望みは果てしなく足掻いて生きていく
「代、お願い。すべてを知りたいの。
あなたは自分を先導者だと言いながら、何を恐れているの?
そう……あなた自身が言ったのよ。
『どれほどの知識を詰め込んでも、相応しい行動など選べもしなければ、まして実践など不可能』だと。
そうだとすれば、あなたの言った……」
代は私の言葉を遮るように小さな声で話し始める。
「そうよ、だから恐れているの。
怖い。どうしていいのか私にも分からない。
シロは……すべての力を注いで、この現世を形作った。
だけどシロと私は違う。
前世の記憶が正しければ、私には力など残っていないはずなのに。あるのは……
予想外な事ばかり。繰り返したくない。
『足掻いて生きる道を選べるのは特異な事』なの。」
私たちは前世を背負い、現世を選んで足掻いて生きていく。
そうしないと、結末は同じかもしれない。
きっと……もっと、ちがう未来を願いたい。
「代、始めた事は終わらせないといけない。
……身に覚えのない罪悪感に苦しむのは、もう嫌なの。相多君と智士くん……あなたも同じだったなんて。」
現世の代も、前世とは違う。
降っていた粉雪の量が減っていき、静寂を保ったままの空を見上げると最後の一片。
寒曇が広がり、あの時の寒さを記憶が呼び起こす。
「……シロ。兄様、とても寒い。凍えてしまいそうよ。
あなたと共に死ぬことを考えていたなんて、兄様は知らないでしょう?
あなたが死を願っていたのを、本当は知っていたの。だから……」
戦に行くと言った時に嫌な予感がした。
だけどシロは、イチシを殺すつもりだった。私の為に……
その時はサチの現世を護る為に、あなたは死を忘れてくれたのに。
「……ふ。力があっても、すべてを知る事など不可能だったって事ね。
サチ、肉親であれば見守れると思ったの。力さえ無ければ、きっと、もっと……ちがう未来。」
力さえなければ……サチは普通の生活が出来たかもしれない。
だけど時代は変わらず、争いに巻き込まれてジキに会うことも無かったかもしれない。
過去は変えられない。
「未来を願うのは、現世を生きている私たち。
前世を背負うのも、振り捨てる過去とすることも……現世の私たちが足掻いて決める事。
そうだよね、代?」
「幸、あなたの前世は罪悪感を魂に刻んできた。その苦しみを垣間見たでしょう。
辛い事は、これから……もっとあるかもしれない。
私の覚悟は決まった。彼らにも告げようと思う。
あなたは、全てを受け入れる覚悟がある?」
覚悟……常に、選択の場面で逃げてきた記憶しかない。
自分を追い詰めて辿り着いた、終着への扉。
「すべてを受け入れる。
途切れた記憶を貼り繋ぎ、結論を出さずにはいられない。
サチの前世とは違う、もう一つの過去……
彼を選ばなかった罪悪感。あなたを受け入れたのに、彼を殺したあなたに憎しみを宿した自分勝手な私の本質を……罪を受け入れ、解放を望む。
現世で幸せになりたい。
きっと……もっと、違う未来を。」
…………深く、落ちるように夢をさ迷う。
今日と同じ寒曇……
けがをしているのに、またジキは戦へと向かう。
止めようと伸ばそうとする手は、戸惑いを示して届くことはない。
自分が、どんな表情をしたのか分からない。
それに対して、あなたは優しく微笑んで温かな視線を向けた。
「帰って来る。今度こそ、“逃げるなよ”。」
あなたは無意識だったのかな。
今まで覚悟も無くて逃げ腰だったけれど、ジキを受け入れようと願った私が逃げたことはない。
逃げたのは違う前世での事……
ジキには、本当に前世の記憶はなかったのかな。
私と会った日、ジキは言った。
『何だ、この胸騒ぎのような感覚』
その日に惹かれたのだと。
魂に刻まれた想いは深く。
周辺の戦禍は激しく、民は恐怖に支配されていた。
戻らないジキの姿を見るものはなく、保っていた均衡はあっけなく崩れ去る。
戦から戻った傷だらけのイチシ。
彼女は私に詰め寄った。
ジキが死んだのは、私の所為だと……罵りの否定的な言葉の羅列。
彼女は口を開いた私の言葉尻を捕らえて、怒りを巧妙に誘う。
きっと……イチシは死を願っていた。
それも分からず、怒りに駆られて短刀を彼女に向ける。
受け入れるような彼女に、刃先は吸い込まれるようだった。
目を閉じ、手には衝撃と鈍い重み。
そっと目を開けると、体に刺さった短刀は更に生々しい感触を伝え、生暖かい血が両手に滴る。
手は震えて短刀を掴んだまま、視線をイチシに向けた。
目に入ったのは、本当に自分が刺した兄様の顔。
視界の端には、白い地に転がったイチシの姿があった。
瞬きも出来ず目を見開いた状態の私に、笑顔を向ける兄様。
「……サチ、気にしなくていい。
見ろ、もう戦で体は傷だらけで命は尽きるところだった。」
いいえ、きっと命を左右する傷ではなかったはず。
だけど結果は同じ。
兄様の重みを受けながら、白い地に座り込み、ぼう然とする私に衝撃が走る。
胸元には矢尻。
体を貫いた矢は、同族の民の物。
恐怖心は、何と大きな力を生み出すのだろうか。
戦いを望まなかった民に、武器を握らせて人の命を奪うのだから。
ジキ、私は……サチは、あなただけを愛していたの。
兄様への気持ちは前世とは違う。
一つの終焉に、人への想いは変わらず純粋なまま。
願った幸せを得ることも出来なかった悲恋だけれど、生きた証。
これが平穏な時代であれば。
イチシが女でなかったなら。
シロが力を持っていなければ。
サチに力が引き継がれなければ。
きっと……もっと、ちがう未来があったはず。
望みは果てしなく足掻いて生きていく……




