【オマケ短編1】危険な夜(後編)
テレビを眺め、内容など記憶にも残らない。
男の子の入浴時間なんて、呆気なく過ぎるのね。
相多君と入れ替わりで、着替えを持って風呂場に向かう。
考えないようにしているけれど、前世の記憶は悲恋だったとしてもオトナな恋愛をしてきた。
戦の絡んだ時代で命と向き合い、結婚を意識して相手に想い焦がれ……
時代が違う。
今の私たちは学生で平和な時代に生きていて、結婚や死など程遠い。
分かっている。
何もかも。前世も現世も、すべて理解の範囲内で、どうすべきなのか。どうしたいのか。
湯船に浸かって天井を見上げ、ため息を吐く。
相多君は私と『幸せになりたい』と、そう言った。まるで告白と言うよりプロポーズみたいな言葉。
嬉しかった。
彼の背負ってきた悲しみを知り、癒してあげたいと願う。
過去からの想いを引き継ぎ、それに流されているだけではなく……私は、この現世で彼と共に生きたい。
そう、過去の悲恋を覆すことなど出来ない。
智士くんは代への想いを抱き、代の心も智士くんに惹かれている。
私の想い、心は……今、私の身体。
何か吹っ切れたような気がして立ち上がる。
体を滑っていく水滴。丸みを帯び、過去と同様の成長を遂げた女性特有の身体。
魂に刻まれた記憶は過去の物。
シロを刺した刀の感覚。アスターを受け入れ、最期に願ったユウエンへの想い……
今の私じゃない。
だからこそ現在……精一杯、相多君に対する気持ちに応えたい。
脱衣場で体を拭い、ラフな格好に着替えて髪を乾かす。
彼の触れた髪と頭……私に向ける視線は優しく、不安と恐れの表情からの変化を目の当たりにした。
ラセイタと同様、私は彼を受け入れている。拒絶など、考えもしなかった。
触れられることを望み、過去の記憶を請い求めるように目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。
うん、相多君が好き。
今の私の本当の気持ち。相多君の反応に一喜一憂して、臆病なのは変わらず逃げ腰なのも事実。
出来れば、彼を傷つけないような対応が出来ればいいな。
考え事をしながら、広間に向かって歩いていたけれど、テレビの電源はオフの状態で静か。
そこには人の気配はなく、窓が開いていて、外に居る相多君。
ウッドデッキの柵に腕を乗せ、空を見ている後ろ姿。
そっと近づいて彼の横に立ち、同じように見上げる。そこには満天の星空。
どこか懐かしいようで、一番思い出してはいけない事が頭を過る。
私は自分の思考を誤魔化そうとして、口を開いた。
「相多君……」
「それ、止めない?」
彼の眼は優しさもなく、言葉と同様突き刺さる。
そんな私の反応を見た彼の表情が変化していく。
「ごめん、違うんだ。怒っていないから固まらないで。
名前を……俺を名前で呼んで欲しい。いつまでも名字じゃ嫌なんだ。」
拗ねていたのかな。
私があなたを傷つけたくないと思う気持ちは、あなたも私に対して同様で、過去とは区別された今の自分の存在を確立したいと願う。
この時の生きている証を求め、それに応えて……互いに補い合うかのように。
「……ぉ。直くん?」
気恥ずかしさに耐えられず、小さな声で疑問形。
でも私の呼びかけに、彼が笑顔を見せたのは一瞬だった。
「俺は、どれだけ欲深いのかな。
望みは際限なく膨らんで満ちることは無く、埋まることを知らない。」
彼も私の言動に一喜一憂。より異質な闇を垣間見せているようで、悲しみと切なさに戸惑う。
常に自分の感情が優先され、彼の真意を探れずに終わるのが情けなさを募らせる。
「幸。君は、この星空を見て何を思い出した?」
直の視線は私の深層を探るように真っ直ぐ向けられ、私は目を逸らすことなく受け止めたまま答えた。
「あなたも夢で見た。アスターを受け入れた時を思い出す。
だけど今まで抱いていた罪悪感は無く、あなたを直視できる程に前世の記憶が他人事の様に思えるの。」
過去は変えられず、今の私とは違うラセイタの人生を否定することも間違っている気がするから。
直は悲しい表情で私を抱き寄せた。
彼の腕の中に居るはずなのに。
温もりを共有しながらも、私の居場所が無いような不安定さ。
直の表情を見ようと顔を上げ、彼が私に向けた視線と目が合った。
見下ろすのはアスターではない。けれど、あの日と同様の星の煌めき。
直の不安が理解できるような気がする。
「……幸、君の初めてが欲しい。」
小さな声。きっと声に出すつもりはなかったのだろう。
不安に駆られるのは、前世の悲恋を繰り返した結果。
私の前世、全て知って欲しいと願ったけれど……こんなに似ている景観を目の当たりにして、直の心はアスターへの嫉妬で染まった。
今まで罪悪感に苛まれた出来事。
それが引き起こす現状に、私の心が満たされているなんて彼には言えない。
「良いよ、あげるわ。」
浅はかさ?そうかもしれない。だけど前世と同じ結果にはならないわ。
今の私の心に偽りはなく、この想いが悲恋に終わるとしても……後悔などしないと断言できる。
だから私は逃げない。彼が私を望むなら受け入れる。
「……ありがとう。
いつか必ず俺を受け入れて。」
“いつか”と先延ばしにして、また私を信じるのね。
寂しい。愛しさに身を委ねてもいいと願うのに……あなたは、どうして躊躇しているの。
アスターとの思い出を塗り替えたいと考えるのは、ユウエンの記憶から生じた願い。
だけど彼も必死で、今を望んで生きている……
直として私に接し、彼自身の想いと願いは前世と同様に私への信頼を示す。
頭では理解できるのに。
私は手を伸ばし、彼の頬に触れて撫でるように動かす。
彼は目を細め、手を重ねて頬をすり寄せた。
甘えるような彼の仕草に、私の心は駆り立てられるように感じる。
もどかしさ。
どう伝えて良いのか迷い、どうすればいいのか惑う。
もう片方の手を移動させ、指で彼の唇に触れた。
細めた目が見開いて、視線が私に向かう。彼の見つめる目が全てを見透かすようで恥ずかしい。
視線を逸らしそうになるのを必死で抑え、視界を遮るように目を閉じていく。
伝わるだろうか。
いつかではなく、今……あなたを受け入れたいという私の願い。
「幸……」
小さな声で呼ばれたけれど、彼からの拒絶を恐れ、ぎゅっと目を閉じた。
直の手は優しく私の両手を掴む。
その手は彼の胸元に移動し、密着する体が二人の距離を知らせた。
近づいてくる彼の息遣い。額に柔らかな感触。
そっと目を開け、間近にある彼の顔に心臓がありえない音を発する。真剣な眼差し。
目は閉じ気味で、唇を近づけて目元にキスを落とした。
惹かれた心は奪われ、頭は何も考えられずに……ただ甘い時間を味わう。
彼の手が頬に触れ、私がしたと同じように優しく撫でる。
この手に愛情を注がれるようで、もっと味わいたいと、思わず自分から頬をすり寄せた。
彼も同じだっただろうか。そうなら嬉しい。
彼の指が唇に触れ、端からなぞる様に、ゆっくりと移動する。
切なさが涙を込み上げさせ、零れて頬を伝う一筋。
「俺は幸が好きだ。」
額を合わせ、目を閉じて想いを伝える彼の言葉が沁み込んでいく。
彼の手に手を重ね、目を開けた彼の瞳が涙で潤んでいのが分かって、息苦しさを感じた。
急かされる心。
「私も、あなたが好き。」
前世を塗り替える記憶としてではなく、この私の想いは純粋に彼を求めているのだと実感できる。
近づいてくる彼の唇と見つめる眼。
閉じ気味な彼の目と同様、私も視界を狭めていく。
ずっと見ていたいけれど、彼が触れる感覚を味わうことを望んで目を閉じた。
彼の唇を受け、何度か軽く重なる口づけ……
目を開け、彼の視線を受けて私は笑みがもれた。
彼は目を細めて、微笑んだような気がする。
重ねた唇を口づけたまま、深く落とし……私を求め…………
end




