近づく侵略に対抗する策に惑う
約束通り、ユウエンは剣を教えてくれているはず。
それなのに全く成長が見られず、溜まって行くのは不満ばかり。
おかしい、何かを期待して始めた事なのに。
こんな満たされない気持ちが、望んだことを無駄に思えてしまえるなんて。
私を見透かす様に、ユウエンは満足げな表情で何度も私に問う。
「もう飽きたのか?止める?」
「止めないわよ!」
ムキになって攻撃を仕掛けるけれど、簡単に避けられて、剣を交えても力の差に弾かれてしまう。
力だけでなく体力も違い、情けない程の息切れと体力の消耗に座り込んで、苛立ちを込めてユウエンを睨みつけた。
「どうする?手を貸そうか。」
余裕の笑みで剣を鞘に片付けながら手を差し伸べる。
ムカつく!
差し出された手を払いのけ、自力で立ち上がって懲りずに剣を向けた。
ユウエンは髪をかき上げて、ため息を吐きながら距離を広げる。
「剣を取りなさいよ!」
「ラセイタ、そんな汚れた姿でリコリスの所に行くのか?」
きっと彼は何の意図も無く、思った事を言ったのだろう。
だけど、その言葉は変化を与えるきっかけだった。
確かに土にまみれ、美味しい甘味料の入ったお菓子が並んだ机に近づくには不衛生。
戦意の喪失した私に、ゆっくりと近づいて頭を撫でながら、ユウエンは優しい眼差し。
感じたことのない気持ちが芽生え、何と表現していいのか分からずに戸惑う。
「早く着替えないと、お菓子は俺が先に行って喰うからな。」
胸に小さな痛み。
私は足を一歩下げて、彼の撫でる手を避けた。
自分の表情など分からない。
彼から視線を逸らし、感情的になった熱を冷やそうと、その場を離れた。
「おい、ラセイタ!」
呼ぶ声にも振り返らず、小さな水浴び場に足を速める。
そこは幼い子供も安心できる浅瀬で水の流れも穏やか。
小高い場所から湧水が適量に流れ落ちてくる。
入り交じるのは複雑な感情。
冷たい水が自分の体温を奪っていくのに、怒りに似た激情が熱を内から発するようで、自分では処理し切れない。
少しずつ、周りの音を遮断する水音が心を癒す様に思えた。
目を開け、水から出ようと岩場に手を当てると、急に重なる手が現れてそれを留める。
腰から腹部に腕が回り、密着する体。
水の音に掻き消され、周りの気配など読み取れなかった。
自分に触れるのが誰なのか見当もつかず、生じたのは嫌悪感。
必死の抵抗を止める力に恐怖が襲う。
「ラセイタ、俺だ。」
水から引き出され、思考は停止した状態で声に反応し、顔を後ろに向けた。
目に入ったのは、ずぶ濡れのユウエンの表情。
見たことのない真剣な眼。
息が詰まる様な苦しさ。
嫌悪感は消え、安堵に身を委ねてしまう。
味わった恐怖に涙が込み上げ、悔しさに似た感情で苛立つのか、彼から視線を逸らして喚く。
「バカ!何するのよ。もう!
ビックリ、した……んだから、ね。怖くて……ぅ。」
堪えていた涙が大粒で落ちていく。
「ごめん、悪かった。その……怖がらせて、ごめん。」
顔を覆って泣きじゃくる私を慰めようと、彼は謝り続ける。
泣き疲れた私の感情が落ち着いたのを見て取り、ユウエンはいつものように微笑んで優しい視線を向けた。
「だけど、どうして急に……その、後ろから?」
質問しているのに、ユウエンは視線を私の胸元に釘づけで答えようとしない。
視線を辿って、胸元に落とす。
着衣は水が染み込んで透け通り、抵抗で肌蹴た状態。
「……ぁあ、う。うあぁあああ!」
今までになかった羞恥心の目覚め。
触れられた時以上に成長した胸は、自分の女性を露わにした。
「今、気付いたのか?
お前、後ろは尻も足も布が張り付いて丸見え……」
見られた!
ユウエンに。
「いやぁあぁ~!」
手はグウで、腹パンチ。
思わぬ反撃の痛みに、ユウエンは浅瀬の水辺に膝をつく。
そんな彼を見ることも出来ず、居た堪れなさに駆られ、胸元を隠す様にして自分の家に逃げ帰った。
息を切らしながら濡れた服を脱いで、乾いた布で全身を覆う。
干し草に倒れ込み、丸くなって目を閉じた。
何も見たくない。
何があったのか、考えたくもない。
忘れよう。
濡れた状態で眠り、私は体調を崩して寝込む。
様子を見に来たのはリコリスだった。
ユウエンが来ない事に安堵しつつ、来ない事に苛立ちを覚える。
「リコリス。あの……
昨日は行けなくて、ごめんね。」
自分の手には、出来立ての温もりが残るお菓子があった。
「良いのよ、気にしないで。
……ラセイタは、ユウエンをどう思う?」
お菓子にかぶりついた私は、目をリコリスに向けて口の動きが止まってしまう。
『どう思う』か。
どう?
多分、今回の事がなければリコリスの意図は汲み取れなかったかもしれない。
私は胸に重みを感じ、誤魔化す様に口をモグモグ動かして呑み込んだ。
「ふう。美味しかった!
そうね。ユウエンは、とても意地悪な男だと思う。」
口元を拭い、リコリスに視線を向ける。
「そうかな、とても優しいわよ。
ラセイタの我儘を、一番叶えてあげたいと一生懸命……
あなた、知らないでしょう?」
胸に生じたのは怒りに似た熱情。
だけど、平静を装って私は首を傾げる。
「……ふふ。
そう、少し安心したわ。ラセイタも女の子なのよね。」
「リコリス、らしくない。」
今までにない感情を逆撫でする言葉に、苛立ちと同時で疑問が生じた。
「私らしさね。
あなたが寝ていた午前中、村は大騒ぎよ。」
彼女の緊迫するような声に身構える。
「明日、ユウエンが伝えると言っていたけれど、考える時間は多い方が良いでしょう?」
村の決定。
私はリコリスが告げた、近づく侵略に対抗する策に惑う……




