前世の悲恋に抗い過去とは異なる結末を願う・・
夜明け。
目が覚めると、アスターの姿はなかった。
私の服に乱れは無く、体に布が被さっている。
起き上がり目に入ったのは、私の身に生じた印。
同族の文様は、すべて黒くて何らかの形を模していた。
だけど私のは……なんと色鮮やかに映えるのだろうか。
大輪の淡い花と、鮮やかな緑のつる。
彼に固有の文様など存在しない。
これが種族の違うアスターを受け入れて身に纏った物。
複雑な気持ちが何とも言えなかった。
嬉しい反面、同族ではない者の印を身に纏うことが禁忌を犯したようで、胸が痛む。
後悔など存在しないと思っていた。
村の皆……すべて殺したと聞いたから。
ユウエンが生きていたとしても、彼はリコリスを受け入れた。
心を癒す数日。
アスターの涙が、私に降り注いだあの日から……愛しさは膨らんで…………
日は刻々と昇っていく。
私はアスターの持ってきた布袋を開けた。
中には皮袋に入った水と、村まで十分に行けるほどの食糧。
身に被さっていた布を小さく折り、布袋に入れた。
地面に敷かれた布は土を払い、それで身を覆って歩き始める。
強い日差し。
村への道程は、あてもなくさ迷った時以上に遠く感じる。
皆は、村は……どうなったのだろうか。
すべてを殺したのであれば、敵は近くに居ないかもしれない。
私は村を正面から見るのを恐れ、遠回りして川沿いに歩いて行く。
村の家に害はなく、静けさだけが異様な空気を漂わせていた。
頭に被さった布を避け、周りを見渡す。
「……ラセイタ。あなたなの?」
小さな声が後ろから、川の方から聴こえて振り返る。
この声は……
「リコリス、あなた生きていたの?」
私は単純に生存者が居たことを喜んだ。
きっとユウエンが彼女を守ったのだろうと。
近づこうとした私を見て、リコリスの顔面は蒼白になる。
被さっていた布が肌蹴、纏う印が見えていた。
「あの、これは……」
説明しようと口を開いた私に、リコリスは涙を流しながら叫ぶ。
「ごめんなさい!こんなつもりはなかったの。
信じて……なんて言えない……う。
ふっ……うぅ……ごめんね、ラセイタ。」
何故、謝るの?
彼女は私を見つめ、涙を零して叫び続ける。何度も私に、赦しを請い求めて。
立ち尽くす私の耳に……
「私が受け入れたのはユウエンとは別の人なの。」
今、何を言っているのか理解は追い付いていない。
ただ、疑問だけが生じる。
「リコリス、その文様はユウエンだよね?」
「……違うの。
あなたは知らないわ、ユウエンが護っていたのだから。
誰にも触れさせず、目の届かない場所で独り占めして特別扱い。
羨ましかった……」
何を言っているのか分からない。
リコリスの文様は、似ているけれどユウエンの物ではないということ?
それなら、私は……
約束も守らず、ユウエンを信じることもせずに逃げた。
そして悲しみに暮れ、自分の痛みを理解してくれたアスターを受け入れ、身に纏うのは…………
自分の奥深くに燻る感情が燃えるように熱を発した。
「……あなたさえ、いなければ…………」
リコリスの懺悔も受け入れず、熱が過熱して火炎のように膨らんだのは……罪悪感。
分かっている。
確かに、彼女の行為がなければ未来はちがっていただろう。
だからと言って、自分の決断は罪悪感を抱かずに済んだだろうか。
村の静けさ。
リコリスの声も届かず、村の中に歩を進めた。
彼女が生きているなら、きっとユウエンも生きている。
そう思うと、足が勝手に動く。
目に入ったのは村の入り口から徐々に広がる炎。
もっと言語を聞き取れる力があれば、何かが変わっただろうか。
アスター……あなたは敵、私の身近な者達を殺した種族。
あなたが死を願っているのを、兵士たちは知っていた。
願った希望。
火の広がる側から走って来るのは、会いたいと願ったユウエン。
彼も私に気付いて近づいて来るが、途中で足を止めた。
歓びの表情が曇り、目は私の身体を見つめて後ずさる。
自分の纏った文様に、言知れない恥辱。
「嫌だ、見ないで!
……お願い…………
ごめんね、赦して……ごめ……っ。」
後悔などしないと思っていたの。
どうしていいのか戸惑いながら叫んでいた。
錯乱して、周りなんて見えていない。
「ラセイタ!」
聞こえた声が信じられず、目を向けた瞬間……
ユウエンに突き刺さる剣と、今までに見たことのない怒りを露わにしたアスターの姿があった。
ポタっ……ポタタ……
剣から滴る血が、地面に斑な水飛沫を描いていく。
崩れながらユウエンは後ろを確認した。
アスターに生きる希望を与えたのは私。
ユウエンを殺したのは、私が招いた事。
死んだと思っていた。
あなたが生きていてくれるだけで嬉しかったはずなのに。
リコリスを受け入れてはいない真実を告げられたのは、アスターを受け入れた後。
どれほど再会を憎んだだろう。
そして喪った。
固有の文様を身に纏った女性は、その印以外の男性に触れてはならない……
頭では分かっていたけれど、無意識に体を突き動かした。
倒れるユウエンを受け止めた重みで地面に座り込み、見上げた私はアスターの表情に安堵する。
すべてを悟ったように、穏やかな微笑みを浮かべていたから。
私は視線をユウエンに移していく。
「……ごめんなさい。」
ユウエンは力を振り絞り、私の前に膝をついて見下ろした。
悲しそうな表情。
そっと手を伸ばして彼の頬に添えると、ユウエンは手を重ねて苦笑を返す。
「……俺は、もっと踏み込むべきだった。
ごめんな。」
自分の心の叫びが聴こえる。
『赦して』
ユウエンの口元を血が伝い、目は徐々に閉じていく。
揺らいだ体を自分の元に抱き寄せ、目に入ったのは文様の変化。
冷たくなっていくユウエンの体温と同調するように、鮮やかな緑のつるは縮んで茶色くなっていく。
大輪の花々が散って空中を舞いながら、萎れて茶色くなり、風に運ばれて粉々に消えた。
アスターは何も言わず、その様子に視線を真っ直ぐ向けて見つめていた。
「アスター、あなたとの約束は果たせない。ごめんなさい。
あなたを愛したのは本当よ。でも、喪った物は大き過ぎた。
……行って。
あなたには、なすべきことがあるでしょう?」
私の向けた視線を受け、語る言葉に涙を零した一筋。
そして微笑み、アスターは何も言わすに背を向けた。
村を呑み込んでいく燃え盛る炎が迫る。それは上空へと舞いながら、熱風を巻き起こす。
その光景で自然の力を目の当たりにし、恐れも通り越したのか、諦めや死の覚悟とは違う穏やかさに包まれた。
何もかも忘れて、この炎に身を委ねれば楽だろうか。
小さな飛び火が降り注ぐ。
炎の量は次第に増え、痛みが自分の罪を赦すような切なさ。
炎雨……
腕にはユウエン。
もう少し時間があれば。恋心を素直に認めていれば。
ユウエン、リコリス、アスター……
きっと、私が知らな過ぎたのね。
もっと、あなた達を知っていれば。
ちがう未来があったはず。
幸せになりたいと願った。
この記憶は更なる罪悪感へと誘う。
私の本質……真名…………
前世の悲恋に抗い過去とは異なる結末を願う……




