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⑦前世からのストーキングはお断りなのですよ  作者: 邑 紫貴
炎雨

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29/40

溶け入る身と心は今宵の夢・・


 愛する人を信じることが出来ず、自暴自棄になった。

ユウエン……“あなたは、いつだって自分勝手”なのよ。

湧き上がる悲しみに近いのは、失恋のような感情。

……きっと……この想いは、もっと他の感情。ちがう。好きになっていたなんて認めない。

何度も自覚した気持ちを否定し、自分の想いが不安定で悲しくて仕方がない。

実らない恋に、どうすることも出来ないもどかしさ。

これが現実……身を切り刻む様な喪失を痛感した。


 彼は優しいし、我儘を受け入れてくれる。

自分がリコリスなら、どれほどユウエンに救われたと感じるだろうか。

自分の身に纏うのは同族の印だ。それ以外に在り得ない。

種族の違う民を受け入れ、その身に受ける何かは不明。


 眩暈がする。

死を願う心が存在しながらも、生に執着して抗う。

思考は入り交じり、混濁と薄れ……暗転して途切れた意識。

もう駄目だと、あきらめて覚悟した。

そんな深い眠りに落ちつつも、どこかで沁み渡る感覚を味わう様な一時。

喉の渇きを癒す甘さ、漂う爽やかな香り。

力は抜けて、安らかな休息の眠りに誘われていく。


 どれほど寝たのだろうか。久々の朝日を意識して、目を開けた。

そこは天幕の中、身に被さる生地は異国の物。

命を長らえ、死と隣り合わせの状況に直面して、無意識で手を腰に当てた。

期待した物が手に触れることは無く、慌てて周りを見渡す。

天幕には人気が無く、隈なく探したが、ユウエンからもらった剣は見当たらない。

ここから逃げなければ。

命を救った人だとしても、私の剣を奪うなど、この周辺の戦を意識しているに違いない。


 人の気配と近づく足音に、出入り口が一つで逃場は無く、私は身構えた。

入って来たのは、年の近い若い男性。

優しい笑みだけど、やはり民族衣装は異国の物。

身に帯びている剣は、飾りではなく戦に適した長さ。


彼は口を開いて、私に話しかける。

しかし、何を言っているのか理解が出来なかった。

言葉が通じない。

これまでにないほどの恐怖が包む。


私は必死で叫び、身振りで剣を返す様にと告げた。

全身は震え、立っているのもやっと。

彼は私と距離を保ったまま、その場に座る。

そして、同じように座るようにと、地面に触れた。

私は力が抜けて、その場に崩れるように腰を落とす。目は、彼を睨んだまま。

そんな私を気にすることなく、手に持っていた手提げの布袋を開けて中身を取り出した。

器2つに皮袋から水を注いで、器を1つ、私が手を伸ばして届く位置まで近づける。

彼は器から水を自分で飲んで見せて、私にも飲むようにと身振りで示す。


器に毒が塗ってあるかもしれないじゃない。

そんな可愛げのない事を考えながら、どうせ身を守れる剣も無いのなら、死も同じだと水を口に含む。

それは甘く爽やかな香りで、以前に自分を救った物だと理解できた。

喉を勢いよく流れ込み、全身を癒す様に浸透していく。

村で飲んでいた水とは違う。加工されているのだろうか。


彼は満足そうに私を見つめ、指差して、外に出る事を合図する。

ゆっくり立ち上がり、私を見ないように素早く去って行く。

私たちの敵……じゃ、ないのかな。

偵察からの情報も無く村を飛び出して、無謀な事をした。

だけど、もう……あそこには居られない。

ここに留まるのも、状況から判断して村の為にはならないだろう。


後、少しだけ。

この心に悲しみが、まだ私を苦しめるから。

涙を堪えていたのに、内に満ちた水がすべて注がれる様に落ちていく。

これが地面に吸い込まれて消えていくように、私の想いも消えるはず。

いつか必ず癒える。

だって、私は意地悪なユウエンなんて好きじゃない。

私がリコリスのように、少しでも髪が長ければ……


「ふ……ぅ……うっ……っ。」


声を押し殺し、苦しい胸元の服を握り締めてうずくまる。


 どれほど泣いただろか、近づく足音と人の気配。

気づいたけれど、身動きも出来ない程に悲しみで染まっていた。

殺すなら、そうすればいい。捕虜となるぐらいなら死んでやる。

こんな私を願う人など、いないだろうから。

もう……


ポタッ。ポタタ……


え?

水滴が地面に落ちる音と、自分の体に触れる軽い衝撃。

こめかみに触れた一滴が私の頬を伝って、滑り落ちた。

一瞬の熱と、体温を奪っていくように冷めていく一筋。

それは涙……


顔を上げ、目に入った光景に私は心を奪われる。

私の前に膝を付き、涙を零して見つめる切ない表情と、悲しみの籠った声。

自分は泣くのを止めているのに、彼の降り注ぐ涙が頬を伝って落ちていく。


あぁ、何て愛しい人なのだろう。

私は安心できる居場所を見つけた。彼の優しさの涙を受け入れる。

私自身を癒そうと、急かすように心に沁み込んでゆく。

あの水のように。



 数日を過ごして少しずつ増えていく彼の言語。初めて覚えたのは『水』だった。

彼への信頼に、近づく距離も縮まっていく。


この天幕の周辺には数人の兵士がテントで生活していた。

天幕の外に出ても、不便はなく生活に支障はない。

しかし、耳に入るのは分からない言葉だけれど、雰囲気や視線で感じ取る空気は冷たかった。

彼の名前『アスター』を覚え、その言葉と連なった語彙と情報も増えていく。



ある日、聞き取れたのは村の事。


「身・印・ある・人・すべて・殺した」


…………すべて。

聞き取れない言葉もあった。

だけど、村で戦に参加した多くが死んだ事実は覆らない。


ユウエンは、リコリスと結婚しても戦には参加しただろう……きっと、そんな気がする。

村に襲撃をかけたのだとすれば、戦に行っていなくても同じ。


 私は村に帰る決意をした。

アスターは、そんな私の様子を見て、何を感じたのだろうか。

今夜、星を見ようと、寂しそうな表情で誘う。

アスターは私を天幕に住まわせ、その間は別のテントで暮らしていた。

部下と同じ……彼の地位は王に次ぐとまでは行かなくても、かなり上位だろう。

もっと早く、言語を理解していれば……

後悔しても過去を変える事は出来ない。

仇討で、ここにいる彼らを殺しても無意味な気がする。


彼は、一つのテントに入り、私に剣を渡した。

それは、ずっと手元になかったユウエンの物。

感情が冷めたのかと思うほどに私は冷静で、受け取った剣を腰に帯びた。

彼の肩には布袋。何が入っているのだろう。


 手を差し伸べる彼。

今まで私に触れようとしなかったのに、眼は何かを探る様で、思わず心は揺らいで手を取ってしまう。

村とは違う痩せ細った土。

積み上げても崩れそうな、歩く足も少し沈み、降った雨もすべて呑み込みそうな地面。


天幕から遠く離れ、歩く方角は村に近づいたような気がする。

そこに布を広げ、彼は私に微笑む。


「座ろうか。」


私は驚いて、目を見開いたまま。


「ふ。言葉を覚えたのは君だけじゃない。

ねぇ。最後に、名前を教えてくれるかな。」


最後……これが、別れになるのを知っていたんだ。

自分の言語で、彼と語ることになるなんて。


「私の名はラセイタ。」


「俺の名前はアスター。

……ごめん。君を助けた時から、敵の種族だと理解していたんだ。」


なんとなく分かっていた。

あなたは、私に触れようとしなかったから。


なのに、何故……今、この最後に触れようとするの?

疑問は次から次に出て来るけれど、答えを望んでいないのか、言葉が出なかった。


違う。

理解を……思った以上の意思疎通を願った。

彼が私の言語を、どれほど理解しているか分からず、言葉を失う。


「ラセイタ、俺は自分の国がしている事が疎ましくて逃げた。

その結果が、自分の知らない所で多くの殺戮。

すまない……もっと早く自害すべきだった。

自分の死で、国を巻き込み……収拾をつけるつもりが……」


何と簡単に命を絶つことを語るのだろう。

私の言語で……

生きることを諦めて死を願い、国を背負った人生を語る。


私はアスターを抱き寄せた。


「もういいわ、アスター。

そんなに死を願うなら……私が、あなたを殺す。

いつか必ず、あなたの命を奪うのは私。それ以外の死は赦さない。

さぁ、代償は身にあなたの文様を纏う女性よ。

捧げましょう……私、ラセイタを。」


優しい腕に導かれ、地面に敷いた布に寝転んで満面の星空と彼を見上げる。


ユウエンへの淡い想いは伝えることなく、失った恋。

その悲しみを癒したアスターは死を望む。

なら、私が殺す。


「苦しい。死を望んできた俺に刻んだ幸せが。

……行って、夜明けと共に。

俺たちは敵。

ラセイタ、君の纏う印に懸けて誓う。君の手にかかるまで死なないと。」


あなたが刻んだ……溶け入る身と心は今宵の夢……




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