【最終話】彼の願いに思わず笑みが出てしまった【完結】
入った部屋には相多君と智士くんが立っていて、何か小さな声でやり取りをしている。
智士くんは相多君に合図を送り、私に近づいて、持っていた食器を笑顔で奪う。
強引さは無いのに、呆気なく智士くんに食器を渡すような流れ。
無言の圧力を感じたような気がする。
茫然と、役目を終えたような智士くんの後姿を見送った。
少し離れた所で、相多君が読み取れないような表情で手を差し出す。
怒っているような、様子を窺う様な雰囲気。
「幸、近くに海があるみたいなんだ。一緒に行かないか?」
既視感。相手は異なるけれど、この場面に覚えがある。
背に気配を感じ、身構えてしまう。
「あの、準備するから相多君は先に外で待っていてくれるかな?」
相多君は、私の返事に悲しそうな表情で手を下ろして、視線を別の場所に移した。
私の後ろから家に入って来る音に視線を向けることも出来ず、代が近づくのを意識する。
「数元。アスターは、あの後……どうなったんだ?」
相多君の質問にも立ち止まることなく、私の横を通り過ぎていく。
そして代の後ろ姿と、小さな声。
「彼女の望み通り生きたわ。
圧政から諸国を解放し、相応しい統治者を据えて役目を終え、眠るように目を閉じた。
最期は分からない。
もしかすると、圧政時に利益を貪っていた者に毒を盛られたのかもしれない。
でも悔いはなかった。」
アスターの最期。知るべきだと思っていた事を、相多君が聞き出してくれた。
代の表情は分からない。
その進行を阻むように智士くんが立ち、抱き寄せる。
「幸、外に出ようか。」
視線を二人から逸らして、私は相多君の後を追うように外に向かった。
胸が痛む。
罪悪感とは違う様な、何と言い表していいのか分からない感情の波。
外に出ても、相多君は振り返ることなく歩き続ける。
速度は、ゆっくりで。
5分ほど無言で歩き続けると潮の匂いがして、一気に景色は開けて真っ青な海が見えた。
思わずスピードを上げ、波際まで走り寄る。
「相多君、海に来た事ってある?」
沈んだ心もすっかり忘れたように、方向を変えて彼に話しかけた。
「小さい頃に何度か。幸は、初めてなの?」
「うん。
前世にあったのは川だったし、嬉しい。」
私は波際から離れ、相多君に近づいて行く。
「川……か。
あの時、ラセイタの濡れた姿を見て我慢できなかったのが、全ての元凶かも知れない。」
……何を思い出しているのかな。
自分の事じゃないのに、何故か恥ずかしくなる。
「相多君。ユウエンはラセイタの、どこが好きだったの?」
智士くんが失礼な疑問を私に抱くから。
確かに、そんな素振りを思い出せないし……リコリスの言っていた事も、未だに理解できないのよね。
「どこと言うより、身近にいたラセイタを特別な女の子として意識したのが大きいのかな。」
相多君は苦笑して、少し頬を染めながら私を見つめる。
特別な女の子……その言葉に嬉しくなって、ドキドキが増していく。卑怯だ。
「幸。あのさ、俺……してみたい事があるんだけど。
いい?」
してみたい事って、私に……だよね?
思わず身構えるけれど、彼の見つめる視線が変わらずに優しいから、私も望んでしまう。
「……うん。」
ユウエンがラセイタを特別に思ったように、相多君が私を見る視線も同じなの?
……もしかすると、彼は確かめたいのかな。
相多君は私の目の前まで近づき、視線は頭上を見つめて手を移動させた。
何をしたいのかな。
手はゆっくり私の頭に近づいて、優しく留まり、円を描く様に撫でる。
……コレですか、したかったのは。身構えた私が恥ずかしく思えてくる。
息を吐き、彼の表情に目を向けて思考停止。
「はは……。
まさか現世でも緊張するとか。」
何とも愛しさの溢れる歓喜の笑みに、心奪われてしまった。
だけど現世でも?
ユウエンはラセイタの髪をグシャグシャにして、気兼ねなく触っていたよね。
「ユウエンがラセイタを、どうして好きだったのか。
それはラセイタの俺への信頼なのか、心を許しているような……
ふ。小悪魔だよねぇ。」
何が小悪魔なの?
彼は納得できずにいる私を見つめ続け、撫でていた手を移動させていく。
私の前髪を、指で横に分けるように流し、こめかみ辺りの髪を梳きながら頭を撫でた。
心地よく感じる。懐かしさを味わうような、幸せになれる温もり。
前世の記憶を得ようとして目を閉じた。
「……どこまで、心を奪えば気が済むのかな。」
耳に入る声。
目を開けると、彼の顔が間近で私を見つめる。
「相多君?」
私は戸惑い気味に問いかけ、足を一歩退け距離を広げてしまう。
「ラセイタが髪を乱雑に切った時、周りの奴らがラセイタの髪を触ろうとしたんだ。
だけど、幼い時からずっと見て来た俺も知らない程に、強烈な拒絶と怒りを露わにした。
怖かった……」
そんなに怖い怒りを示したような記憶がないな。
どんな顔をしていたのか気になるけど、そんな表情でユウエンは好きになったりしないよね?
「その他大勢と、同じような拒絶を受けるのが。」
あ、それで……してみたい事だったの?
うわぁ、恥ずかしい。
過去の自分は、何も知らずにユウエンに触れられるがまま受け入れた。
悔しい。あの時の自分も、今の自分も。
「サチを好きになったのは、どうしてなの?」
こうなったら、相多君にも恥ずかしい過去を語ってもらおう。
「そうだな。
ラセイタと同様の噛みつくような反抗的な眼も、印象的だったけれど。
俺がする外の話に、自分の意見を言うサチとの時間を懐かしいと感じた。」
「そうね。サチは、その時間が当然だと思うようになっていた。
ジキに惹かれていくのに、理屈などなかったような気がする。」
前世だとか、村の生贄とか関係なく……心は純粋に、想いを募らせていた。
「幸、俺の枷は罪悪感……
この現世では、一族を背負うような立場などない。戦いに率いていくような仲間も、喪う事はない。」
ユウエンとジキの前世に絡んだ悲しみの戦。
喪った多くの命を背負って、悲恋を繰り返し……この現世で、彼に感じた孤独は枷だった。
彼の痛みが、私に沁み込んでいく様だ。
それらの痛みを全て受け入れて、癒してあげたい。
「俺の願いは、叶うだろうか。
幸……君と幸せになりたい。」
私が、この現世で願うのも同じ。幸せ。
彼の願いに思わず笑みが出てしまった
「前世からのストーキングはお断りなのですよ」
END
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
目指した物語は完結なのですが、何だか物足りないような気がしますね。すみません。
『完結済』になるのはオマケを追加した後です。詳しくは活動報告をご覧ください。




