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⑦前世からのストーキングはお断りなのですよ  作者: 邑 紫貴
炎雨

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30/40

前世の悲恋に抗い過去とは異なる結末を願う・・


 夜明け。

目が覚めると、アスターの姿はなかった。

私の服に乱れは無く、体に布が被さっている。


起き上がり目に入ったのは、私の身に生じた印。

同族の文様は、すべて黒くて何らかの形を模していた。

だけど私のは……なんと色鮮やかに映えるのだろうか。

大輪の淡い花と、鮮やかな緑のつる。


彼に固有の文様など存在しない。

これが種族の違うアスターを受け入れて身に纏った物。

複雑な気持ちが何とも言えなかった。

嬉しい反面、同族ではない者の印を身に纏うことが禁忌を犯したようで、胸が痛む。


後悔など存在しないと思っていた。

村の皆……すべて殺したと聞いたから。

ユウエンが生きていたとしても、彼はリコリスを受け入れた。

心を癒す数日。

アスターの涙が、私に降り注いだあの日から……愛しさは膨らんで…………



 日は刻々と昇っていく。

私はアスターの持ってきた布袋を開けた。

中には皮袋に入った水と、村まで十分に行けるほどの食糧。

身に被さっていた布を小さく折り、布袋に入れた。

地面に敷かれた布は土を払い、それで身を覆って歩き始める。


強い日差し。

村への道程は、あてもなくさ迷った時以上に遠く感じる。

皆は、村は……どうなったのだろうか。

すべてを殺したのであれば、敵は近くに居ないかもしれない。

私は村を正面から見るのを恐れ、遠回りして川沿いに歩いて行く。



 村の家に害はなく、静けさだけが異様な空気を漂わせていた。

頭に被さった布を避け、周りを見渡す。


「……ラセイタ。あなたなの?」


小さな声が後ろから、川の方から聴こえて振り返る。

この声は……


「リコリス、あなた生きていたの?」


私は単純に生存者が居たことを喜んだ。

きっとユウエンが彼女を守ったのだろうと。

近づこうとした私を見て、リコリスの顔面は蒼白になる。

被さっていた布が肌蹴、纏う印が見えていた。


「あの、これは……」


説明しようと口を開いた私に、リコリスは涙を流しながら叫ぶ。


「ごめんなさい!こんなつもりはなかったの。

信じて……なんて言えない……う。

ふっ……うぅ……ごめんね、ラセイタ。」


何故、謝るの?

彼女は私を見つめ、涙を零して叫び続ける。何度も私に、赦しを請い求めて。

立ち尽くす私の耳に……


「私が受け入れたのはユウエンとは別の人なの。」


今、何を言っているのか理解は追い付いていない。

ただ、疑問だけが生じる。


「リコリス、その文様はユウエンだよね?」


「……違うの。

あなたは知らないわ、ユウエンが護っていたのだから。

誰にも触れさせず、目の届かない場所で独り占めして特別扱い。

羨ましかった……」


何を言っているのか分からない。

リコリスの文様は、似ているけれどユウエンの物ではないということ?


それなら、私は……

約束も守らず、ユウエンを信じることもせずに逃げた。

そして悲しみに暮れ、自分の痛みを理解してくれたアスターを受け入れ、身に纏うのは…………


自分の奥深くに燻る感情が燃えるように熱を発した。


「……あなたさえ、いなければ…………」


リコリスの懺悔も受け入れず、熱が過熱して火炎のように膨らんだのは……罪悪感。

分かっている。

確かに、彼女の行為がなければ未来はちがっていただろう。

だからと言って、自分の決断は罪悪感を抱かずに済んだだろうか。


 村の静けさ。

リコリスの声も届かず、村の中に歩を進めた。

彼女が生きているなら、きっとユウエンも生きている。

そう思うと、足が勝手に動く。


目に入ったのは村の入り口から徐々に広がる炎。

もっと言語を聞き取れる力があれば、何かが変わっただろうか。

アスター……あなたは敵、私の身近な者達を殺した種族。

あなたが死を願っているのを、兵士たちは知っていた。

願った希望。


 火の広がる側から走って来るのは、会いたいと願ったユウエン。

彼も私に気付いて近づいて来るが、途中で足を止めた。

歓びの表情が曇り、目は私の身体を見つめて後ずさる。

自分の纏った文様に、言知れない恥辱。


「嫌だ、見ないで!

……お願い…………

ごめんね、赦して……ごめ……っ。」


後悔などしないと思っていたの。

どうしていいのか戸惑いながら叫んでいた。

錯乱して、周りなんて見えていない。


「ラセイタ!」


聞こえた声が信じられず、目を向けた瞬間……

ユウエンに突き刺さる剣と、今までに見たことのない怒りを露わにしたアスターの姿があった。


ポタっ……ポタタ……

剣から滴る血が、地面に斑な水飛沫みずしぶきを描いていく。

崩れながらユウエンは後ろを確認した。


アスターに生きる希望を与えたのは私。

ユウエンを殺したのは、私が招いた事。


死んだと思っていた。

あなたが生きていてくれるだけで嬉しかったはずなのに。

リコリスを受け入れてはいない真実を告げられたのは、アスターを受け入れた後。

どれほど再会を憎んだだろう。

そして喪った。


固有の文様を身に纏った女性は、その印以外の男性に触れてはならない……

頭では分かっていたけれど、無意識に体を突き動かした。

倒れるユウエンを受け止めた重みで地面に座り込み、見上げた私はアスターの表情に安堵する。

すべてを悟ったように、穏やかな微笑みを浮かべていたから。


私は視線をユウエンに移していく。


「……ごめんなさい。」


ユウエンは力を振り絞り、私の前に膝をついて見下ろした。

悲しそうな表情。

そっと手を伸ばして彼の頬に添えると、ユウエンは手を重ねて苦笑を返す。


「……俺は、もっと踏み込むべきだった。

ごめんな。」


自分の心の叫びが聴こえる。

『赦して』


ユウエンの口元を血が伝い、目は徐々に閉じていく。

揺らいだ体を自分の元に抱き寄せ、目に入ったのは文様の変化。


 冷たくなっていくユウエンの体温と同調するように、鮮やかな緑のつるは縮んで茶色くなっていく。

大輪の花々が散って空中を舞いながら、萎れて茶色くなり、風に運ばれて粉々に消えた。

アスターは何も言わず、その様子に視線を真っ直ぐ向けて見つめていた。


「アスター、あなたとの約束は果たせない。ごめんなさい。

あなたを愛したのは本当よ。でも、喪った物は大き過ぎた。

……行って。

あなたには、なすべきことがあるでしょう?」


私の向けた視線を受け、語る言葉に涙を零した一筋。

そして微笑み、アスターは何も言わすに背を向けた。


 村を呑み込んでいく燃え盛る炎が迫る。それは上空へと舞いながら、熱風を巻き起こす。

その光景で自然の力を目の当たりにし、恐れも通り越したのか、諦めや死の覚悟とは違う穏やかさに包まれた。


何もかも忘れて、この炎に身を委ねれば楽だろうか。

小さな飛び火が降り注ぐ。

炎の量は次第に増え、痛みが自分の罪を赦すような切なさ。


炎雨……



 腕にはユウエン。

もう少し時間があれば。恋心を素直に認めていれば。


ユウエン、リコリス、アスター……

きっと、私が知らな過ぎたのね。

もっと、あなた達を知っていれば。

ちがう未来があったはず。


幸せになりたいと願った。

この記憶は更なる罪悪感へと誘う。

私の本質……真名…………


前世の悲恋に抗い過去とは異なる結末を願う……




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