不信に喪失を味わい辿り着いた先に落ちる涙
棘のある自分の背丈ほどの木。
蕾は淡い紅の色、それが広がった花はもっと淡くて、花びらは楕円形5枚の小さな一重咲き。
独特な匂いが微かに漂う。
それでも、その香りは記憶を思い出させるほどに心を占めていく。
人の心を惹き、満開の花は時を奪うほどに魅了する。
川辺に並んだ木は変わらず咲き乱れ、戦火など感じない。
……きっと……この想いは、もっと他の感情。ちがう。好きになっていたなんて認めない。
だから、今は何も考えたくないのに。
「ラセイタ、ここに居たのか。」
走って私を探していたのか、ユウエンは息が乱れている。
汗ばんだ額を拭い、いつもとは違う表情。
ずっと身近で見てきたけれど、彼の知らない表情を新たに見つけた。
「まだ体調が悪いから、今日も訓練はしない。独りで居たい気分だし、どこかに行って。」
素っ気なくユウエンから視線を逸らして、歩を進める。
広がる距離に、逃げる心が表れているようで息苦しい。
「待てよ。聞いたんだろ?今は、村の」
「だから何?私には関係ない。貴方にも!」
彼の言葉を遮り、言い放って更に逃げる。
「ラセイタ!俺は……戦に行く。」
小さくなった声と言葉に、息が詰まる様な一時。
戦に行ってしまう……
視線をユウエンに向けると、私を見ずに悔しそうな表情をしていた。
込み上げる感情は何なのか、自分を急かして冷静さを奪っていく。
「私も行くわ!」
逃げていた距離を縮めた私に、彼は視線を向けて怖い顔。
「駄目だ!」
お互いに睨んで、相手に求める願いは大きく異なり、それでいて同じ想いが存在した。
「……ふ。ラセイタ、お前は何か勘違いしていないか?
俺が、お前をしょうがなくもらってやるんだ。
村には乱暴者を選ぶ男なんて居ないからな。」
……カチン。
「はぁ?
じゃぁ、乱暴者を侵略者が望むとでも?要らないお世話よ。」
いつものように優位な物言いで、私を誘導していく。
貴方は、どこまで私を知っていたのかな。
「はは、村にお前しか残らないと分かってんじゃねぇ~か。
こんな残り物でも、上からの命令に従って連れ帰んなきゃダメなんだよ。
馬鹿か、お前。
敵もビックリだろうよ、侵略して得たのが、コレだもんな。」
ムカつくんですけど!
言い返せない自分に腹が立ちながら、それほどの怒りはなかった。
彼は変わらずに、優しい視線を私に注ぐ。
「ラセイタ、必ず帰って来る。だから待っていろ。
その身に、俺の文様を入れてやるからな。」
俺を受け入れろと見つめる真っ直ぐな視線を受け、内に湧き起こるのは何とも言えない甘さと愛しさ。
「考えていてあげるわ。」
私の元に帰って来ると告げるから。
戦などしたことのない民だけれど、常に備えを怠らず、この時を予知していたかのようだ。
奇跡のような印を身に纏い、幸福を味わってきた民。
そんな女性を手に入れたいと望んで、敵は侵略を進めている。
長たちは年頃の娘達を、すべて娶るようにと告げた。
出来る限りの想いを憂慮して。
そう、出来る限り。
ユウエンは私の手を掴んで、自分の胸元にある固有の文様に触れさせ、手を重ねた。
眼は私の目を真っ直ぐに見つめたまま。
「ラセイタに誓う。
この文様は、お前の物だ。例え、誰かを犠牲にしたとしても。
3日後……偵察から戻った日に、俺を受け入れて欲しい。」
冗談で流せるような事態ではないのね。
確実な私からの返事を求め、ユウエンは迫る。
「分かった。」
誰かを犠牲にしても……
貴方は知っていた。
非常事態に備え、最悪の決断に選ばれた犠牲を。
私が知っていれば、結末は変わっただろうか。
いいえ。結局、私が選んだのは同じ結末だった。
そうね。きっと、もっと……ちがう未来を見たかもしれない。
どうせなら……足掻いてみたかった。
貴方は私の返事に対して、優しい視線で見つめる。
そんな視線を信じる事が出来ず、私の心は揺れた。
貴方は何も知らない。
この幸せな誓いより、過去に貴方が何気なく呟いた言葉が、私を何も見えなくするなんて。
リコリス、あなたを心の何処かで羨む私が居たの。
それ……憎しみと同時に後悔が存在した。
村では年の近い者が身に文様を纏い始め、自分に待ち受ける状況が間近に迫るようで落ち着かない。
常に自分の感情で頭が一杯だった。
周りなど気にせず、気にすることも出来ない程……
ごめんね、リコリス。貴方の不安は当然よ。
すべてが終わった時には、私を恨んでも仕方がないと、そう思えた。
取り戻せない時間は残酷。
待つと約束した私は、律儀に自分の家で待機していたの。
普段なら従わない長からの命令。
敵の視察で、婚儀の予定のない多くの者が戦力として村を離れる。
余計な不安要素を増やさない為の指示だと、ユウエンは私に念を押した。
疑問はあった。
けれど、緊迫した村の空気に自分勝手をするほど馬鹿じゃない。
余裕もなくて。
ユウエンが出発してから、視察の2日目が終ろうとしていた。
家には小さなノック音が響く。
扉に近づくと、来客が鼻をすすり、泣いているのが分かる。
「ラセイタ、話があるの。」
聞こえた震える声はリコリス。
慌てて扉を開けると、そこには文様を全身に纏ったリコリスの姿。
見覚えのある固有の文様に、頭は真っ白になる。
独特の印。
ユウエンの胸元にあったものと同様の、鎖鎌と一重咲の花に似た文様。
言葉を失った私に、リコリスは涙を零しながら、微笑みを見せる。
「……ユウエンが同情してくれたの。
最悪な事態に……敵に迫られて降伏をする際、私を差し出すと長は決定した。
どうしても嫌で、怖くて、逃げたくて……
ごめんね、ラセイタ。」
私は、その時に何と返事をしたのか覚えていない。
多分、良かったねと言ったような気がする。
リコリスが帰った後、私は剣を身に帯びて家を出た。
何も考えず……多分、ユウエンの元に向かおうとしたのだと思う。
心は漆黒に染まった。
彼を信じたいと願うのに、リコリスの笑顔で思い出した言葉が、真実を見えなくしていく。
『そんな汚れた姿でリコリスの所に行くのか?』
彼の何気ない一言。
それは自分が願ったユウエンと同等の姿。
剣を学び、髪を乱雑に切り刻み、自由気ままに振る舞って私の望んだ結果。
不満などあるはずがない。
こんな私の我儘を受け入れるユウエンの優しい視線が当然だと思い込んでいた。
リコリスへの小さな憧れに羨望。
無意識で進んだ道は敵に近づき、自分の身を投じるかのようだった。
リコリスの代わりだ等と、思いもしない。剣を身に帯びていたのだから。
死を願ったのかもしれない。
皮肉な事に、辿り着いた先でアスターに命を救われる。
彼の優しい涙が降り注いで私を誘発した。
それは、不信に喪失を味わい辿り着いた先に落ちる涙……




