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熱と冷たさ


 代は穏やかな微笑みで私を見守る。

その視線に安らぎを覚えたのは確か。

私の前世と同様、彼女からの“裏切り”だと感じることが待ち受けているのだとすれば……夢に見た前世の私は、どうしたのだろうか。

私なら……



「幸、次は選択科目で移動だぞ?」


満面の笑顔で智士君が覗き込む。

考え事をしていたら、周りに人がいない。


「ごめん、ありがとう。」


慌てて教科の準備を持って立ち上がる。


「お、習字かよ。俺は美術なんだ。途中まで一緒に行こうぜ。」


男の子の優しさに、嬉しいのは本当なのだけど……何だろう、この安心感。


「ねぇ、代の前世は男の人だったけど、智士君は?それに、『敵』だったんだよね……」


あ、後半は前世の記憶がないんだっけ。

後から気づいたけど今更、取り消せない雰囲気。

そんな私の心配も気にすることなく、智士君は考え込む。

言いたい事をまとめているのだろうか。


「うぅ~~ん。……多分、女だったんじゃないかな。敵だったとは聞いたけど、どれほどの面識だったのか……ただ、俺を初めて見たシロは泣きそうなほど嬉しそうな顔をしていたよ。」


自分が女で、智士君が男だと知った時に歓喜を見せた。

それは、ロミオとジュリエットみたいな関係?

そんな二人の間に、私なんかが入っていいのかな?

この一緒に歩くのも、私との仲を誤解されないだろうか。


「ぷ。幸の表情がクルクル変わって面白ぇ~。……考え事のし過ぎでハゲても知らねぇからな。」


頭に触れる優しい手。


「あ……なお。よっしゃぁ、選択が同じだったのか。幸、また後でな!」


 独りで歩く後姿に、智士君は走り寄って飛びつく。

遠くに見える“彼”……智士君と同様、ここからでも認識できた。

圧し掛かる智士君に不機嫌ながらも、一瞬だけ見せる笑顔。

胸が騒ぐ。

視線を逸らして、自分の選択教科の行われる教室へと急いだ。



 筆は墨を十分すぎるほどに吸収し、溢れて零れる。

含み過ぎた水分を丁寧に落としながら、教室内の静けさを味わう。

小さな音。

紙を流れる筆の動き。

空気が張り詰めるような静寂は、日常を忘れそうなほどに精神統一へと誘う。

筆を紙に置いて、勢いと呼吸に合わせて流す。

心と同調し、黒い墨は自在に白い紙を彩っていく様だ。

墨の香り……


ポタっ

……ポタタ……


集中力が途切れ、無意識に運んだ筆が紙に斑な水飛沫みずしぶきを描いた。

まるで涙の痕、吐血のような…………っ!

痛い。

焼けつくような熱。


「……さん?」


声に反応して、ゆっくりと視線を向けると、霞む視界に女性の姿。


「凄い汗で顔色も悪いし……」


目に入ったのは教科担任の先生。

汗を拭おうと手の甲を額に当てると、信じられない程の水が手首を伝う。

自分の驚きが恐怖に変わる。

痛みを感じるほどの熱はなく、汗を流す自分の体が冷たいように感じたから。

震えが生じ、それが寒さではなく恐怖によるものだと思うと、自分で抑える事は出来なかった。

私は隣の席の子に付き添われ、保健室へと向かう……


 そこに先生は不在で、しょうがなく横になるベッドは冷たくて消毒の匂いがした。

付添いの子は利用記録に記入をして、部屋を出て授業に戻っていく。

ここも静かな部屋……

誘われる睡魔に身を委ねて落ちていく。

懐かしいようで切なくて、胸を締め付けるように息苦しい。


 夢の中なのか、霞む視界が鮮明になって目前には代……

女性で、服装はどこかの民族衣装を窺わせる姿。

この人は代ではなく、智士君の前世なのかな?

それなら私や代とは『敵』だったはず。

彼女は私を見つめ、涙を零して何かを叫ぶ。

まるで、私に赦しを請い求めているかのように。

自分の奥深くに燻る感情が燃えるように熱を発した。


「……あなたさえ、いなければ…………」


え?

自分の出した言葉に理解が追い付かず、現状を把握しようと必死に手を伸ばす。


 それなのに夢は途切れて漆黒の闇に変わった。

額には冷たい感触。

自分の思考が伝達を与えて、力は働く。

少し霞んだ視界が広がるのと同時で、徐々に見える白い天井。

顔を横に向けて、周りの情報を手に入れようと体を動かした。


「起きて大丈夫?」


優しい女性の声がして、閉じていたカーテンの隙間から顔を出したのは保健室の先生だろうか。

額に置かれていたのか、濡れた布が自分の避けた布団に乗っている。

それを掴みながら自分の体調を探る。

頭はボンヤリするようだけど、熱さや寒さのどちらかが自分を支配することはない。

震えていないし、恐怖も感じないで正常だ。


 ただ……あの夢が心にあるのなら、今、私の感情を占めているのは怒りのはず。

なのに……また、心は重くて罪悪感が増えている。

私の前世に何があったのか、それを今の私は知るべきなのだろうか。

できれば、知りたくない。

思い出したくない……だって、それはきっと…………


「先生、大丈夫なので自分の教室に戻ります。」


ベッドから離れ、制服のシワを確認した。

それと同時で、自分の体に異変がないか確かめる。

保健室に掛かった時計に目を向け、ため息を吐いた。


「そうね、お昼も近いし……栄養のあるものを食べなさい。」


栄養のあるもの……

母の作ったお弁当に感謝だな。

毎日、彩り豊富に様々なオカズを用意してくれる。

それが私の日常……


 夢に見た前世

……途切れ途切れで、繋がりも見えず…………


 代の前世に感じた寒さ。

拒絶のような冷たさを味わい、突き放されたような寂しさに行き場を失って悲しみに染まった。

前世の私が感じた裏切りは、『守護』を願う代の何らかの配慮。


 次に見たのは別の場面。

それらは本当に、自分の前世の記憶なのかな?

ただの空想?


 前世の『敵』だと聞いた智士君の懺悔も受け入れず、熱が過熱して火炎のように膨らんだ罪悪感……

前世に何があったのか。


前世の記憶は様々な変化を繰り返して……

それに伴うのは、熱と冷たさ…………




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