仲良く並んで帰宅するのも定着してきたような気がする。

同じ分かれ道で、いつものように別れ……期待して通る自宅近くの公園。


 満開だった桜の木は、雨が降って散ることなく葉桜になっている。

ピンク色の花に緑の葉が所々に交じって、風も無く散って落ちる花びらは呆気なさを感じ、風情が無い寂しさ。

風に舞って一気に吹き流れる花吹雪は儚さを見せるのに、ほんの少しの違いが、どうしてこうなるのだろうか。

そして期待通りの彼を発見し、時間の止まる様な息苦しさに入り混じるのは淡い想いと罪悪感。


 彼は私に気付き、曖昧な笑顔で近づいて来た。

公園の入り口で足を止めた私の心音は、縮まる距離に鼓動を速めていく。

彼は一定の距離を保ち、視線を合わせずに口を閉ざしたまま。


「相多君、図書室で何がしたかったのかな?」


質問の声に体が反応して、恐る恐る私の様子を窺う視線。

気まずさがあるのは分かる。

口を開いて言葉が出ないのか、閉じて頬を染めた。


「……代は、まだ私に何も教えていない。相多君には、本当に前世の記憶がないの?」


代は前世と違う未来を、この現世に望むと言いながら、私に情報を与えるのを戸惑っている。

正確には、先延ばしにしているようだけれど……

過ちを繰り返すような事態には程遠いのだろうか。

代の考えなど、前世を覚えていない私には理解できない。


「……記憶はない。だけど、数元さんと初めて会話した日……何かが見えた。」


何かが見えた……それは私が見たような曖昧なものかもしれない。

けれど、彼を突き動かす原動力になるだろうか。

前に自分が言った言葉が頭を過り、私も口を閉ざして立ち尽くす。


『貴方の前世に期待した私は存在しない。それでも現世の私を、貴方は……望んでくれますか?』


視線が合い、彼の眼差しに胸の痛みが生じた。


「……幸……」


小さな声で、視線を逸らすことなく真っ直ぐ見つめて呼ばれる自分の名。

罪悪感の痛みを癒すような甘さが広がって、何とも言えない切なさで涙が出そうになる。

どうしていいのか分からず、もどかしい。


「君は、前世で俺を選ばなかった……」


…………

目に映る彼が霞んで、思考停止。

心は漆黒の闇に染まる。


前世で、彼を選ばなかった。


激しい胸の痛みが、突き刺さる様で息も出来ない。

呼吸困難に戸惑い、不安と混乱の恐怖。

ふらつく足は不安定で、崩れそうになるのを止める力強い腕。

それに寄り掛かり、抱き寄せられて密着する体が熱を発するようで、頭が働かない。


 確かにあの時、相多君は代にも『記憶のない』事を告げた。

それなのに、私の罪悪感の核心に触れる。

何度、謝っても赦してはもらえない。

あなたは前世で『敵』だった、それは選ばなかった理由にならないの?

違う、何かが欠けている。

私の中、曖昧な前世の魂に……刻まれた願いが存在していた。

だからこそ奥深くに燻る別の者への敵対心が目覚める。


『あなたさえ、いなければ……』


 目から零れ落ちる大粒の涙が頬を伝い、通る風が熱を奪っていくのを感じて、これが現実なのだと思い知る。

いつからこんなに涙もろくなってしまったのかな。

この腕に支えられ、共有する温もりに安堵を覚え……悲しみと切なさに身を切られる様だ。

このまま、痛みを受け入れれば赦されるだろうか。


「……××××…………」


無意識で出た言葉。


「…………え?何だ、これ……っ!」


支える腕の力が緩んで、二人共に地面に崩れて座り込む。

彼は頭を押さえて、表情は苦痛に歪み額から汗が滴る。


私、何を……

もしかして真名だった?

けれど、彼の様子は以前のように体の自由が奪われるような重みとは違うのが分かる。

二度目は違うの?

どうすれば……

あ、代を呼べば何とかなるかもしれない!


「……幸、待って。行かないで。」


彼は、立ち上がろうとした私の手を掴んで訴える視線。


「相多君、代なら何とか出来ると思うの!」


私の言っていることが理解できているのだろうか。

彼は首を振って、何度も呟く。


「離れたくない。」


悲しそうな表情と大量の汗に、心がざわめく。

捕らわれた手の痛みも忘れ、自由な手は彼の額に触れた。

彼の痛みを、どうすることも出来ないのに……

どうやら額から流れる汗は止まって、頬に流れた水分も徐々に乾いているみたいだ。

私は無意識で、それを確かめるように、そっと撫でる。

彼は私を見つめて、その手を受け入れるように頬をすり寄せ、ゆっくり目を閉じた。


 彼の手が顔の部分にある手と重なり、捕らえていた手を胸元に導いて意思を伝えるような時間。

彼の体温など、ほとんど感じないはずなのに……

まるで焼けつくような熱が体中に生じるようだ。

これは魂に刻まれた前世の痛み?

彼は目を開け、頬に添えた手に口づけた。

私を突き刺す様に視線は真っ直ぐ……手の平には柔らかさ。

視線を逸らすことも出来ず、彼から伝わる温もりや感覚に想いは膨らんで……

私は、ずっと誤魔化してきた恋心を認める事になる。

熱い……火傷のようなチリチリとした痛み…………

それも甘く、受け入れて身を滅ぼすのを願ってしまうほどの幸福。

罪悪感を覆い……何故、彼を選ばなかったのかな……微かな疑問。


それは……

突然の恐怖へと突き落す。


「……相多君、止めて。私の名前は川埜かわの ゆき。前世など知らない。」


私の抵抗に、彼はハッとした表情を見せて手を離した。

そう、これが現実……

この想いは、叶えるべきではない。


「俺自身、君を呼ぶのが前世の名ではないのを知っているよね、幸?」


私は視線を逸らして立ち上がる。

そのまま視線を合わせずに、方向を変えて彼に後姿を見せた。


「……相多君、私は何も知らずに現世を生きてきた。確かに代に会って、思い出す事もあるわ……けれど、この魂に刻まれたのは罪悪感と憎しみだけ。この現世で、想いを遂げたとしても……前世であなたを選ばなかった事実は変わらない。」


 私は逃げるように走る。

代の恐れていた事は、これだろうか。

前世と同様に繰り返す。


『彼を選ばない』


悲願?

誰の願いなの、それは。

私は彼を選ばず、残ったのは後悔じゃない。

赦して欲しいと願う罪悪感。

理解している、頭では。

それなのに、彼と触れた部分が熱い。

侵食する熱が増えていく。


火傷のような痛みが……恋は、触れるごとに…………




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