××××は悲嘆を慰める
忘れられない想いがある。
それは死を覆すほどの愛。望んだのが間違いだったのだろうか。
降り積もるのは後悔。目の当たりにしたのは、手に入れたと思った君の心が砕けた瞬間。
それなら……
何の為に転生を繰り返す、何のための処罰だったのか。
返答を問う。
死を願う我に対する希望を踏みにじり、今はただ君を守護する。
淡い想いを封じて……
なおも繰り返す希死念慮。
新たな生命にも必ず死の渇望が備わる……天性…………
私の記憶は途切れ、炎雨だった景色は暗闇に染まっていく。
私以外の想いも見ることなく、ただアスターの悲しい声が聞こえ……意識は目覚める前兆を感じ取った。
まだ目覚めたくない。何も知ることが出来ていないから。
『幸、代は夢で見せる事を望んだ。
しかし各々から聞いて知るべきだと俺は思う。目覚めよ』
アスター……あなたは残酷な人ね。
私たちの心を苦しめるとしても、最善な方法を選ばせる。
それは、あなたが出来なかった事だから?それとも……そうね、代に答えてもらいましょう。
夢ではなく、この現世で全ての記憶と感情を。
智士くんや相多君にも同様に……
その方が、魂に刻まれた罪悪感を癒せるような気がする。
相多君。いつの時代も変わらずに、場所が変わっても貴方は……優しい視線で私を見つめる。
そんな視線を信じる事が出来ず、私の心は揺れた。
『貴方の前世に期待した私は存在しない。
それでも現世の私を、貴方は望んでくれますか?』
望んではくれない。貴方は、この前世を見て知った。
きっと離れて行くに決まっている。もっと時間があれば……ちがう未来があったはずなのに。
私は私……だよね。
過去の記憶に左右されず、願うのは……貴方も同じでしょうか?
私たちに降り懸った運命も絡んでいく想いも、きっと……もっと、ちがう未来があると信じたい。
ずっと罪悪感があった。
赦して欲しいと願い、罪を犯したのだと感じるような記憶。
淡い恋心も、掻き消されるほどの罪の意識に苛まれ。
私は彼を選ばなかった?
違う、選ぶ事が出来なかった。
だって恋心に気付いた時には、ユウエンはリコリスを受け入れたのだと聞かされた。
冷静になれば、ユウエンが帰って来ると約束した日の前に、リコリスの元に居るなど考えられない。
私に文様を捧げると誓ったのに。
貴方を喪った……想いを伝えることも出来ずに。
同様に、ジキを受け入れることも叶わず、悲恋を繰り返した。
それが現世に影響を及ぼしたかのように、私は相多君に近づいてはならないと、不安に近いような言い表せない複雑な思いを抱く。
恐れとは違う罪悪感に近い感情を常に。
彼に感じた『孤独』は、前世の所為かな?
貴方は探る様な視線で私の表情を読み取って、不敵な笑みを見せた。
私は、この出逢いを憎むかもしれない。
願うのは未来。自分の記憶にある前世に左右されず、今の自分を精一杯に生きる。
例え、それが因果関係だったとしても……幸せになりたい。
前世だろうが現世だろうが、さらけ出した本質が垣間見えたのは本当の事。
彼が望むのは、今の私じゃない……だけど、貴方が望んだ私も……前世には存在しない。
記憶にも掛からない淡い感情。
徐々に染まる恋色に、無意識の執着が織り交ざる。
目覚めるまでに時間がかかり、グルグル回る思考。
「……き、幸。
起きてくれ、頼む。」
聞こえる声が大きくなっていき、現実へと呼び覚ます。
相多君の声。
目を開けると、太い木で組まれた天井が見えた。
ここは代の別荘、ログハウスの一室。
横になっていたベッドで身を起こし、声のする方へと顔を向ける。
ホッと安堵した表情を見せて、変わらない優しい視線。
どうして、あなたは変わらないの?
「……ごめんなさい。」
視線を思わず逸らしそうになるのを我慢して、涙ぐむ。
「幸、俺は前にも言ったよね。『前世を利用するつもりだった』と。
……少し場所を変えようか。
俺は夢から覚めて一番に、この幸の部屋に来たんだ。
君の夢とは違い、俺の想いは直接伝えたいと思ったから。」
彼は手を差し伸べ、私の手を引いた。
内心の戸惑いは、何と言い表していいのか分からない。
彼は、赦してくれた?
大きなログハウス。
記憶の操作されていた時に、楽しい計画を立てながら、代から聞いた情報通り。
当時のドキドキやワクワクなど、忘れてしまっていた感情が沸き起こる。
これが今、私の生きている現世。現実。前世は、取り返しのつかない過去の事。
この手の温もりは、ラセイタでもサチでもない私、幸の体験している事。
彼は階段を下り、一階の広間に向かった。
そこは、全員が集まってゲームをしようと言っていた場所。
大きなソファーが並んでいて、相多君は私に対面で座るように促した。
座った私を見つめ、彼は立ったままで苦笑する。
「俺さ、恨んでいたんだ……数元を。」
恨むのは当然じゃないの?
どうして今、その感情が過去形なのかな。
「数元と初めて会話した日……何かが見えて、それが日に日に鮮明な記憶になっていった。
俺を殺した奴が、ラセイタの名を叫んでいた。
彼女には、同族ではない者を受け入れた文様……
一生触れる事さえ叶わず、愛した者の命約を目前に、俺は死んだのだと。
だけど君は、その命約を破って……死に際の俺に触れた。」
そう、ラセイタが最後に選んだのはユウエン。
私の代への罪悪感の理由。
「ふ。自分に関係のない過去の出来事など、どうでも良いと思っていたけれど。
幸、あの時の俺は幸せな気持ちで逝ったよ。
……後悔がなかったと言えば、嘘になるけれどね。」
相多君は涙を浮かべながら、過去と同様の笑顔を私に見せた。
「数元は俺に、幸の真名を教え、俺達の幸せを願っていると告げた。
それなのに、俺にはジキの名を告げユウエンの記憶の欠片を渡した。
俺の中に存在する孤独が、数元の告げる前世の話と相応するように感じ、同時に芽生えた殺意。
約束か……
幸は覚えていないよね。
学校にある大木の桜。そこで、君を見つけた。」
桜吹雪の校庭を通る度に、何かを思い出しそうな香りで、胸が痛むような複雑な感情と既視感。
あの水辺の木を思い出していたんだ。
魂に深く刻まれた記憶。
「……覚えているわ。
私も、その時に貴方を見つけたから。」
目が合ったような気がする。
だけど私は県外からの受験で、顔見知りなど居ないし、胸には罪悪感があった。
貴方に近づいてはいけないと思ったの。
「前世を信じた訳じゃない。魂に刻まれた記憶が俺を急かすんだ。
それを読み取った数元は、真名と交換条件で俺に約束をさせた。
『彼女を想うなら軽率な行動は控えて欲しい。過去と同様、すべてを喪うような事は避けたい』と。
それで、数元は俺に協力すると誓ったんだ。」
真名……
「代は、私にも同じようにしたわ。
記憶を少しずつ。まず最初はサチの記憶から……
ふふ。変わらないわね。シロもサチに言っていたのよ。
『敵だと思ってはいけない。純粋な心で彼を見て欲しい。』と。
私たちの幸せを願っていたのは本当なのよ。」
「数元は何を願って、この転生を繰り返すのだろうか。
少し不安になるけど。」
そう、この意図的な転生……誰の願いなのか。
「俺は、思い描いたような幸せの欠片もない巡り合せを憎んでいた。
現世で常に、前世の悲恋に押し潰されそうで。
……過去は変えられない。
だけど俺も、智士や数元の前世を知るべきだと思ったんだ。」
表情は優しく、目を細めて口元は緩やかな笑みを見せる。
懐かしい微笑み。
「相多君、私が謝るのは間違っているみたいに言うけれど……
『ごめんなさい。』」
彼は私に真っ直ぐ視線を向けて、はっきりと告げる。
「ごめんな、幸。
俺がリコリスより信じられるような男だったら、ラセイタを敵地に行かせることも無かった。
俺が、オヤジに逆らえる奴だったらサチを幸せに出来た。」
あぁ……貴方にも、罪悪感が存在したのね。
相多君は私たちの前世で犯した罪を、受け止める側なのだと思っていた。
「俺は現世で、幸の悲嘆を慰める事は出来るだろうか?」
込み上げる感情に、涙が溢れて止め処なく流れ落ちていく。
真名の通り。彼の天性の物。
勇敢に戦い真心を持って、ユウエンは悲嘆を慰める…………




