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相互作用


 座り込んだ私と彼の距離は近く、息遣いが聞こえた。

体力を奪われたような倦怠感。

それは真名を呼ばれたからだろうか、体は解放されたはずなのに、精神を表すのは不安定な心音。

そっと目を彼に向けると、胸を痛めるような苦しみ。

彼は私の視線に気づいたのか、代を睨む表情が変わって顔を動かし始めた。

咄嗟に顔を背ける。


「おい、こっちを見ろ。」


低い声が私に呼びかける。

顔を背けたまま、声を絞り出して答えた。


「……嫌よ。私に何をしようとしたの?」


影がかかり、より一層縮まった距離に恐怖が走る。


「……ゆき?」


…………え?

思考は停止し、感情の変化など自分で判別できない程の瞬間。

私は自然に目を合わせてしまった。


今、何て?


彼が呼んだのは、私の名。

真名でも前世の名でもない……

彼は苦笑を見せ、頬を染める。


「ごめん。俺、自分が何をしたのか……分かっているんだけど、信じられないんだ。怖かったよね……」


さっきと同じ人物が出す声とは思えないほどの穏やかで優しい言葉。

表情は優しく、細めた目は同じなのに口元は緩やかな笑みを見せる。


 心奪われる一時。

この微笑みに既視感があった。

そして、同時に込み上げる感情と罪悪感が入り交じる。

彼の表情は複雑に変わって、困惑して戸惑う素振り。

気が付けば、自分の目から零れる大粒の涙が頬を伝って、手の甲と服に落ちた。


「……ごめんなさい。……ごめんなさい…………。」


自分の心の叫びが聴こえる。


『赦して』



 いつのまに近づいたのか、代が私の横にしゃがんで抱き寄せた。


「ジキ、約束を守れないのは理解できる……だけど、彼女を想うなら軽率な行動は控えて欲しい。お願い……過去と同様、すべてを喪うような事は避けたいの。」


言葉遣いが途中で和らいだと感じたのは、気のせいじゃない。

代自身、取り乱していたのだろうか。


「数元さん、君の願うのが俺と同じだとしても……俺は、すべてを知っている君が正しいとは思わない。記憶のない俺が、軽率なのは当然だ。どうにも出来ない。制御できるはずがない……」


 彼は立ち上がって、ズボンについた土を払い、背を向けて去って行く。

涙は止まっても、痛む胸はチクチクと刺さる様で、軋むような重み。


 代の抱き寄せていた腕が緩み、乾いた涙の痕を撫でるように私の頬を指で触った。


「……軽率なのは私ね。ごめんなさい……幸、出逢いを憎まないで。……“また”繰り返すのだけは避けたいの……」


 倦怠感も気にならなくなり、先に立ち上がった代に差し伸べられた手を取って腰を上げる。

見上げると、大量の桜吹雪が風に舞う。

花びらを掻き集めた上空の風がピタリと止まって、雪のように降り注ぐ。

私は手のひらを上に向け、受け止めた一枚を握り締めた。


「代。ずっと私を見守って、つきまとうことなんて出来ないよね。『守護』すると、あなたは言うけれど。前世が私や彼、智士君を巻き込んでいる……誤解しないで。疑っていないからこそ、知りたい。」


代に目を向けると、いつものように穏やかな微笑みを返す。


「私は……自分が一方的に関心を抱いた。前世の記憶を頼りに、ストーカー行為。気付かれないように接近することも考えたけれど、天性の悪い癖が働くの。もう、二度と……繰り返さない。同じ過ちを。あなたの幸せ……きっと、もっと……ちがう未来があると信じる。」


私は、この出逢いを憎むかもしれない。

だけど願うのは同じ……未来。

自分の記憶にない前世に左右されず、今の自分を精一杯に生きる。

例え、それが因果関係だったとしても……私たちの相互に与える影響は、きっと……もっと、ちがう未来があると信じたい。


これから降り懸かる運命も、絡んでいく想いも……相互作用…………





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